第5話:遺跡探索(2)
羽剥鬼を討伐したアトミ達はその場で解体を始める。今回は討伐や素材の獲得等の依頼を受けたわけではないので、余計な部位を解体したりはしない。派手にやって血を撒けばそれに他の獣やモンスターが寄ってくるために装飾や呪術的媒体となる牙や翼を剥ぎ取るのみに止めておく。こうした『小遣い稼ぎ』が大きな依頼のやってこない大半の冒険者の収入においては大きなウェイトを占めていた。
「アトミは特に頑張って剥ぎ取りしなくちゃね?」
「俺は別に冒険者互助組合の古代語解読で稼いだって構いやしねえんだぞ」
アトミはこの世界の言語、文字全てを不自由なく扱えるように改造されている。それは滅んだ古王朝の使っていたとされている古代語も例外ではない。
たとえこの世界に未だ考古学的観点はなくとも、古代語の解析によってロストテクノロジーの回収が可能とあらば、それに報酬を支払ってでも解読したいと思うのが普通だろう。普通は旅人や市井の者が古代語を扱えると言っても信用されはしないが、魔法の一つも使えばそこは何とかなるだろう。目の前の二人の反応が示すように、魔術師の権威は大きい。
「ほう、流石魔術師。それくらいは朝飯前ってわけか」
「まあ、普通の魔術師は自分の研究結果を誰かに流したりしないらしいけど。アトミは、本当に変人ね」
「うるせえよ、黙って罠警戒しとけ」
たった三人だが、それぞれには遺跡内での役割があった。斥候であるアルビーナが罠の発見、敵発見および作戦指示、戦闘時の支援。双剣使いのジョゼは会敵時の敵と前衛での戦闘。足、翼等の機動力を削ぐことを主目標とする。
そして、アトミの役割は敵を殲滅すること。サウラから貰った聖遺物の捜索機能を使うことでマッピングしたり、収納機能で荷物持ちを兼ねたりもしているが、最も期待されているのはその火力だろう。
とはいえアトミはこの三ヶ月、自分一人での戦闘をシミュレートし続けていた。今回の羽剥鬼との戦闘でも苦戦した理由の一端だが、連携を取りながら上手く敵を攻撃する術を磨いていない。『壱式魔法』にもそうした魔法を入れていないことから、使おうと思えば詠唱をしなくてはならない。
「上手くいかねえもんだ」
「初めての遺跡探索で何もかも上手くやられたら、俺たちゃ廃業だよ、アトミ」
ジョゼはアトミの背中を力強く叩く。鍛え込まれた体躯を持つジョゼからすれば親愛の意味を込めたスキンシップだったのだろうが、ひ弱なアトミはまともに肺に衝撃を受け、思わずむせる。息を整えると恨みがましく半眼でジョゼを睨んだ。
「廃業しちまえ、この野郎」
「おおお、悪い悪い」
*
変わり映えのしない遺跡の中を進む。こうした探索は伝え聞く冒険者の話とは裏腹に実に地味である。黙々と何時間もただ歩く。舗装された道を質のいい靴で歩いてきたアトミよりも、この世界の人間の方が健脚であることは間違いないとしても長い距離である。よって基本的には遺跡探索や迷宮への挑戦は日を跨いで行われる。
遺跡は所々に居住スペースだったと思しき場所を備えており、崩落している場所以外はひとが通ることを念頭に置かれている。光源もアトミの『灯火』の魔法によって確保されているため、ランプを持って片手が塞がることもない。行程だけ見れば実に順調であると言えた。
「待て」
勿論、そこに水を差す存在もある。敵性存在。マナの過剰摂取により生まれた異形。この世にあらざるべき存在。三匹のそれが、姿を現す。
「モンスター三体! 名称、茸狼!! アトミ、援護し辛い地形だからすぐ出せる魔法で一匹でも仕留めて!!」
その狼は、一見して分かるほどに異常である。毛並みはボロボロで、目は白目を剥き涙を流し、口からは呂律が回っていないような奇妙な唸り声を上げている。背中にはびっしりと大小のキノコが寄生していて、カラフルなそれは如何にも毒々しい。正気を失っていることは明らかであったが、背のキノコに操られているのだろうか。その三匹は息の合ったコンビネーションでアトミ達へ襲い掛かる。
「『No.4:Kneel』」
