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リトアニア建国記 ~ミンダウガス王の物語~  作者: ほうこうおんち
第1章:若き日のミンダウガス
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出会い

 西暦1220年代、帯剣騎士団によるリトアニア攻撃は収まっていた。

 リトアニア、特に勇猛な低地ジェマイティア人の抵抗に辟易したからか?

 否。

 騎士団は同じキリスト教国のデンマーク王国に対し、エストニアを奪うべく侵攻をしていたからである。

 リトアニアに構っている暇がなく、留守部隊や国境付近に領地を持った騎士との小競り合いのみとなった。


 エストニア人は、当時の北方世界最強のデンマーク王国軍に敗れた。

 デンマーク人は占領地の内、良港を抱える場所に要塞を造り、そこをデンマーク(ダンマルク)に因んで「ダニーリーン」と名付けた。

 それが現在のエストニアの首都「タリン」の始まりである。

 このタリンに、帯剣騎士団を抱えるリガ大司教は

「この地も我と我が騎士団の権力の下にあり、伝導の権利は我々にある」

 と言い放った。

 伝導とはキリスト教を布教する事だが、従わない場合は暴力を振るう事、従った場合でも「寄付と奉仕」を強要する事も含んでいた。

 当然タリンは反発し、

「エストニアはデンマーク国王のものである。

 二度とこんな使者を送って来んじゃねえ、ボケ!」

 と返答し、以降無視をしていた。


 デンマークの支配のほころびは、サーレマー島(エーゼル島)から起こる。

 この地の非キリスト教民族エーゼル族を攻撃したデンマーク軍だが、思わぬ抵抗に苦しむ。

 エーゼル族は、離島という地の利を得ていた他に、十字軍の戦いを参考に、彼等の武器である見様見真似の投石機を開発し、デンマーク王の造った要塞を攻撃し始めた。

 これに対しリガの帯剣騎士団は援軍を派遣。

 デンマーク王と交渉を行い、布教等の一部権利の譲渡と引き換えに、エーゼル族との戦いに加わる。

 援軍を得た事に安堵したデンマーク王は帰国するが、その途中で神聖ローマ帝国のザクセン貴族に捕われ幽閉されてしまった。

 この貴族と、リガ大司教及び帯剣騎士団の間に、何の密約があったのか歴史は語らない。

 しかし、デンマーク王の行動不能は、帯剣騎士団に有利な状況を作り上げた。


 エーゼル族の抵抗に苦戦する十字軍の有様を見て、エストニア人が反乱を起こす。

 彼等は一時、リヴォニアにまで逆撃を掛けたものの、セッデの戦いで敗北。

 現在は、キリスト教国ではあるがカトリックではない、ノヴゴロド公国と同盟しながらエストニア人は反抗を続けている状況だ。

 帯剣騎士団はじわじわとエストニアを、エストニア人だけでなく、デンマーク人からも奪う際中である。




 キリスト教社会の中の欲に塗れた闘争と、エストニア人やエーゼル族の抵抗運動のお陰で、リトアニアは平和な日々を送れていた。


 話は変わるが、リトアニアにはお盆のような、「死者が帰って来る日」がある。

 8月ではなく11月がそれで、ヴェーリネスと言う。

 スラブ人はこれをジャディーと呼び、ケルト人の同じ風習をサウィンと言い、サウィンは後にハロウィーンとなった。

 先祖の魂、死者の霊、自然の神を崇拝する古い宗教において、こういうものは当たり前の考えだったのかもしれない。


 そのヴェーリネスの日、リトアニア人は墓参りをし、墓前でパーティーを行う。

 死者をもてなし、共に飲み食いをするのだ。

 ミンダウガスは領民たちのこの儀式に付き合った後、少数の供を連れて北に向かった。

 途中で兄のダウスプルンガスと合流。

 兄弟は黙って馬上で手をコツンと打って挨拶した後、何も話さない。


 先祖の墓は詣でた。

 しかし、父が死んだ地を墓とするなら、彼等はまだそこに行けていない。

