20140410『最初の1週間:参』
……
動揺した自身の心をなだめつつ、まるで何事も無かったかの様にコンビニから学校に移動した俺と『ユーリ』だったのだが。
この時間帯なら一番乗りかな? 等と考えつつ、学校の『5階』にあるメイン教室に入っていくと。
「───あ。 『オッチャン』おはよー」
「ん? ……おー、『ユーリ』おはよー」
室内には……既に『サトシ』が来ていた。
「おはようございます」
その当時の私は、『サトシ』に対して特に何の感情も抱かなかった為、挨拶しないのも変だろうと一言だけ声を発する。
すると、何故か───
「…………おはよう」
俺の挨拶を受けた『サトシ』は、数拍ジッとこちらを見た後に、ようやく口を開いた。
ただし、『ユーリ』に対してのものとは明らかに違う、目を逸らしながらの適当な挨拶だったが。
とは言え、俺だって特に親しい訳でも無い男相手に、目的も無しに愛想良くする理由も無い。
俺と同じ様な思考形態ならば、この反応もそれほどおかしくはないか。
……等と考えながら、俺は自分の席に〈鞄〉を置いた。
そうそう、この自分の席だが。
ほとんど俺が関与しない内に、いつの間にやら一ヵ月毎の席替え制に変わっていた。
その為、この時の俺の席は。
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ド
ア [教壇]
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ド
ア
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この位置に変わっていた。
厳正なくじ引きの結果、らしいのだが……そもそも俺は参加していない。
とは言え、席など何処でも構わないと言うのが俺の本音だったし、出来るだけ『ユーリ』に近ければ御の字と言った所だろう。
そして、同じく厳正なくじ引きの結果、『ユーリ』の位置はココだった。
─────────
ド
ア [教壇]
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□ □ ● □ □ □
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ド
ア
─────────
近い様で遠い距離、とでも言えば良いのだろうか。
少なくとも、視界の端に『ユーリ』の姿が見える事は嬉しい事だと言えたと思う。
……そんな経緯を含みつつ決定した自分の席から、もう少し話をしようと『ユーリ』の席の方角を振り返った俺の目に入ったのは……『ユーリ』の席のこちら側に陣取りつつ、何事か話し掛けている『サトシ』の背中だった。
例の厳正なくじ引きによって、『サトシ』の位置は教室後方に変わっていたと言うのに、だ。
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ド
ア [教壇]
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□ × □ □ □ □
ド
ア
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それでもこの時点では、元々仲の良い二人が会話しているだけだろう、と考えていた。
俺が横から会話に加わろうが問題ない、と。
だから俺は、間にある邪魔な机を避けつつ、遠慮無く『ユーリ』に近付いていく。
「───何の話してるんです?」
「お、『チバ』さん。 昨日も言ってた、『アプリ』の話ですよー! ね、『オッチャン』?」
「……そだよー。 あ、ワシちょっと向こうで授業の準備してくるわー」
俺が近付くと、何故かまるで避けるかの様に『サトシ』が離れていく。
気になったのは、この時の『サトシ』の表情。
最初の挨拶の時と同じく、一拍の間を置いてから返事をした『サトシ』の表情は、影になって俺からはハッキリ見えなかった。
□
「───で、ここをこうしてつなげて消して行くと………ドンッドンッ、ポイントが増えていくんですよ! 楽しくないですかッ!?」
「ふむふむ、なるほど……単純だけど面白い」
気になる表情をして『サトシ』が離れたが、特に興味が無い俺は『ユーリ』の机の横で、彼女が提示する〈スマホ〉の画面を覗き込みながら相槌を打っていた。
内容は、昨日授業の合間の雑談の中で話題に上っていた、とある『アプリ』のプレイ画面だ。
世界的に有名なキャラクター達が、デフォルメされたぬいぐるみとして登場する、いわゆる『落ち物パズル』の一種だ。