練り上げるは風の魔法。得てして風の魔法は不可視であるが、指揮棒の装飾がマナと強く感光することで発動を知らせている。ジョゼとアルビーナは援護出来るように事前に取り決めたカバーの位置に入る。
固めた風を茸狼の上から押し付ける。アトミが想定していたこの魔法の使い道は足止めであって実質的な攻撃力はさほどない。アルビーナの指示からして的確な魔法とは言えないが、咄嗟に取れる選択肢がこれしかなかった。アトミは歯嚙みをする。
この三匹を確実に殲滅するような『Bullet』の連射はイメージの練度不足から薬莢付きで発動させてしまう。火薬が破裂する音を残してしまうのだ、そうなれば他のモンスターを刺激しかねない。『Tease』は先ほど羽剥鬼に容易く避けられたところだ。まだ信用性に欠ける。
後ろの二人を巻き込まず、即時、静音性を保ちつつ攻撃する術が、アトミにはこれしかなかった。故に頼る。
「今なら足を止めてる! アルビーナ、当てろ!!」
「フッ!」
再び放たれる投げ斧。先ほどは羽剥鬼の腕を切断までは至らなかった。アトミは頭が少し痛むのを堪えながら風を使ってそれを後押しする。キャパオーバーだ。彼はそれを自覚しながらも行使をやめない。途中に奇妙に加速した投げ斧は見事、茸狼の眉間に突き刺さり、頭蓋骨を貫通して死に至らしめた。
「アトミ! これもだ!!」
ジョゼも己の得物である双剣の片割れを投げる。元々投げるように重心が調整された武器ではない。すぐに空中で不規則な回転を始める。このままでは突き立ちもしない。アトミは同じように加速、風で調整し、見事二匹目も始末した。
そして、三匹目。手数が足りず全くの無傷のまま。アトミの魔法の効果が切れ、その狂態のままに前線にいたアトミの喉笛へ飛び掛る。
いくら強化された超人的な肉体であろうとも、所詮『超人』である。鋭い牙が突き立たぬ道理などない。手をこまねいていれば、幾ばくもしない内にその喉を食い破られ斃れることとなるだろう。
だが。
「やっと頭痛から解放されたぜ」
そう、アトミは既に詠唱を終えている。女神に改造された彼がたかが魔法を使いながら、もう一つの魔法を使ったくらいで不調を起こしたりはしない。『Kneel』を発動し、茸狼を抑えつけ、二人の投擲をサポートしながら、更にもう一つの呪文を唱えていた。
「クセェんだよ、犬っころ。『Masquerade』」
それは、先ほどアトミが「信頼性に欠ける」
と評した不可視の刃であった。圧縮された空気を射出、静音性と回避の困難さから対人性能の高い、風の魔法だ。だが、それはあくまでも対人であって野生の勘を持つモンスターや獣には効果が薄い。特にこうした俊敏な相手には、相性の悪い魔法である。茸狼を仕留めるには、至らない。
その刃が、たったの一枚であったなら。
数十、いや数百の刃がただの通路でしかないこの狭い空間全てを埋めていく。いちいち飛ばしたりはしない。ただ、それが発動しているだけでどんどんと茸狼の逃げ場がなくなっていく。
不幸にも既に死んでいた一匹と、一枚の刃の発生場所が重なっていたらしい。ざん、と軽い音を立てて両断される。当然、他の物もそれほどの斬れ味である。触れただけで、即死。茸狼にとっては理不尽極まりないだろう。
だが、これは魔術師。これがこの世界で女神に最も愛される男、アトミである。真っ直ぐに向けていた指揮棒を手首を返して上へ跳ね上げる。たったそれだけのアクションで、数百の死神は茸狼を蹂躙した。
「こりゃ、すげえな……」
「いや、こんな雑魚に中級魔法を使わされた。魔法の使い方がまだまだ下手だ」
「中級ですって!?」
「ん? 知ってんのかアルビーナ。中級魔法ってなんだ?」
「中級魔法って言えば、戦争なんかで使われる戦術的規模の魔法よ!!」
そう、あの圧倒的な威力の正体は魔法の等級が違うからである。下級、中級、上級と大まかに三種と分類される魔法は、殆どが下級に属している。上級ともなると地形の変動すら起こるレベルだ。何十人もの魔術師が集まって行う大魔法である。個人で発動出来る最大の魔法は中級が限界というのが、魔術師の中の常識である。
