最終話:新しい墓廟
「――よし」
夕霖は、新しくできた墓廟の中で手を合わせていた。
先ほど、僧侶による供養が行われて真新しい花が供えられている。
ここは、かつて迅家の邸宅があった場所だ。国に接収されていた地に、族滅された迅家ゆかりのものを弔う場所ができた。
そして――そこには栢家からの花も飾ってあった。父が用意してくれたものだが、駆け出しの商人だった頃は迅家に出入りをしていたこともあるらしい。
「奥方様、綺麗な方だったなぁ」と鼻の下を伸ばしていたので、その後父は母にひっぱたかれていたが。
そして、両親は――夕霖の身の上について、なにかしらの訳があるとはわかっていたようだ。
手に持っていた鏡が透光鏡とは知らなかったようだが、その作りがあまりによかったため、これは貴人の妾の子なのでは、と思って憐れんでくれたらしい。
実際には妾どころか迅家直系の人間だったわけだが、もう滅んでいる以上どうしようもない。夕霖は栢家の長女である。
「――遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」
茈瑛の取り計らいで迅家の墓廟が完成し、夕霖はようやく亡き一族の人間に手を合わせることができた。
そして、今日はもう一人の客人がいる。
後宮を出るには、立場の高い官吏に後見人になってもらう必要がある。
自分の横に立つ背の高い官吏――茈家のお坊ちゃまを横目で盗み見た夕霖は、深くゆっくりと息を吐いた。
目を閉じ、迅家の祖霊に首を垂れるその青年は、なにがなんでも今日ついてくると言って聞かなかった。本人も忙しいだろうに、また柳太師に溜息をつかれるに違いない。
「茈瑛様」
「ん……もう満足した。悪かったな、ついてきて」
「茈瑛様がいらっしゃらないと、私後宮から出られませんから」
「法事くらいなら手続きを踏めば出してやれるぞ」
そうではある。が、茈瑛もやはり色々と思うところがあったのだろう。
その表情は憑き物が落ちたかのようにすっきりしており、夕霖も安堵した。
年若い頃に父の名代として迅家討伐に立ち会った経験は、彼の中でも大きな陰りになっていたようだ。
「茈瑛様。……今日はもう、これで」
「いいのか? 実家には寄らなくても」
「法事が決まる時にも顔を出させていただいたので、今日は大丈夫です。……あまり仕事に穴を開けると、退職金がもらえなくなるかもしれませんし」
冗談めかして夕霖が微笑むと茈瑛もニヤリと笑った。
上下の関係はあるが、おおよそやり取りは普段と変わらない。
相手が皇帝陛下だと思うとどうしても緊張してしまうが、茈瑛は夕霖が彼のことを「陛下」と呼ぶのを固く禁じた。
(この人も色々、気が詰まるんだろうなぁ)
思えば、内帑に来ていたのは皇帝としての仕事の合間を縫ってということになる。
柳太師からしてみればただのサボりだったかもしれないが、茈瑛にとっては数少ない休息の時間だったのかも。
皇帝という身分を少しの間横に置き、『茈瑛』という名を名乗って官吏のように振舞うその時間だけは、彼は只人でいられるのだ。
(そう思ったら、陛下なんて呼べないよ……)
不敬ではあるだろうが、本人がそれを願っているのだから仕方がない。
夕霖はこれからも内帑で仕事を行うことが決まっていたが、恐らく茈瑛は前ほど頻繁には顔を出せないだろう――色々と溜めてしまった仕事が多いらしく、柳太師は「いっそ内帑に籠って、お嬢さんと一緒にお仕事をなされますか」と笑っていた。目が笑っていなかったけれど。
「そうか。では、そろそろ戻るか……例のものもそろそろ届きそうだしな」
「……例のもの?」
どことなくウキウキしたような様子の茈瑛に、夕霖ははてと首を傾げた。
「あぁ、南方で採れた香木が届くことになっているんだ。なんでも麝香に似た香りがするとかなんとか――」
「ま、また変な物買ったんですか! え、もう関係ないのでは!?」
「いや、色々買い集めてみると、これが案外楽しくてな。ほら、由来も割としっかりしているものらしいから……」
――阿呆か、この若様。
絶対口にはできない言葉を飲みこんで、夕霖は頭を抱えた。
ただでさえ迅家ゆかりのものを買い集めて柳太師に苦い顔をされていたのに、これはきつい。
「もー、柳太師に叱られても知りませんよ、茈瑛様……」
「叱られんように真贋を鑑定するのがお前の仕事だろう。本物なら国の宝が増える」
そう微笑んだ茈瑛の表情は、一国の皇帝というより最早貴族のぼんくらボンボンだ。
さぁどうしたものか、と軽くこめかみを押さえたまま、夕霖は墓廟から出ていく茈瑛の後ろについて歩いた。外にはすでに、馬車が待っている。
「さぁ、行くぞ夕霖。仕事だ」
「……はぁい」
真新しい墓廟の中に、静寂が戻る。
馬車に乗り込んだ夕霖は、窓から見えるその墓廟が米粒ほどに小さくなるまで、じっとそれを見つめていた。




