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リトアニア建国記 ~ミンダウガス王の物語~  作者: ほうこうおんち
第5章:ミンダウガス王の治世、そして大公国へ
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新しい世代

「おう……クソったれの叔父貴じゃないか。

 酒のせいで目がおかしくなったんじゃなければ、あんたがこの地に来たって事だよな。

 娘の結婚式に参加する為かい?

 親族に冷淡なあんたでも、娘は可愛いのかね?」


 酒臭い息を吐きながら、タウトヴィラスが毒を吐く。

 共に叔父ミンダウガスと戦って来た弟、ゲドヴィダスを失って以降、彼はすっかり意気消沈して、酒に溺れるようになっていた。

 そんな甥の手を取り、ミンダウガスは詫びる。


「一体何のつもりだ?」

「あの時は本当に悪かった。

 俺は強い君主であろうと、おかしな判断ばかりしていた。

 今になって分かる。

 俺はおかしかったんだ、と」

「ふん……」

 タウトヴィラスは興味無さそうにし、そっぽを向く、


「俺があんたを許せないのは、父ダウスプルンガスを殺しておいて、素知らぬ顔で俺たち家族に接し、領土を全て奪い取りながら、善人の顔で俺たちを世話して来た事だ。

 それを知った時、一体どれだけあんたの事を許せない気分になったか、分かるか?」

「分からんし、違うぞ。

 俺は兄貴を殺しちゃいないし、兄貴の領土の全相続は兄貴の遺言だったんだが。

 一体誰から、俺が兄貴を殺したって聞いたんだ?」

「嘘を吐き、また俺たちを苦しめる気か?」

「いやいや、本当に俺じゃないんだってばさ。

 まだ生きている、他の公たちに聞いてみたらどうだ?」

「皆、王様になったあんたに媚び諂う奴ばかりだろう」

「じゃあ、ドイツ騎士団にでも聞いてみろよ。

 俺はドイツ騎士団との戦いで、兄貴を助けたものの包囲され、危うかった所を亡きヴィーキンタス公に助けられたんだ。

 その時の事を覚えているのが、まだ生き残ってるんじゃないかな」

「本当か?」

「今更嘘を言ってどうなる?

 俺にやましい所はない。

 地獄と戦いの神ピクラスと、雷神ペルクーナスに誓って嘘は言っていない」

「……あんたの神様は、イエス・キリストじゃなかったか?」

「あ!

 今のは聞かなかった事にしてくれ」

 この様子に、タウトヴィラスはプっと吹き出した。

 ミンダウガスは身内の前では隙があってだらしない。

 タウトヴィラスは、久しぶりに仲良かった時の「叔父」を見た気になった。


「ダウヨタス公とヴィリガイラ公だ」

 タウトヴィラスはぶっきらぼうに話す。

「俺はあの2人から、あんたが父上を殺し、全てを奪ったと聞かされた。

 ジェマイティア公以外の他の公たちは、あんたに媚びていて本当の事を言わないとも。

 本来なら、父ダウスプルンガスこそ筆頭公爵になり、あんな強引なやり方でなく、皆の意見を尊重する昔ながらのやり方で、今より幸せなリトアニアになった筈だ、と」

 聞きながら、ミンダウガスは腑に落ちていた。

「ああ、あの2人か……」

 親の代からの因縁持ち、特に意外さは無い。

 付け加えるなら、あの2人は自分だけでなく、兄だって嫌っていただろうに。


 ミンダウガスは、もう知る人も少なくなった、自分の父の代の話をした。

 ダウスプルンガスとミンダウガスの父親はダンゲルティスと言った。

 彼は帯剣騎士団に囚われて、そこで客死した事。

 ダンゲルティスが囚われている間に、その弟のステクシュスが相続を言い出し、領土の一部を奪った事。

 そのステクシュスも帯剣騎士団と戦って戦死した事。

 それに乗じて、ダウスプルンガスが叔父に奪われた領土を一部奪い返した事。

 そんな経緯で、自分たち兄弟とダウヨタス兄弟の従兄弟は不仲であった事。

 だから、遠い血縁のジヴィンブダス公が、どちらがなっても対立する筆頭公爵の地位に就いていたのだが、その彼も帯剣騎士団と戦って死んだ事。

 その死後、筆頭公爵の座を巡って自分と兄は対立し、兄は恩讐を超えてダウヨタス兄弟と手を組んだ事。

 兄が自分に敵対した理由は、今やっている国家としての統制や統帥を嫌がり、皆が自由なリトアニアを維持したかった為である事。

 そして、ドイツ騎士団に敗れ、兄もまた「皆が対等な部族連合のリトアニア」では、この先生き残れないと悟り、自分に後を託した事。

 その際、兄は「リトアニアらしさ」を失うな、家族を頼むと言い遺しており、だから自分はタウトヴィラス兄弟を殺す気は無かった、変に強権的になって処罰しようとした時でさえそれは変わらなかった事。

