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20140403 『5年目の正直:弐』

……ハッ……ハッ




 ───『あの日(・・・)』の事は、ほとんど覚えていない。



 断片的に記憶しているのは……私の手を掴みながら睨みつけている女性と、横から私が逃げない様に身構えている男性の姿。


 駅に着いてすぐ、そのままの状態で車外に引っ張り出され、大声で駅員を呼ばれた事。


 周りを取り囲む駅員と、手を離した後その場にうずくまって大声で泣き出す女性。



 そして───車内から、ホームから、階段から、売店から。



 私の事を睨みつける───目。 目。 目。



 そんな時に、駅員の一人がこう言うのだ。


 ここだけは、何故か明確に記憶している。



 □



「───とりあえず、話を聞きたいので『駅員室』に来て頂けますか」


「………お、俺はやってませんよ!?」


「その事も含めて事情を確認したいので、一度来て下さい。 ここでは───」




「───周囲の『目』も在りますから」



「………分かりました」



 □

 


 そこでついて行けば、『罪を認めた』事になると。



 誰が知るものか。



 誰が、知るものか……。




 その後は、また断片的な記憶しかない。


 駅員室で椅子に座る私に、ドアから入ってきた『POLICE』の文字が入ったベストの人間が向ける『目』。


 前後を警官に挟まれ、駅を出てパトカーに乗り込む私を見る周囲の人間の『目』。


 取調室に入り、入ってきた刑事が私を見る『目』。



 ……長時間、何度も事情を聞かれ、頭が朦朧としてきた頃だっただろうか。


 いい加減辛くなってきた私に、目の前の刑事が言うのだ。



 ここも……ある程度、鮮明に記憶が残っている──────



 □



「───アナタ、元自衛官でしょう? このまま認めないで告訴になると、部隊の人にも迷惑掛かっちゃうよ?」


「え……」


「とりあえず認めて、相手に謝罪と……場合によってはいくらかの慰謝料を払えば、大事にならずに済むから」


「……そう、なんですか?」


「そうそう。 で、もっかい聞くけど……アナタは『痴漢』、したの?」



 □



 ……正直この時、私の口は…………やった、と言い掛けた。


 もう、この辛さから開放されたいと。



 ……だが、朦朧とした頭が寸前で思い止まった。


 私は……やっていない。



 □



「……してません」


「はぁぁ……んじゃ、ちょっと手の『微物検査』やらせて貰うから」


「……はぁ」


「触ってないんでしょ? なら、手にくっついてる『繊維』を検査しても大丈夫だから」


「……はい、やってないので大丈夫です」


「じゃ、手の平を両方上向きにして、机の上に置いといて下さいね。 こすったりしたらダメだから」


「…………はい───」



 □



 ───その後は、何だったか。



 状況再現だかで写真を撮って、書かれた調書を読んで間違いが無ければサインして、外に出たら……ああ。


 確か、お袋と姉ちゃんが受付に───




  □□□




 ───少し、掘り下げ過ぎた様だ。



 さておき。 そんな事があったその日は、学校と仕事先に簡単に事情を説明し、両方とも休ませて貰ったのだが……『問題』は、その翌日に起こった。




 いつも通りに眠い目を擦りながら、改札を通り、階段を上り、ドアの位置に並び。


 滑る様に駅に入ってきた電車が、停車し、ドアが開い───




 『目』



 『目目目目目目』




 『目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目』










目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目───




「───ちょっと! 乗らないんですか!」



「え、あ……すみません。 今、どきます」




 □



 ………………私は、その日から。



 『混雑した電車』に、乗れなくなった。




 『ASD』───『急性ストレス障害』



 心療内科の医師が、私に下した診断名がそれだ。



 突発的な心因性ショックが原因となり、特定の行動時にフラッシュバックが起こり、何らかの不調が起こる……そんな内容だ。


 私の場合は、『満員電車』に乗り込もうとすると、乗客や周囲の人間の『目』に圧迫されてしまい、『足が動かなくなる』……と言うのが主症状だった。


 ……ああ、初期には稀にだが、『貧血』も併発していたな。




 そして。 そうなれば、私は授業に参加できない。


 授業に参加出来なければ、出席日数が足りない。


 出席日数が足りなければ?



 ……そう。


 私は、それまでの『2年と少々』を共に学んだ、学友達と一緒に学校を『卒業』する事は───無かった。



 ……それでも、次の年がある。 たかだか一年の留年が何だ。


 事態が起こったのが9月であり、休学してその間に来年分の学費を稼ぎ切ってしまえば良い。


 どうせ、疲れがたまって仕方が無かったのだ。 楽になったんだと、前向きに考えよう。



 ………そういう思いで、その時の私は居たのだが。



 事は、そう上手くは運んでくれなかったのだ───




 □□□




「───どうも! 去年出席日数が足りずに留年してしまって、今年度だけ3年生をご一緒する事になりました。 1年だけですが、よろしくお願いします!」



「よろしくお願いします」


「よろしくー」



 □



 ───翌年の4月、私は一個下の後輩、今年は同級生となる面々と対面していた。


 何だかんだと、安い時給でも2年弱続けているアルバイトのおかげで、初対面の人間とも比較的容易に会話する事が可能になっていた私は、新しいクラスメイトに過不足なく挨拶出来た。


 そして、初日のオリエンテーションを終えた私が、仕事に行こうと学校の食堂の前を通り掛った時の事だった。



 先程のオリエンテーションでも見掛けた、比較的やんちゃそうな風貌の若いクラスメイトが3名。


 食堂の椅子に腰掛けながら会話していたのだ。


 ああ、これはいい機会だ。



 最初にフレンドリーな所を印象付けておけば、この層の連中は適度な距離感を保ちやすい。


 ちょっと挨拶だけでもしておこうか。


 私はそう考え、食堂に足を踏み入れようと───



 □



「───ってかさ、『あの人』だろ? 去年ちょっと『噂』になってたのって」


「ああ? あー、何か───」




「───警察に捕まった、っての?」





 □□□





 ……私は、静かに後ろを向き、その場から立ち去り、仕事に出勤した。


 そして、翌日以降、学校には行かなかった。



 ……いいや。










 …………行『け』なかった。








…………お腹が、痛いよ……

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