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リトアニア建国記 ~ミンダウガス王の物語~  作者: ほうこうおんち
第5章:ミンダウガス王の治世、そして大公国へ
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ヴィリニュス建設

 ミンダウガスは、リトアニアの国王として正式に叙される事になった。

 しかし、正式な戴冠にはそれなりの準備が必要である。

 まずはキリスト教の聖堂が必要となる。

 この聖堂で、ローマ教皇から認められた司祭が、彼に王冠を授けるのだ。

 だが、リトアニアの中にキリスト教の施設は無い。

 どう造ったら良いのかも分からない。


 先日のヴォルタ城攻防戦では、リヴォニア騎士団からの増援が来ていた。

 だがあれは、本当は増援部隊などではない。

 まず、彼等が「屈服させた土地」「将来寄進される土地」と考えるリトアニアに、進駐軍気取りにやって来たのである。

 それで、敵地に対するのとは違う、比較的紳士的な態度でいられたのだが。

 もう一つは、ミンダウガスから用があって、招待されたからでもある。

 それがこの聖堂建設に関する事だった。


 実のところ、ミンダウガスにはリトアニアをキリスト教の国にする意思は全く無い。

 国民の知らない所で、キリスト教徒としてやっていけば良いと思っている。

 そんな訳で、ミンダウガスは余り知られていない場所に新しい「キリスト教の都市」を造ろうかと画策していた。


 上で「都市」と書いた。

 実はミンダウガスはこれまで都市というものを建設した事がない。

 既に隣国の首都に相当するハリチ市やクラクフ市を知ってはいたが、そこは先進地域とは言えない場所。

 キプチャク汗国の首都サライに至っては、現代風の言い方をするとテント村に過ぎない。

 ノヴゴロド市という商業都市が、大都市といえただろう。

 それが、改宗の件でリガに赴いた事が、都市建設とか教会建築とかに興味を持つきっかけとなる。

 子供っぽい感情ではあるが「自分もやってみたい」という思いを目覚めさせた。

 もう50歳を迎える、当時では老人といえる人物ではあったが。




 ミンダウガスは騎士団と共に、南東方面国境の見回りに出る。

 この地・ズーキヤ地方は比較的最近ミンダウガスの勢力下に収まった地である。

 本拠地たる高地リトアニア(アウクシュタイティア)程に民の忠誠は高くない為、騎士たちと巡回しているのだ。

 この中にはミンダウガスが乞うて迎えた、クリスティアヌスという補佐官もいる。

 彼は、キリスト教社会の事を全く知らないミンダウガスが、この先上手くやっていく為に指導役を求めた所、騎士団から派遣されて来たのだ。

 その彼の助言で、この騎士団との共同視察が行われる。

 いつ帯剣騎士団に先祖帰りしてリトアニアに襲って来るか、不安がぬぐい切れないリヴォニア騎士団に領内を見せるのは不安であったが、一応カトリックに改宗した身としては、正教会のルーシを敵とする事になる為、共同作戦の為にもこういう事は必要であった。

 その際、ネリス川とビリネレ川の合流点に差し掛かった時、騎士の一人が

「ここに防塞を造ったら、良い拠点となりそうだ」

 と呟いたのをミンダウガスは聞き逃さなかった。

「それは良い事ですな」

 即座に同意。

「ここに要塞都市を建設します」

 ミンダウガスがノリノリで言い始め、騎士たちは困り顔になった。

 彼等は、ここに「自分たちが駐屯する拠点」を作ろうかと思っただけ。

 まさか都市を造るとか、考えてもいなかった。

 クリスティアヌスは、ミンダウガスに耳打ちした。

 ミンダウガスは頷くと、騎士団の方を向いて

「ここに聖堂を造ろうと思います。

 その聖堂を中心に、兵たちが籠れる都市にしようかと思いまして」

 と若干修正して話す。


 聖堂という言葉に騎士たちの表情が明るくなった。

 それは立派な考えだ。

 そういう事なら、ちょっと不安ではあるがリトアニアに任せても良いだろう。

 聖堂都市であれば、自分たち騎士団も駐屯する権利が出来るのだから。


 意見の一致を見たミンダウガスは、ヴォルタ城に戻ると直ちにリヴォニア騎士団本部との協議に入った。

 リトアニアはこれまでキリスト教を排除して来た。

 だから聖堂なんてものは造れない。

 また、石造りの建造物を建てた経験に乏しい。

 是非とも技術者を派遣して、技術移転もして欲しい。

 その要望に、騎士団本部は回答を保留する。

 帯剣騎士団の時代から、バルトの民族は「都合が良い時だけキリスト教徒になる」やり方をして来たのだ。


 帯剣騎士団がならず者の集団になり果てたのは、周辺の連中が素直に従わなかったからでもある。

 ミンダウガスに対しても、不信感を持つ者はまだ存在していた。

 実際ミンダウガスが若い日には、度々国境を超えては教会を焼き討ちし、キリスト教に改宗したリーヴ人を拉致した挙句、防衛出動した騎士を沼地に誘い込んで討ち取る事をしていたのだ。