 兄弟の父・ダンゲルティスは、ノヴゴロド公と同盟しようとして赴いた帰り道、帯剣騎士団によって拉致されてリヴォニアで客死した。

 キリスト教徒は、異教徒に対しては冷淡である。

 帯剣騎士団はダンゲルティスの死体をおざなりに葬り、遺児たちに死骸を返していない。

 故に、父の墓はリヴォニアに在る訳だが、抗争中の国にわざわざ出向けば自分たちも同じ末路を辿る

事になる。

 兄弟は国境を超えて父が死んだと思しき場所に出向き、父の魂に挨拶をする。

 彼等なりのヴェーリネスの過ごし方であった。


……ギリギリまで敵地リガに接近し、警らの騎士団が襲って来たら戦うという、物騒な墓参りではあったが。


 リガ近辺からの帰路、ミンダウガスは逃げている様子の女性を見つけた。

 いや、赤子を抱えているから2人である。

 何事か分からないか、切羽詰まった感じだ。

「おい!」

「ひっ!」

「お前たちは何故逃げている?

 どこかの領主の農奴か?」

 見ると、ミンダウガスよりかなり年下だが、十代前半の少女であっても中々将来が期待出来る美人であった。

 若いミンダウガスの胸がキュンとするのを感じている。

「奴隷……と言えば奴隷です。

 私たち姉妹は、北のキリスト教徒に連れ去られていました。

 ですが、もうあんな場所に戻りたくはありません。

 どうか助けて下さい!」

 抱えていた赤子は、この少女の歳の離れた妹であった。


 聞くと騎士団は、流石に少女の内は性的ないたずらを「誇りにかけて」していなかったようだが、

「改宗しない者は、天に代わって騎士の手で殴られても文句は言えない」

「改宗した者でも、今までの悪徳を精算する為に奉仕活動をしなければならない」

「全ての収穫物は天の父に捧げる為、教会に納められねばならない」

 という扱いをして来た。

 そして姉が妙齢に達した頃に

「キリスト者の子を産ませる」

 とか言い出したようである。

 リガであれば逃げられず、若くして子を産まされ、生まれて来た子はすぐに洗礼を受けさせられ、以降生まれながらのキリスト教徒である子を育てる元異教徒の母親として一生を終えたであろう。

 しかし、騎士団本隊が北方に居る上に、彼女たち姉妹が住んでいたのは国境沿いの村。

 隙を見て逃げ出す事に成功した。

 しかし、欲深い騎士が直ちに追手を出したようで、一緒に逃げた母親は囮となって死亡、彼女たちは森の中や沼地で隠れてやり過ごしたが、ここに来て見晴らしの良い平野部に出てしまった為、見つかる前に次の沼地や森まで走り抜けたい。


「そうか、引き止めてしまって悪いな。

 ところで……」

 ミンダウガスたちは刀を抜く。

「あいつらを殺せば、お前たちは逃げなくても良い、それで良いか?」

 遠くに騎士とその従者が見える。

 こちらも多勢ではないが、女農奴を追いかけるだけの連中はもっと少ない。

 リトアニア兵が刀や槍を持って迎撃に向かった所、敵騎士は馬首を返して引き揚げて行く。


「どうやらもう大丈夫だ。

 ところで、名前を聞かせて欲しい」

「モルタと言います」

 モルタ、英語発音では「マーサ」というところである。


「ああ、ええとだな、君を保護して貰う事にする。

 俺はミンダウガスと言って、ここより南東の領主なのだが……、

 この地の領主に黙って人を連れ去る訳にはいかなくてだな……」


 近代と違って、土地領有の概念は緩やかである。

 ミンダウガスとダウスプルンガスは、父が幽閉されていた時にその領土を親戚に奪われたが、そうは言っても排他的な領有は農地くらいなものである。

 農作物の税は他人の領土からは取れないが、森や湖の収穫は「リトアニア人全てのもの」だから、その地の領主に幾ばくかのお裾分けをすれば文句は言われないし、領土の通過や軍事活動についても「ちょっと使いますね」と予め言っておけば大目に見られた。