単純だが、意外とスピーディに展開するそのゲーム画面は、俺の興味を引くには十分だった。
……もっとも、『ユーリ』が話題として出す物なら、俺は大概の事に興味を引かれただろうけど。
「後は、始める前に選んだキャラクター毎に特殊能力があって、ぬいぐるみを消していくとゲージが溜まって使えるようになるんです!」
……とは言え、こういった部分で差別化を図られている事は、俺の『ニワカゲーマー』としての興味を引くのに十分だった。
だから、俺は肯定的な返事を『ユーリ』に返す事にした。
「ほぉ……俺、『パズルゲーム』は苦手な方だけど、これならあんまり考えなくてもいいから出来そうな気がする」
俺の返事を耳にした『ユーリ』は、テンションを上げてこちらを見る。
……楽しそうな彼女の姿は、見ているだけでも俺の心を高揚させた。
「でっしょー! だからほら、『チバ』さんも一緒にやりましょうよー! ……そして私に〈ハート〉を貢いでください」
テンションを上げた『ユーリ』だったが、唐突に真顔になるとボソリと何かを呟いた。
気になった俺は、聞こえた単語を繰り替えす。
「〈ハート〉?」
「あ……えーっと……ここ、コレ見てください」
「どれど……れ───」
□
説明をする為か、急に身を寄せてきた彼女に面食らいつつも、前屈みで〈スマホ〉を操作する『ユーリ』に顔を近づけたこの時の私は、ある事に気付いた。
『ユーリ』は、今日もいつもと同じく、胸元が大きく開いた〈黒いシャツ〉を着ている。
その状態で前屈みになれば、自然重力に従った〈シャツ〉は前に動き……この時に私がどう行動したかは、一応伏せさせて頂く。
ただ、私も甲斐性無しの根性無しだが……男だ。 察して頂けると助かる。
……話が逸れたが、視線を戻した私に『ユーリ』が示したのは、実際のプレイ画面の前段階。
言ってみれば、パラメータ画面とでも言えば良いのだろうか? 先程『ユーリ』が説明していた、キャラクターを設定したりする為の画面だった。
その内の一点、中央やや右上の部分を『ユーリ』は白く細い指で示していたのだ。
□
「ほらここ。 さっきまでピンクの〈ハート〉が『5つ』並んでたでしょ?」
『ユーリ』が示す通り、さっきまで揃って並んでいた〈ハート〉は、『4つ』に減っていた。
なるほどね。 つまり、この〈ハート〉を消費してプレイする訳か。
納得した俺はさっきの気恥ずかしさも有り、努めて半眼の無表情を意識して『ユーリ』に言葉を掛けた。
「……いきなり真顔になって、何を言うかと思えば……俺に勧めるのは、それが目当てかい」
俺と目が合うと、そーっと目を逸らす『ユーリ』の仕草は、小動物の様でとても可愛かった。
「……そ、それだけが理由じゃないヨー?」
「それだけじゃない、って事は、それもあるって事じゃね?」
「……あ」
俺の返しに、困り顔で固まる様は……やっぱり可愛かった。 とても可愛かった。
そんな可愛い『ユーリ』に対する俺の返事など、最初から決まっている様なものだ。
「……まぁ、面白そうだからやるけど」
「お? ……やたー!」
椅子の上で小躍りする『ユーリ』を尻目に、俺は自分の〈スマホ〉を開くと『アプリ』のダウンロードを開く。
名前で検索すれば、一発で出る。
「んで、ダウンロードすれば良いよね?」
「あ、そですね。 普通にダウンロードすればオッケーですよ!」
『ユーリ』に確認を取り、ダウンロードしようとして。 ふと気付く。
「……ん? あれ? これダウンロードするのに、他のアプリが要るのか」
「え? そんなの要らない筈ですけど───」
俺の言葉に一瞬困惑した様子を見せた『ユーリ』だったが、唐突に何かに思い当たったように声を掛けてきた。
「───ってまさか『チバ』さん」
「ん?」
「SNSの〈線〉を入れてないんじゃ………」
「……え、アレ……要るの?」
俺の答えがよっぽど予想外だったのか、びっくりした様に一瞬目を見開いた『ユーリ』が口を開いた。
「連動アプリなんで、無いとダメですね……って言うか、入れてない人初めて見た……」
「……悪かったな。 今まで、普通のメールだけで十分だったんだよ」
……情報が全部、アプリの開発元である『某国』に抜かれる、なんて話があった事も、俺がそのアプリを入れていない理由の一つだったが。
一番大きな理由は、『必要なかった』と言うのは間違いない。
□
───その後、授業が始まるまでに何とか『SNSアプリ』をダウンロードする事が出来たが、実際にはスムーズな行程ではなかった。
認証やら何やらで、やたらと手間取った記憶がある。
しかし、結果的には問題なく『SNSアプリ』が私の〈スマホ〉に導入され、確認の為か『ユーリ』からメッセージが送られてきた。