 一方で、これまで自ら聖堂を建てたいと言って来た「バルトの改宗者」は存在しなかった。

 教会は、騎士団が占領した際に、それを証明するように騎士団自らが建てたもの。

 村の小さな礼拝所なんかも、彼等が強要したものであり、バルト諸民族が望んだものはない。

 故に、若き日のミンダウガスが焼き討ちに来ると、少し拍手喝采していた者もいたくらいだ。

 だから、自ら聖堂を建てたいと言って来たミンダウガスを信用しても良いのではないか、と主張する者もいる。

 これは主に、プルーセンから派遣されて来た、ドイツ騎士団本部所属の者に多い。

 長年リヴォニアに居た者たちが不信を持ち、話でしか知らない新参者は賛成する。

 そして、ドイツ騎士団に吸収合併されたリヴォニア騎士団においては、「本部」の方が「リヴォニア支部」よりも強い。

 更にリトアニアの改宗については、ローマ教皇インノケンティウス4世が大いに喜んでいる事も、ミンダウガスの有利に働いた。


「余の偉さを、世界の皆が知ったのだ。

 その立役者であるミンダウガスは大切なのだ!」


 自分の代でヨーロッパから「異教の地」を全て消す事が出来た、それも戦ってではなく、自ら改宗を申し出たという事で、教皇の権威は高まっている。

 会った事もないが、ミンダウガスは教皇のお気に入りとなっていた。

 故に、将来のリトアニア王から「聖堂を建てたい」という可愛い申し出があったと聞くや

「そうまでしてキリスト教を受け容れるのか!

 可愛いやつなのだ!

 皆で協力してあげなさい!」

 とリガに命じたのだ。


 これにて、リトアニア南東部の寂れた地に、聖堂とそれを囲む都市が建設される事が決まる。

 これが現在のリトアニアの首都ヴィリニュスの始まりであった。

 ヴィリニュスは、ミンダウガスの後は紆余曲折な歴史を辿り、現在の形に近い都市として完成するのは16世紀になるのだが、それは追わないでおこう。


 都市とは、当時の常識から言って「石造りの壁で囲まれた、城としての機能を持った居住地」である。

 リトアニアの城は木造だが、それでも領民の居住地を取り囲んで守っている「城塞都市」には変わりない。

 都市とは言えないくらい素朴なものだが。

 ミンダウガスは、そんなリトアニアに新しい技術を持ち込む。

 新都市は石造りの城壁で囲まれ、やはり石造りの聖堂を持つ。

 自然発生した村落を木柵で囲んで守るものとは違い、何も無い場所に一から造る為、都市計画というものも学ぶ。

 当時、計算づくで都市を機能的に設計するなんて思想は無いが、それでも主要施設を中心に必要なものを配置し、都市内の道路は使いやすいようにする程度の知識はあった。

 補佐官クリスティアヌスは「キリスト教の為の新しい街」を作り出せる喜びから、全力で都市計画を説明し、自らの図面を書いたりしていた。

 既に在るものをどうにかするより、新しく作り出すというのは中々に面白いものである。


 一方で、石造りの都市は建設完了までに時間が掛かるものだ。

 木造の城は、どこかの伝説では「一夜城」すら可能である。

 内部はともかくとして、木の防壁や柵、障害設置ならば、木材の乾燥すら必要なく、生木をそのまま地面に差し込めば良い。

 しかし石造りはそうもいかない。

 まず適度な石を探し出す事から始まる。

 近くに無い場合は、遠くで石を切り、適度な重さにした所で運搬し、積み上げる工事が必要だ。

 騎士団の斡旋で派遣された技術者の集団に、自分の領内の技術系の者を派遣して、彼等にこき使われながらも技術を学ばせる。


 都市は城塞も兼ねる。

 これまでバルトの民は、城に籠って戦っても、十字軍の投石機によって木造の城を破壊されて負けて来た。

 沼地の多いリトアニアは、投石機のような大きな道具を運び込むのに適していなく、かつリトアニア人も野戦を得意とした為、これまで城の欠点は問題になっていない。

 しかしミンダウガスは、将来の見据えて木造の城壁を、石造りに代える。


 1251年に建設を命じてから2年かかり、まず聖堂が完成する。

 後にそこはヴィリニュス大聖堂と呼ばれる。

 ただし、ミンダウガスの時代の聖堂は、現在のヴィリニュス大聖堂とは異なる、こじんまりとしたものであった。

 2階建てで、後のものとは比べ物にならない質素な造り。

 それでもリトアニア初のキリスト教建築であり、更に質素な建物しか見ていないリトアニア人たちには荘厳なものに映った。

 ここは石造りではなく、実際には煉瓦で造られている。

 ミンダウガスは少し物足りなさを覚えていたが、さっさと完成させる為には仕方がないと割り切った。

 また、最新式の煉瓦焼き技術も導入出来たし、それで良しとしよう。

 聖堂を中心とした都市、それを守る石積の城壁はまだ建設途中であった。

 都市の建設は十年以上の期間を見積もるもの。

 まだまだ完成には時間が掛かるのだ。




 未完成ながら、形になっていくヴィリニュスを見回りながら、騎士や職人たちに聞こえないようミンダウガスは側近に尋ねる。

(雷神ペルクーナスの神殿は、見つかっていないだろうな?)

(大丈夫です。

 見つけづらい場所に移転し、気づかれてはいません)

 このヴィリニュス大聖堂建設の地には、寂れていたものの、この地方の民が建てたバルトの神「雷神ペルクーナス」の祭壇が在ったのだ。

 表向き「異教の神殿は取り壊した」事にしているのだが、実際には破壊されてはなく、ミンダウガスは密かに移転して保護している。

 改宗したとはいえミンダウガスは今でも、リトアニアらしさを守り抜こうという意思を持ち続けていたのである。

おまけ:

リトアニアのもう一つの大都市カウナスは、存在はしていたようですが、表舞台に出て来るのは小説から約100年後。

歴史の展開から見て、ミンダウガスの時代に城壁が造られていてもおかしくないですが、今作では未登場とさせます。

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