第二話 消えた少女
「おまえさあ、学校の先生からよく『人の話を聞きなさい』って言われないか?」
しみじみとした、どこか中年じみた声が、およそ似つかわしくない子供部屋に響く。
しかし、ここには中年オヤジの姿などない。いるのは、鼻歌まじりにクローゼットを広げる少女と、オレンジ色の背中に哀愁を漂わせるカボチャだけである。
「何よ、カボチャのくせにお説教しようっていうの?」
ふてくされたような口ぶりで切り返しながら、リサはクローゼットの奥をあさっていた。
ベッドや床の上には、衣替えで片付けたばかりの夏物の服が、十重二十重に折り重なって散らばっている。それと言うのも――
「あー良かった! ちゃんとしまってあったわ!」
クローゼットの奥深くから発掘されたのは、真っ黒なドレスと三角帽子。その様子を見やりながら、カボチャのジャックはいぶかしげな声を出した。
「なあ、それってハロウィンの衣装だろ? そんなもん着て、どこ行くつもりなんだよ。今年はハロウィン禁止なんじゃなかったのか?」
その台詞に、リサの手はぴたりと止まった。
「何で……あんたがそんなこと知ってるのよ」
「オレはハロウィンの妖精だからな」
その力強い口調は、体もないのにまるで胸を張っているように感じられた。
リサは、肩で大きく息を吐き出すと、床の上にへたり込んだ。――まるで、張っていた虚勢がもろくも崩れ去ったかのように。
「わかってるのよ、やめた方がいいってことくらい。去年、あんなことがあったから……だから、できるだけ考えないようにしてたの。でも、思い出したらもう、落ち着いていられなくなっちゃったのよ」
ちょうど一年前のこと。ハロウィンの夜は例年通り、子供たちが各グループごとに村の家々を訪ねて回った。
『トリック・オア・トリート!』
お決まりの文句は、子供たちの特権。大人たちもそうやって育ってきたから、あどけない子供たちに惜しみなく菓子を与えてやる。
そもそもが小さい村のこと。子供も大人もほとんど見知った顔ばかりで、まして特別な夜に子供が出歩くことを不安がる必要もなかった。
そのはずだったのに。
「カレンが……いなくなるなんて……」
子供たちは皆、数人ずつのグループになって行動していた。しかし、全員仮装していることもあって、誰がどこにいるのか、すぐにはなかなかわからなかった。
そのため、少女が一人いないことに気づいた時には、夜もだいぶ更けていたのだ。
「彼女は、おまえの友達だったのか?」
ジャックの質問に、リサは小さく首を振った。
「同じクラスだけど、あまりしゃべったことはないわ。たぶん、あたしと同じ子がほとんどだと思う。とてもおとなしい子だったもの」
カレンは無口で、自ら進んで話すタイプの子供ではなかった。だから特別親しい友人もおらず、途中で姿を消してもなかなか気づかれなかったのだろう。
「たいして仲良くなくても、気にはなるんだな」
「そりゃあね……あたしにだって責任はあるし……」
ハロウィンの夜はだいたい皆、仲良し同士でグループを作るものだ。しかし、もともと人に交わらないカレンは、どのグループからもあぶれているようだった。
リサも、そのことには気づいていたが、あえて声をかけようとはしなかった。彼女はいつもの遊び仲間と行動することが決まっていたので、誘うのをためらったのだ。
もしあの時、彼女が一声かけていれば、結果は異なっていただろうか。そのことが、リサの心にしこりとなって残っている。
一年たった今もなお――カレンは見つかっていない。
まるで魔物にさらわれてしまったかのように、忽然と消えたまま。
「しかしなあ、だからって今年、おまえが一人で仮装してウロウロしてたら危ないんじゃないのか? 去年そんなことがあったから、今年はみんなで自粛してるってのに」
ジャックの苦言はもっともだ。そんなことがあったからこそ、子供が夜歩きしないようにと、今年のハロウィンは控えるように学校でも指示されている。
それでも。
もはや、黙っておとなしくしていることはできなかった。
「わかってるわよ! でも、行かなくちゃいけないのよ!」
力強い声とともに、バサリと重い音が響く。
「わっ、何すんだよ!」
ジャックの視界は、一瞬で暗転した。それもそのはず、リサが黒い衣装をカボチャにぐるぐると巻きつけ、すっぽりと覆ってしまったのだ。
「しゃべって光るカボチャが部屋にあったら、ママが気味悪がるでしょ。夜になるまで辛抱なさい」
「おいこら、てめー! 何しやが――……」
それ以上、有無を言わせぬように、リサは黒い衣装ごと丸めたカボチャを、クローゼットの奥に放り込んだ。