 これらを自らの口で語った。


「まあ、俺が言った事が真実かどうか、自分で調べて欲しいのだが、一つ言っておく。

 早くした方が良いぞ。

 あの頃を知っている者は、もう老人になっているのだからな」


 1219年にハリチ・ヴォルィニ公国と結んだ和平条約、それに署名した21人の公爵たちの中で、ミンダウガスは下から3番目の若さだった。

 最年少は、従兄弟でミンダウガスに逆らい続けて来たヴィリガイラ。

 それは既に、先の内戦で死んでいる。

 2番目に若かったのがルシュカイチャイ家のヴェルジース公で、彼はヴィジェイティス公の子供である。

 ヴェルジース公はまだ生きていて、新たにリトアニア王国の軍事責任者に就任した。

 彼の父ヴィジェイティス公は、内戦での活躍を最後に引退、その後すぐに死んでしまった。

 長年副将としてミンダウガスを支えて来た同じルシュカイチャイ家のヴェンブタス公は

「もう軽騎兵の指揮が辛くなった。

 あんなに速く馬を走らせるのはきつい」

 と言って、一線を退いている。

 人生50年くらいの寿命が短い時代、1203年生まれのミンダウガスすら、1253年時点で50歳、立派な老人扱いである。

 王侯貴族は庶民と違って良い物食べているし、人によっては異常に健康な人もいるから、ミンダウガスは50歳と言っても現代人の50歳並には若々しい。

 だが、皆がそうではない。

 21人の公爵たちは既に半数が死を司るピクラス神の元に旅立ち、残りも代替わりした者が多い。


 そう言われて、タウトヴィラスも考え込んだ。

 三十代が若者で通じる時代ではない。

 いつまでも外国で居候をしていても虚しいだけだ。

 弟の死をいつまでも嘆いていられない。

 弟の分も自分は生きる。

 彼はそう決めていた。


「分かった。

 あんたが言った事が真実か、知っている人がまだ生きている内にリトアニアに帰って、聞いて回る必要がありそうだ。

 帰国してやるから、覚悟しろ」

 甥の強がりに、ミンダウガスは笑う。

 強がりを言っている事を自覚しているタウトヴィラスも笑う。

 二人は大笑いして、和解した。




 既に述べたように、リトアニアでは21人の公爵時代が終わり、世代交代が進んでいる。

 内戦における事実上の総大将・ジェマイティア公ヴィーキンタスの子のトレニオタを、説得して家臣に加えたのも、彼が次代を担う人物だからだ。

 ミンダウガスは、トレニオタをジェマイティア総督に任命し、封土を与えた。

 現在のジェマイティア公エルドヴィラスが死んだら、ジェマイティア公の地位は廃止して、総督がこの地の最高位となる予定だ。

 このトレニオタをジェマイティア総督にした件からも、ミンダウガスは「騎士団に領地を寄進」というのを形だけのものとして、実質的には自分が支配するつもりである。


 そのトレニオタだが、ミンダウガス打倒の意思は変わっていない。

 ただ、彼はミンダウガスと接している内に

(今はまだ、殺す事は出来ん)

 と思い始めていた。

 ミンダウガスからは、リトアニアをドイツ騎士団やハリチ・ヴォルィニ大公国に匹敵する強国にするという覇気が感じられる。

 その為に万難を排して立ち向かうという、黄金の意志が伝わってくる。

 それは仇討ちが目的で生きている自分には無いものだ。

(リトアニアの為に生きるこん男の足を引っ張る事は出来ん。

 殺すなら大義名分が欲しかど。

 再びジェマイティアとリトアニアが戦う事になり、その時に戦場で討ち取るのが礼儀ごわんど。

 今のこん人バ闇討ちすっとは、俺いの名折れじゃっど)

 という事で、トレニオタは反抗的ながらも、ミンダウガスに従ってリトアニアの覇業を手伝う事にした。


 タウトヴィラスもリトアニアに帰国し、公としてミンダウガスに仕える。

 彼はミンダウガスだけでなく、父の遺志「リトアニアらしさを失わない」を守る「番人」となる事を心に決めている。

 この男もまた、次にミンダウガスが暴走したり、父の遺志を踏み躙ったら殺してやると宣言し、ミンダウガスも笑ってそれを許した。

 こうしてタウトヴィラスは、元のポラツク公の地位に復帰した。

 ただし、現在のベラルーシ国内に在るポラツクは、スモレンスク遠征失敗でリトアニアから離れていた為、領地は取り返さないとならない。


 そしてこの時期、リトアニア王国の歴史を左右する、最後のピースとなる人物がミンダウガス陣営に加わった。

 リトアニア東方国境に位置するナルシュア公国。

 この国の公の一人に、ミンダウガスの妹が嫁いだ。

 その子がレングヴェニスであり、何度もミンダウガスと共にルーシ諸国の征服事業を行っている。

 もっとも、恨みを買って上手くいかず、本人も騎士団に捕われたりしたが。

 ナルシュア公は複数人が兼任していて、甥のレングヴェニスはその中の一人であった。

 別のナルシュア公であるダウマンタスという男が、ミンダウガスに同盟、実質的には従属を申し込んで来たのだ。

 ダウマンタスとレングヴェニスという二人のナルシュア公を配下としたミンダウガスは、他数名のナルシュア公を粛清してナルシュア公国をリトアニアに編入する。

 内戦で元のリトアニア領に押し戻されていたミンダウガスだが、再び拡大する足掛かりを得た。

 野心は確かにあるが、それ以上にモンゴルへの対抗上、ミンダウガスは国を外に拡める事を「自分の義務」と考えているようである。


 ミンダウガスとその子供たち、兄の子のタウトヴィラス、姉の子のトレニオタ、妹の子のレングヴェニス。

 これが歴史上「ミンダウガス家」と言われる集団となった。

 ミンダウガスの後の継承者争いは、この中で行われる事になる。

 その運命は……今は書かないでおこう。

おまけ:

タウトヴィラス「ところで叔父貴、新しい奥さんの腹が大きいように見えたが」

ミンダウガス「それか〜!

 よくぞ聞いてくれた!

 俺の子なんだよ」

タウトヴィラス「それは分かるんだが、……新しい奥さん、何歳なんだ?」

ミンダウガス「俺より7歳下だから43歳になるな」

タウトヴィラス(無茶苦茶高齢出産(当時基準)だけど、大丈夫なのか?)


史料に2人の子の生年は無いのですが、結婚した時期からして高齢出産になります。

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