それに合わせて、画面の上部に『通知』が表示された。
通知内容は文字では無く、『スタンプが送信されました』という物。
『今』でこそ見慣れたが、当時はそういう物が有る事も知らず、何だコレは? と思いながら画面を開いた私が見たのは。
猫なのか人なのか、はたまた擬人化された猫なのか良く分からない、白いキャラクターが。
特に言葉も無く、ただ「よっ」とばかりに手を上げているスタンプで。
私は思わず苦笑しながら、返事として『よろしくな』と打ち込んだ。
これが私の、気の利かない最初の一言。
以降の『ユーリ』とのやり取りで、大きな役割を果たす『SNSアプリ』での、始まりの一言だった。
……もっとも『今』となっては、ほとんど使わない───いや。
……使わなくなった『アプリ』、ではあるが。
□□□
……そして、この日はもう一つ。
『記憶』に残る出来事が在った日でもある。
思い出したくも無い『記憶』。
……だが、思い出さない訳にもいかない『記憶』。
この1週間。
タイミングが合えば『私』と『ユーリ』に、『サトシ』『エッコ』を含めた4人のメンバーで最寄駅まで歩いて帰っていたのだが。
運悪く私は早めに帰らなければならず、逆に『ユーリ』は『クラスアドバイザー』と話があるとかで、一緒に帰る事が出来なかった……他の二人? 興味ないね。
故に私一人だけで、駅までの道を急ぎ足で進んでいたのだが。
そんな私の前方に、多少は見慣れた後姿が見えた。
のっさりと歩いていくのは───『サトシ』だ。
繰り返すが、この時点での私には他意は無い。
気になる女の子に近しい男、と言う点では多少気に食わなかったが、年齢も離れているし特に問題ないだろう。 等と考えていた程度だった。
そう、『サトシ』の年齢はこの時点で確か……『41』か『42』前後だった筈だ。
私は『29』で、『ユーリ』は『25』。
……ああ、『エッコ』は『30』だった。 どうでもいいが、一応提示しておこう。
そんな私としては、特に声を掛けない理由も無い。
いや、むしろ『ユーリ』の情報を引き出す為に、本人が居ない所で積極的に親しくなろうとしていた位だ。
□
「『ワタナベ』さん! 今帰りですか?」
「……ああ、そうだよ」
「じゃあ、駅まで一緒に行きましょうか!」
「……構わないよ」
□
……『今』にして思えば、普段男にしては高めの声で鼻につく喋り方をする『サトシ』が、ボソリと呟く様に喋る事に違和感を持っても良かったかもしれない。
とは言え、まだ会って1週間の人間の挙動に違和感を持つには、早過ぎだとは思うが。
……ちなみに、道中で『サトシ』と何を喋ったかは、正直覚えていない。
おそらく、『ユーリ』に関する話題ではあろうが、細かい部分に関してさっぱり覚えていないのだ。
───だが。
電車に乗り、私と『サトシ』が別れる分岐駅までの短い時間での会話。
これだけは、克明に記憶している───
□
「───ああ、そうそう。 ちなみに、最近少し困った事があってねー」
「あれ? そうなんですか?」
学校の最寄り駅で、ほぼ待つ事無くやってきた電車に乗り込み。
座席が空いていなかった為、吊り革を持って立っている俺に向かって。
前後の脈絡無く、それまでの会話をぶち切って『サトシ』は何事かを言い始めた。
「うん、すっごく困ってるんだよねー」
「何に困ってるんですか?」
□
……恐らく、この時だと思われる。
私の『甘い考え』が覆ったのは。
……いや。 正確に言えば、考えが覆る切っ掛けになったのは、か。
良く意味も分からず、とりあえず話を聞こうという姿勢の私に目を合わせながら。
『サトシ』は、こう言ったのだ。
□
「───『空気が読めない人間』、ってさぁ───本当に、困るよねぇー」
言われた瞬間は、何を言ってるのか理解出来なかった。
だが、一向に目線を外さない『クソ野郎』を見て、俺は気付いた。
と、同時に。
「───ッああ、そうですね。 場の空気が読めないで、いつまでも前のままだと思ってる人間って、ほんっとうにイライラしますよ───ねぇ?」
───どっちがだ、ああ?
「ッ……ほんとにねぇー」
「ええ、困ったモンですね……全く」
「……」
「……」
……その後は、特に会話なく『サトシ』と別れた。
俺の心の中は、今にも吹きこぼれそうなほどイライラで煮え繰り返っていたが。
───アイツが言った言葉は、特に固有名詞こそ出さなかったが、明らかに俺の事を指していた。
……何故分かるのか、って?
……それはな。
俺の方を見ている、あの『クソ野郎』の目が。
俺に対する『無関心』ではなく。
ましてや『好意』とは、ほど遠い感情。
明確な……『邪魔者』を見る───
───『敵意』の感情に、煮え滾っていたからだよ。
……チッ