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リトアニア建国記 ~ミンダウガス王の物語~  作者: ほうこうおんち
第1章:若き日のミンダウガス
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奴等が来た!

 結婚して1年余り、ミンダウガスはまだ平穏な日々を送っていた。

 リトアニア自体が、帯剣騎士団が北に行っている間の安らかな状態にあった。

 ルアーナに男の子が産まれて、ミンダウガスも真の意味で大人になったと言える。

 だが北の脅威が無くても、東と西から脅威はじわじわ迫って来ている。


「最近、領内で募兵をしているようだが、どういうつもりだ?」

 領内見回り部隊が、不穏なスラブ人を捕縛してミンダウガスの元に連れて来た。

 これが最初ではない。

 何度か同じような者がいて、彼等は一様に「ハリチ・ヴォルィニ公国から、勇者を連れに来た」と答えている。


 ハリチ・ヴォルィニ公国とリトアニア21人の公爵は、和平条約を結んだ関係である。

 お互いに相手領に攻撃をしていない。

 代わりに交易が盛んになり、ハリチ・ヴォルィニ公国や、同じキエフ大公国からの分裂国家であるノブゴロド公国の商人がやって来ている。

 それに紛れて、リトアニア人を傭兵として勧誘する者たちが多数入り込んでいたのだ。


 この時期のリトアニア人は勇猛である。

 帯剣騎士団なんて物騒な十字軍がリヴォニアを征服したのは、リトアニア人による侵略に対抗するという大義名分を得てのものであった。

 ハリチ・ヴォルィニ公国も、これ以上攻撃されないよう和平条約を結んだのである。

 だからミンダウガスにしても、リトアニア人が傭兵として出稼ぎに行くというなら、あえて止める事はしていない。

 しかし、余りにも多い。

 ミンダウガスとしては、どうしてそこまで兵が必要なのかを気にする必要があった。


「ではお答えします」

 何度かの連行で、ほとんどの者は「上に言われただけ」としか答えなかったが、今回は多少身分も高そうな男が連れて来られて、ミンダウガスの質問に答える。

「東から野蛮人が迫っています。

 もう奴等はキプチャク草原にまで来ました」

「東の野蛮人?」

 ミンダウガスには初耳だった。

 彼等にとっての野蛮人とは、十字架を掲げて蛮行を繰り返す帯剣騎士団とか言う連中か、バルトの神々を捨てた連中かであり、東の野蛮人なんてのはどんなものか想像出来ない。


「どんな連中か?」

 この質問からミンダウガスの運命は動き出す。


 ハリチ・ヴォルイナ公国の者は語る。

 彼らの事は韃靼タタール人と呼んでいる。

 それは蒙古モンゴル人の事で、両者は厳密には違うのだが、欧州人は区別していなかった。

 小柄ながら、長距離を走り抜ける馬に跨り、馬上で弓矢を放つ浅黒い肌の者たち。

 それらはある日、ここから遥か東にあるカスピ海沿岸に現れた。

 そしてレズギ族、アラン族、チェルケス族といった遊牧民たちを次々と打ち破り、配下に加えながら草原を西に進んでいく。

 ついにクマン人という遊牧民が、ノヴゴロド公に助けを求めた。

 ノヴゴロド公ムスチスラフは、クマン人の族長コチャン・カンの娘を妻としている。

 その縁もあり、また実際の脅威からノヴゴロド公ムスチスラフは、元のキエフ大公国諸国に声をかけて大連合を結成する。

 ノヴゴロド公国の他、チェルニゴフ公国、スモレンスク公国、そしてハリチ・ヴォルィニ公国が、過去のいきさつを捨てて手を組んだのだ。


「なるほど、そんな強力な相手なのだな!」

 大人になると宣言しているミンダウガスだが、やはり二十歳を超えたばかりで血気盛んである。

 そんな強い相手なら見てみたい。

 彼は思い立ったら即行動に移してしまった。



「あー……どこかで見た事ある顔が居るのだが、気のせいかな?」

 溜め息を吐きながら、ハリチ・ヴォルィニ公ダニエルがある兵士に問いかける。

「ソーデスネー、アナタノ気ノセーデスヨー」

「そんな訳あるか!

 どうしてリトアニアの公が、一介の兵士の装束で此処に居るのか、答えて貰おうか!」

……大人になって責任ある行動をするかと思ったら、どうもそうでは無かったようだ。

 まさか領主が他人に黙って、他国の戦争を観に来るとか有り得ないだろう。

 そんなミンダウガスと年齢が2歳しか変わらないが、ダニエル公は苦労人である。

 いまだにハリチ公領を纏め切れていない。

 仕方ないから、縁戚にあたるノヴゴロド公ムスチスラフに、ハリチ公を名乗って貰い、その威光も使って領内の貴族を従えようとしている。

 そんな自国を纏め切れていない中、東方から脅威が迫っていた。

 恩もあるノヴゴロド公から

「今はルーシ人同士で争っている場合じゃない。

 ひとまず叛乱貴族の事は置いてくれ」

 と言われたら、そうする他ない。

 だから、兵を少しでも増やすべく、隣国にまで傭兵を募集しに行かせているのだが、まさか公爵が来るなんて想定外だ。


「だから、俺は一介のリトアニア人傭兵だから、気にすんなって」

「外交問題になるわ!