 ただ、農地とそこの労働力に絡むだけに、人は勝手に連れ去れない。

 この姉妹は、帯剣騎士団によって拉致され、そこから脱出して来た者で領民ではないのだが、それでも勝手に連れ帰るとややこしい事になる。


 ミンダウガスはこの地、シャウレイを治めるヴィスマンタス公を訪ねる。

 シャウレイはジェマイティアの一部だが、東部に位置して、ここの公爵たちの言葉はリトアニアと近い。

 この地は長兄ヴィスマンタス、次兄ゲドヴィラス、末弟スプルデイキスという3兄弟が公爵として支配していた。

 彼等もまた、ハリチ・ヴォルイナ公国との和平条約に署名した、21人の公爵に含まれる。


「父の霊の為に我が領内を歩くとは聞いとうが、女を拾うとは聞いちょらんかったばい」

 ヴィスマンタス公が若いミンダウガスを軽く詰った。

「この者たちは、北の狂信者に捕まっていたのを逃げ出したそうです」

「ふむ、我が領民がどこかに逃げ出すのを手助けしたんじゃなかな?」

「そうです。

 ですから、この2人を預かって欲しいのですが」

「良か。

 そういう事ならば私の領民も同様たい。

 この地で生活するが良か。

 で、預かる?

 どういう意味じゃ?

 言いたか事ははっきり言いや」

「あー、えーと、その……。

 結婚するにはですね、彼女たちの身分がハッキリしてなくて……。

 いや、あの助けてすぐに妻になれとか、それは図々しくてですな……。

 まあ、ヴィスマンタス公の身内ともなれば、堂々と縁を結べる事になりまして……。

 そういう訳で、そういう訳でして……」


 ミンダウガスは若造である。

 まだ人生経験が足りない。

 結婚が部族同士を結ぶ大事な儀式である事は分かっているが、それはそれとして一目惚れしてしまったこの女性とも結婚したい。

 そこで、ジェマイティアの公であるヴィスマンタスの養女とすれば、そことの縁ともなれば皆が納得する、そう思ったのだ。


 だが、他人に頼み事をするなら、何らかな見返りが必要である。

 あるいは有無を言わせぬ力とか、貸し借りのようなものとか。

 ただ好意を信じて女性を預けたミンダウガスは、自分が惚れた美人を見るヴィスマンタス公の目に気づいていなかった。

 舞い上がって観察眼も無くしていた。


 結果、ヴィスマンタス公がモルタという少女を自分の妻にしてしまった事を、しばらくして自領で聞いて激怒したのは、はっきり言えば彼の見込み違いと実力不足を呪うしかないものであろう。

おまけ:

エストニア人はフィンランド人と同じ、ウラル語系のフィン・ウゴル語族。

リトアニア人は印欧語系のバルト語族。

共闘とかは多分

「あんな言葉も通じない蛮族とは無理、というかあいつらも本来は征服対象」

ってところかと。

当時のリトアニア人、同じ言語から分かれたジェマイティア人とすら口語だと言葉が通じず、中々一体化出来なかったので。

(意図的に日本の方言で書いてます。

 高地(標準語)、ジェマイティア(奥地は南九州、シャウレイ辺りは北九州訛り)、デルトゥヴァ(関西弁)で、会話が中々成り立たないのはあの辺りかと)



おまけの2:

20歳前後の男が、13歳くらいの少女に惚れるってのは、ロリ好みより、どこぞの銀河帝国の疾風さんとその奥さんの馴れ初めを想像して貰えれば。

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