序:告解乃 『壱』
願わくば……願わくば…………
『あのぉ……その〈ヒゲ〉、触ってみてもいいですか?』
───私が、当初認識していた『彼女』との記憶は、これが一番最初だった。
後に、本当の最初の出会いはもう少し前であった事が判明するが、それはどうでもいい。
私にとって。
これが、『彼女』との───『出会い』───だったのだ。
□□□
私は、今年で32になる、しがないサラリーマンだ。
医療系の一端に携わる、とある中小企業で働いている。
だが、学校を卒業してからこちら、ずっとこの会社で働いてきた訳ではない。
一つ前の職業は───『鍼灸師』だった。
ご存知だろうか? 国家資格である『はり師』『きゅう師』の資格を持ち、医療従事者に含まれる職業だ。
街中で看板を見かけない事も珍しいが、同時に関わりが無い人間にとっては、若干マイナーな職業ではないだろうか?
では、私は学生の後、最初に就いた仕事が鍼灸師だったのか? ……答えはNOだ。
その前の職業は、また別の仕事だった。
いわゆる『特別国家公務員』。
日本人なら知らない人間は居ないであろう、『陸上自衛官』だ。
そう言うと、大抵の人間はこう反応する。
「へぇ、凄いな」
「おお! 凄いじゃないか」
「中々できる事じゃない」
そう、大多数の自衛官は、この言葉の通り凄い人間だ。
……私は違うが。
何故か?
……私は、逃げたからだ。
と、言っても。 流石に、任期の途中で任務を放棄した訳ではない。
2年間の任期を、2回。 合計4年間の任期は勤め上げた。
私が逃げたと言ったのは、それ以上続ける事が苦痛になったからであり。
主な原因は、馬が合わない上官と、自身の適正の無さだった。
……まぁ、これは重要な事ではない。
ここまで来ると、自衛官になる前にも違う仕事に就いていたんじゃ無いか、と想像する方もいらっしゃるかもしれない。
安心して欲しい。 私が最初に就いた職業は『自衛官』だ。
私の『職歴』は、おおよそ理解して頂けたかと思う。
では、『学歴』はどうだろうか。
自分で言うのも何だが、若い時の私は勉強が嫌いだった。
義務教育はともかく、高校は近くを選ぼうとしロクに調べず願書を提出しようとしたら。
「おい、その学校は『女子高』だぞ?」
と、教師から指摘されてしまう位にはどうでもよかった。
次点として、『勉強をしなくても入学できる高校』を選択し、『工業高校』に入学した……確か、試験勉強はしなかった。
……今、当時の自分が目の前に居たならば。
私は、殴ってでも普通科か、最低限『共学』の学校に行かせる事だろう。
……いや、『工業高校』も一応『共学』ではあった。 男女比『230:5』だったが。
そんな『工業高校』では、授業のほとんどを寝て過ごし。
定期試験前だけクラスメイトのノートを見て、赤点だけは回避する3年を送った。
ああ、確か本格的にオタク趣味にハマったのもこの頃だっただろうか?
……バカだったな。
───話が逸れた。
いや、趣旨としては間違ってはいないが、時系列としては分かり辛い事だろう。
表の理由を、簡単な箇条書きで記せば、こうなる。
・18歳で『工業高校』を卒業。
・2年間、各種アルバイトをしつつ『小説家』になれないかと足掻く。
・20歳になった時、自衛官募集のはがきを受け取り、いい加減しっかりとした職業に就かないとマズイと言う思いから、入隊を決意する。
・24歳で、2任期4年を全うし、次の『職業』の為に『専門学校』に入学する。
・本来なら『3年』通えば卒業だが、諸事情により『5年』かけて卒業する。
・29歳で、新興の『整骨院グループ』に入社する。 が、諸事情により半年で退社。
・自殺を考え、10日ほど全財産を持って街をぶらつく。
・半年強、一人暮らしの部屋で引き篭もる。
・どうにか気力が回復し、就職活動を始め、面接一社目に就職する。
・以後、丸一年勤務し、今に至る。
分かり難かったら申し訳ないが、概ねこれが私の高校卒業後の人生の流れだ。
□□□
…………ふぅ。
長々とすまない。
だが、これを分かっていて貰わないと、私の置かれた環境が分かり難い筈なのだ。
自分で言うのもおかしいが、それなりに混沌とした人生だと思う。
もちろん、私以上の混沌、私以上の不幸、私以上の何か。
たくさんの人間が該当するだろう。
むしろ、今ここでこうして生きて、つらつらと文を書き綴れると言う事は、相対的に見ればかなり幸運なのかもしれない。
……だが、それでも。
言わずにはおれない、伝えずにはおれない。
この胸の内に、澱の様に溜まってしまった───
───『黒く』、『白く』、それでいて───『極彩色』のような──────『何か』を。
これは。
───私の人生で最も幸福だと感じた、夢の様な『半年間』と。
───その後に続いた……いや。
───その後に『続く』……地獄の様な『2年半』の記録である。
───願わくば、これを読む『アナタ』が、幸福であらん事を。
……『アナタ』が……