 お前んとこ、ややこしくてたまらん。

 一人でも仲間外れにしたら、条約が反故になるから21人も呼ぶ羽目になったし。

 そいつらで意見もまとまってなかったし。

 お前を死なせたら、それを理由に条約は破談となり、またうちに攻めて来かねない。

 色々忙しいんだから、厄介事を起こす前に帰れ!

 帰って、カトリックの狂犬に立ち向かっていろ」


 ルーシ諸国にとっても、リガに居る帯剣騎士団は困った存在なのだ。

 元キエフ大公国は、地理的に東ローマ帝国と近く、宗派は東方正教会である。

 ローマ・カトリックの十字軍は、正教会に対しても攻撃を仕掛けて来る。

 ハリチ・ヴォルィニ公国は、間にリトアニアが在る為に帯剣騎士団とは戦っていないが、その北方にあるノヴゴロド公国は度々騎士団と刃を交えていた。

 代わりにハリチ・ヴォルィニ公国はポーランドからの攻撃を受けている。

 リトアニアとの和約は、ルーシ防衛の他に、リトアニアをもって対ポーランドの防壁にしたい思惑もあった。

 だから、リトアニアの公が少数の兵と共に、こんな所に居られたら色々思惑が狂うのである。


「そこはそれ、俺の責任でどうにかするよ。

 勉強もしたい。

 東方の野蛮人とやらを見せてくれ!」

(勉強とか殊勝な事言ってるけど、要は戦わせろって事だろ?)

 ダニエル公は頭を抱えつつも、一方で自分もまた、東方の騎馬民族こと蒙古タタールの事をよく知らないのだ。

 知りたいと思うミンダウガスを馬鹿には出来ない。

 どんな連中なのか、知りたくない、面倒事に関わりたくないと拒否する統治者としての思いの一方で、やはり確かめてみたい、一戦して力量を確かめたい、そういう本音もある。


「ややこしい事になるから、死ぬなよ。

 それと、本陣近くを彷徨くな。

 あと、先陣にも加わるな。

 死ななくても、活躍なんかした日には論功でややこしくなる。

 お前は、本当はここには居ない!

 分かったな、お前は存在しないんだ!

 それを承知するなら、留まる事を認めよう」

「分かった、分かった。

 俺とて統治者だ。

 あんたの迷惑になるような事はしないよ。

 借りを作りたくないからな」

「……分かってるなら、さっさと帰ってくれよ。

 いや、もう言うまい。

 何かあっても、一介の傭兵として遇するからな」


 こうしてミンダウガス参陣は記録に残らなかった。

 ただでさえリトアニア人やスラブ人は史料を残さないのだし。



 西暦1223年、ついにキプチャク草原に居た、韃靼タタール人たちは、クマン人を追撃しながらルーシに侵入を始めた。

 幾多の戦いで勝利を重ねて来たノヴゴロド公ムスチスラフは、ルーシ連合軍に出撃を命じる。

 楕円形の盾を持ち、槍か斧を携行する、鉄片鎧プレートメール姿のルーシ軍の中に、より簡素な鎧を纏い、投槍や投斧、短剣で武装したリトアニア人部隊も付き従う。

 彼等の軽装は、沼地や森林で戦うには合っているのだ。

 だが……。


 1223年5月31日、タタールことモンゴル帝国軍西征隊2万人を、ルーシ・クマン連合軍3万5千が、カルカ河畔で迎え打った。

 指揮官はモンゴル軍はジェべとスブタイ。

 ルーシ連合軍は、ノヴゴロド公ムスチスラフ、キエフ大公ムスチスラフ3世、そしてチェルニゴフ公ムスチスラフという同名の君主。

 加えてハリチ・ヴォルィニ公国、スモレンスク公国、ポロヴィツ族といった勢力である。


 戦いは、数に勝るルーシ連合軍が優位で始まった。

 ルーシ連合軍はモンゴル軍を追い立てる。

 しかし、終わった時ルーシ連合軍は損害2万、チェルニゴフ公は捕縛されて息子共々処刑、キエフ大公も同じく捕らえられて処刑されるという、大惨敗を喫していた。

 ミンダウガスは生き長らえた。

 だが、この戦いで彼は、敵うべからざる恐ろしい敵がこの世に存在するという事を、骨身に染みて理解したのである。

次回、カルカ河畔の戦いを詳細に書きます。

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