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リトアニア建国記 ~ミンダウガス王の物語~  作者: ほうこうおんち
第4章:内戦から新たな形へ
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終わる内戦

 ミンダウガスがキリスト教への改宗を受け容れる、この報は反ミンダウガス連合の戦略を根底から覆した。

 リヴォニア騎士団はミンダウガスの同盟軍となり、侵攻は無期限中止となってしまう。

 ハリチ・ヴォルィニ公国とは、キリスト者同士の婚約が成立した。

 これにより、非キリスト教時代の姻戚関係より、キリスト教国家となった後の姻戚関係の方が上位となり、ハリチ・ヴォルィニ公国は戦争を停止した。

 元々彼等は、暴走していた時のミンダウガスが奪ったルーシを奪い返せたらそれで良く、積極的にリトアニアまで侵攻する気は無かったのだ。

 加えて、タウトヴィラスの元に騎士団から手切れの書状が届けられた。


『我々にとっての怨敵、異教徒ヴィーキンタスとの共闘は有り得ない』


 これで改宗までして騎士団を味方にしたタウトヴィラスの努力は無に帰した。


(あの国境での戦闘で、あえて西に脱出する隙があったのは、もしかしたらこれを見越しての事か?

 シャウレイでも全く迎撃されず、あっさりとジェマイティアに逃げ込めたのは、全て罠だったのか?)


 タウトヴィラスは叔父ミンダウガスの読みを、初めて恐ろしく感じる。

 ミンダウガスは先を見据えて手を打っている。

 多くの者に反対されても、ミンダウガスにしか見えない脅威や展望を元に、正しいと思ったら貫き通す。

 タウトヴィラスとゲドヴィダスの兄弟が最近見ていたものは、愛する妻を失って暴走状態にあり、余裕が無くていっぱいいっぱいのまま、強面を装っていた叔父の姿でしかなかったのだ。

 本来のミンダウガスは、相当にしたたかで食わせ者なのだ。


 タウトヴィラスも、反乱を起こすに当たり、様々な手を打った。

 外交戦略でミンダウガス包囲網を作り出したのは大した手腕だった。

 ミンダウガスは後手に回った筈である。

 しかしミンダウガスは、そこから逆転した。

 政治的・戦略的優勢を、後手でひっくり返すというのは並大抵では出来ないだろう。

 タウトヴィラスは更に逆転しようと足掻くも、打つ手は封じられてしまった。

 思えばジェマイティアに逃された時点で、詰みになっていた。

 ヴィーキンタスと繋がったタウトヴィラスを騎士団は許さなかったし、義兄弟のダニエル大公のルーシとは隔たれてしまい、連絡が取れない。

 ジェマイティアは、場合によってはミンダウガス軍とリヴォニア騎士団、ドイツ騎士団本部の三方から攻められる地勢に変わってしまった。


 戦略的優勢を全て失ったタウトヴィラスは、義叔父のヴィーキンタスに頼み込み、一発逆転のヴォルタ城奪還に賭けてみる。

 追い詰められた者が最後に縋るのは、戦術的勝利による一発逆転なのだ。




 ミンダウガスの改宗は、リトアニアでは騒動となる。

 バルトの神々を信じる者たちにとって、自分たちの神官でもある領主が異教に鞍替え等、天への冒涜としか思えなかったからだ。

 そんな怒り、かつ怯える民たちに、ミンダウガスはこう説明した。


「バルトの神々に、『聖四文字』とイエス・キリストという神様も追加してくれんかね。

 二柱増えるくらい、どうって事ないだろ?