「そりゃ、豪勢な。大盤振る舞いだな、アトミ」
「うるせえ、したくてしたんじゃねえよ」
「間違ってもこんな時に使われたりしないわ。オドが枯渇するもの! アトミ、あなた大丈夫なの?」
「ん……ああ。これ以降何度もこういうことが起こらない限りはこのまま行っても問題ないだろ」
アトミにはオドが存在しない。体内に存在するナノマシンによる技術で、大気中にあるマナのみで魔法が行使出来るために必要もない。勿論だからと言って無制限に発動し続けられるわけではないが、中級を撃ったところでアトミにあるのは魔法の同時行使をした疲労のみである。
「ダメよ、危機管理は私に一任する決まりよね? ジョゼ、アトミ、ここで休憩を取るわ」
そうした魔法についての知識を聞きかじっているアルビーナのいつもよりも少し真剣な一声で、彼らは休息を取ることとなった。
*
交代で睡眠を取るために、一人ずつ眠っては残りの二人が見張りをすることになった。アルビーナの采配で一番初めに休んだアトミは今、ジョゼと焚き火を囲んでいる。することもないので前から気になっていたことを聞くことにした。
「なあ」
「ん、何だアトミ?」
「お前らは何で名声が必要なんだ? 人を集めてるのも、危険を冒すのもそれが目的だろう?」
「……男ってのは一番になりたいもんだろ?」
「確かにそうだがよ、お前にはそれ以外の理由もありそうだ」
「……どうしてそう思う?」
「別に。付き合いは短いがお前は何ていうか……冒険者の割には堅実に見える。理由もなくわざわざ、クラン内に新参者を量産するような真似をするタイプには見えない。それだけだ」
灯りに照らされたジョゼの顔はどこか照れくさそうに笑っている。
「そうか。焦ってたのかもな。約束があんだ」
「約束?」
「ああ、『アリウム・ギガンチウム』をこの国一番のクランにするってな。死んだ妹と約束した」
「……そうか。悪いな、余計なこと訊いて」
「いいさ。カミネは歌と踊りが好きだった。よくあのクランホームに飯食いにきた吟遊詩人に唄をせがんでたもんだ」
「そうか」
「俺たちは二人とも孤児でな。いつか成り上がって毎日遊んで暮らすんだって、馬鹿みたいな夢見て過ごしてた」
「いい夢だな」
そこまで話すとジョゼの微笑みはなくなった。代わりに決然とした表情を浮かべている。
「妹の夢はもう叶わねえが、国一番のクランにするっていう約束はまだ生きてる。周囲にも随分気を遣われちまったみたいで、その結果が、あれだ。アトミには悪いことしたと思ってる」
「全くだぜ、いい迷惑だ」
言葉とは裏腹に、アトミは最早それほどクランから早く抜けたいという気持ちはなかった。この三ヶ月でそれなりに気の合う者とも会えたのだ。今も不機嫌そうな表情を作りながら軽く笑っている。
「だから、もう少しでいい。俺に、俺達に協力してほしいんだ。三ヶ月後のクラントーナメント。国一番かはともかく、この聖都タルカで一番のクランを決める大会がある。そこで優勝出来れば、少しは納得出来る」
「……それは」
「お前が目立ちたくないのは知ってる」
「…………!」
隠せていたとは思っていなかった。だが、冒険者には脛に傷を持つ者も多い。そうした人間も珍しくないのだ。それを言及するとは思わなかった。
「詮索はしねえ。だが、誓おう。恩には必ず報いる。だから、頼む」
「……仕方ねえ、それまではいてやるよ。借金も返せてないしな」
「恩に着る」
「今回聖遺物があったら俺のもんだぞ」
「ああ、ありがとう」
――ったく、何してんだろうな俺は。
情に絆されて自分の目的を見失いかけているアトミを他所に初日の夜は更ける。
『Masquerade』
風の中級魔法。今回アトミが使用した閉所での敵の封殺にも有効であるが、不可視であるが故に戦時などではトラップとしても有用。その斬れ味と数は使い手のオド総量と技量に関係しており、数百もの数を出すことができるのは一握りにも満たない実力者のみだろう。
詠唱は「興削ぐ無粋は誰ぞ。割れぬ杯。伏し、叫ぶ孤独。甘き縛鎖に身を委ね、回廊の只中で暁を待つ。ただ焦がれよ」