 この神は、いわば魔除けだよ。

 これを祭っておけば、北からキンキラ鎧の強盗が来なくなるのだよ」


 これが妥協点である。

 ミンダウガスは、兄ダウスプルンガスの遺言を今でも守っている。

 リトアニアらしさを失ってはならない。

 だから、民にキリスト教を強要する気は全く無かった。

 というか、自分だってその方が都合が良いから、形だけ改宗するのだ。

 だが、騎士団やローマ教皇への対応で、国を挙げてキリスト教を受け容れる姿勢を見せる必要がある。

 そこで

「土着宗教にキリスト教を組み込む」

 という詭弁で対処した。

 これは、後世ユーラシア大陸の反対側にある島国が、ごく自然にキリスト教を吸収し、かつ染まらなかったやり方と同じである。

 今後の展開は違うのだが、多神教が一神教を受け容れる過程ではよくあるやり方とも言えた。


 こうしてキリスト教を受け入れたヴォルタ城に、占領軍よろしくリヴォニア騎士団がやって来たのだが、彼等は途中で村落を荒す事もなく、紳士的に振舞っている。

 以前の帯剣騎士団だったら、改宗しようがこんなに行儀良くはならないのだが、やはりドイツ騎士団に吸収された事が良い方に出たようだ。

 そして、あの乱暴者、盗賊同然のならず者だった騎士たちが、ミンダウガスに対し礼を持って接している姿を見た民たちは

「流石は領主様だ。

 あいつらを従えているのなら、領主様の言う事は間違い無いな!」

 と、妙な勘違いをしてしまう。


 なんであれ、キリスト教徒と異教のリトアニアの民とは、何十回目かのコンタクトで平和な共存が出来た。

 最初の接触(ファーストコンタクト)でこうなっていれば良かったのだろうが、帯剣騎士団もリトアニア人もどっちも攻撃的だったから、ここまで待たねばならなかった。

 遠くはモンゴル、近くはヴィーキンタスという共通の敵があって、片や紳士的になり、片や理解を示して、やっと手を組めたという事だ。


 タイミングが悪い事に、タウトヴィラス兄弟は騎士団が滞在している時にヴォルタ城を、共通の敵たるヴィーキンタスと共に攻撃したのである。




「ミンダウガスを討ち取れ!

 それで我々の勝利だ!!」

「兄貴の言う事に間違いはねえぜ!」

 タウトヴィラスとゲドヴィダスは二手に分かれて城を攻撃する。

 この軍は、封鎖をしていたルシュカイチャイ家の軍を打ち破って進撃しているから、相応に強いと言える。

 そして後詰めの将「リトアニア最強」のヴィーキンタスは、息子のトレニオタと共にやって来ていた。

 その表情は、心持ち暗い。

親父殿おやっどん、気が乗らんか?」

 息子のトレニオタが心配そうに顔を覗き込む。

「トレニオタ、おはんは俺いに何バあったら、そん時は俺いに構わずおはんが兵を指揮せい」

 ヴィーキンタスは何かを予感したのだろうか、戦う前にこんな事を言った。

親父殿おやっどん、ないごてそいな事を今更言いやる?」

「なんとなく、言っておかんとと思うてな」


 そう言うと黙って馬を走らせる。

 トレニオタも一軍を率いて、ヴィーキンタスの隣から城壁を攻撃し始めた。


 ヴォルタ城は今、クロスボウ部隊が多い。

 ミンダウガスの部隊に加え、騎士団が連れて来た部隊も防戦に参加している。

 ミンダウガスは、徹底した防御戦を指示していた。

 ジェマイティア軍は次々と射殺されていく。

 そんな中、騎士団が暴走を始めた。


「あれはヴィーキンタスではないか!」

「宿敵、ヴィーキンタス!

 討ち取るのは今ぞ!」

「馬を引け!

 城門を開けよ!

 我に続け!!」


 シャウレイの屈辱を晴らすべく、ミンダウガスの命令を無視して騎士たちが城門を開け放つと、打って出て突撃を始めた。

「筆頭公爵、どうするんですか?」

 ミンダウガスは頭を抱えながら

「見殺しには出来ない。

 俺も攻撃に加わる」

 と、自身も出撃すると言った。

「ムカつく連中ですが、仕方ありませんね」


 まさか、騎士団が外で戦っている中、自分たちだけ残って門を閉じてしまう訳にはいかない。

 命令違反だからと言って同僚を見捨てたら、後々心象が良くない。

 かと言って、門を開け放しにも出来ない。

 ならば、ミンダウガス軍も出撃の後、留守部隊が門を閉ざせば良い。

 ミンダウガス自身は、吶喊していった連中を助けて、連れ戻すまでだ。


「ヴィーキンタス!

 覚悟!」(ドイツ語)

「分がらん、何を言っちょおか、いっがな分がらん。

 ジェマイティアの言葉を喋れないなら、死ね」(ジェマイティア弁)

 ヴィーキンタスは投げ斧で騎士を一人倒すと、次は馬の鞍から投げ槍を抜き、これまた騎士に命中させて落馬させた。

 そして、二本目の槍を手に持つと、そのまま白兵戦に突入。

 騎士の突撃をかわしつつ、防御の隙間に槍を突き入れ、既に三人を討ち倒した。

 シャウレイの英雄は、個人としても強者であった。


 だが、リヴォニアの騎士たちはただ一騎、ヴィーキンタスのみを狙って攻撃を仕掛けて来る。

 さしもの戦上手なヴィーキンタスでも、自分の身を守るので精一杯、部隊の指揮は出来なくなった。


親父殿(おやっどん)たすくっど!」

 父の危機を見たトレニオタが、持ち場を離れ、部隊を率いて救援に来た。

「こん、馬鹿たれが!」

 騎士と戦いながら、ヴィーキンタスが息子を詰る。

「俺いン事バ構わず、城バ攻めんとならんのに、ないごて分からん?」

 広く展開していた2つの部隊が、1つに纏まって密集してしまったら、ミンダウガスの思うつぼである。

 軽騎兵がたちまち彼等を包囲し、遠距離攻撃を仕掛けて来た。


「リトアニア軍、邪魔をするな!」

 怒号を飛ばし、騎士が矢を射かけられて防戦態勢のジェマイティア軍に突っ込んでいく。

 これはヴィーキンタスにも予想外だった。

 このまま遠距離で削られると思っていたのに、まさか騎士が突撃して来るとは。

 その一瞬の魔に、ヴィーキンタスは騎士の槍を食らってしまう。


親父殿(おやっどん)!」

「黙れ、小童!

 こげなの、掠り傷ばい」

 確かに粗末なものとは言え、鎧が守ってくれたようで、流血はあるものの致命傷にはなっていない。

 咄嗟にトレニオタが間に入り、騎士の二撃目を弾き返したから、ヴィーキンタスは部下に救われて安全地帯に逃れられる。

 トレニオタも父親譲りの勇猛さを発揮し、個人戦で強さを見せる。

 だが、指揮官2人がこんな調子では、もう戦争にならない。


「もはやこれまで。

 退け!

 ジェマイティアに退きやい!」

 ヴィーキンタスは敗北を悟った。

「親父殿、もっさけなか……。

 俺いが来た事で、軍が乱れもした」

 反省を口にするトレニオタ。

「まあ、こいはこいで仕方なか。

 俺いが生きておるのは、おはんのお陰じゃっで。

 指揮官としては駄目じゃっど、子として有り難か」

「こん屈辱、いつか晴らさでおくべきか」

「そん意気じゃ。

 じゃっどん、今は退くが先決じゃ。

 皆も者、逃ぐっど!」


 最強のヴィーキンタス父子が撤退した事で、この戦いの勝敗は決した。

「ヴィーキンタスを倒したぞ!」

「討ち取れなかったのは残念だが、打ち破ったのは確かだ」

「奴め、尻尾を巻いて逃げていきおった!」

 騎士たちが気勢を上げる。


(ヴィーキンタスに対する鬱屈した思いが晴れたなら、それで良しとするか……)

 ミンダウガスは呆れながらも、凱旋して来る騎士たちを出迎えて労った。


 なお、もうタウトヴィラス、ゲドヴィダス兄弟は誰も気にしていない。

 彼等を殺さないというのは、ミンダウガスが明言していたし、一応洗礼を受けてキリスト教徒になった者だから、騎士団も大目に見ていた。

 兄弟はヴィーキンタスを追って、またジェマイティアに落ちのびて行く。


 この数年後、ヴィーキンタス父子、タウトヴィラス兄弟との和睦が成立してやっと「正式な終戦」となるが、事実上の内戦はこの戦いで終了となる。

 最早ヴィーキンタスたちにミンダウガスを脅かす力はない。

 ミンダウガスがリトアニアの支配者に、実力をもって成ったのだった。

 そして騎士団だけでなく、ミンダウガスの中にもあった、ヴィーキンタスへの最後の嫉妬も、これにて消え去ったのである。

おまけ:

もう一人のジェマイティア公エルドヴィラスですが、影が薄い……。

ヴィーキンタスは「ミンダウガスのライバル」とあったのに。

記録が無いと散々書いて来ましたが、もしかしたら司令官の名前が無いジェマイティアの戦いの中には、エルドヴィラスが司令官だったのも有るかも。

(内政型なら司令官はやらないかもしれませんが、調べる程に「内政って、何かしてる?」って地域だったので)

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