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リトアニア建国記 ~ミンダウガス王の物語~  作者: ほうこうおんち
第4章:内戦から新たな形へ
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騎士団との外交

 ミンダウガスは戦術巧者ではない。

 戦って強いのは、リトアニアならではの「沼地や森で、自分たちしか知らない隠し通路を使って敵を翻弄する」基本戦法(ドクトリン)が優秀なのと、モンゴル軍に倣った軽騎兵が強いからである。

 ミンダウガス自身に、臨機応変な用兵の才能が有る訳でも、戦場を設定する俯瞰視能力が有る訳でもない。

 彼は軽騎兵を新設したり、クロスボウを購入して新技術を導入する等、軍の仕組みを作る事には長けている。

 そんな彼は、戦術よりも高位の策を優先させるが余り、時に現場に無茶振りをしてしまう悪癖があった。

 今回の「まず甥のタウトヴィラス、ゲドヴィダス兄弟をどうにかする」という方針に基づいた指示も、中々に厄介な命令となった。

「最高司令官たりタウトヴィラス、ゲドヴィダス兄弟は殺さない。

 その上で、率いる軍だけを叩きのめす。

 ただし全滅はさせずに、ある方向に逃がしてやる」

 というものだ。


「まあ、そうしないと今後の方針が崩れると言われたら、難しくてもやるしか無いな」

 現場担当のヴェンブタス公が呟く。


 タウトヴィラスたちは、まず単独でリトアニアに攻め寄せて来た。

 リヴォニア騎士団は、例え改宗者であっても対応が厳しい。

 切羽詰まって祖国を裏切り、やむなく改宗したなんて事情を彼等は見破っていた。

 帯剣騎士団だった過去に、何度もそういう事をした異民族を見て来たのだから。

 改宗しては、難事が去ると棄教する異民族を見て、次第に過酷な支配をするようになった為、タウトヴィラスたちに対しても優遇なんてしない。

「まずはお前たちで祖国を攻めて、本気かどうか見せてみろ。

 お前たちが上手くやっているなら、増援を送ってやる」

 リヴォニア騎士団長アンドレアス・フォン・フェルベンは、騎士団を率いてミンダウガスを攻めるというタウトヴィラスの思惑に冷や水をぶっかけた。

 こうなってはタウトヴィラスは、まずは単独でリトアニアを攻めねばならない。


「軽騎兵で包囲し、殲滅させるのも降伏させるのも容易い。

 だが、相手が負けを認めるくらいの打撃を与えた上で、再起可能と判断して逃げられるようにする、そういった匙加減が実に面倒だ。

 敵も味方も、自分が思ったようには動いてくれないからなあ」

 とボヤきつつも、ヴェンブタスは索敵の網に掛かったタウトヴィラス軍を、国境すぐの場所で攻撃する。

 奇襲を受けたタウトヴィラス軍は、やはりヴェンブタスの予想とは違う行動を取る。

 大した損害がないまま、あっさりとジェマイティア方面に逃走を始めたのだ。


「どうやら、最初からヴォルタ城を攻める気は無かったようだ。

 騎士団が居ないようだし、思惑が外れたから、さっさとヴィーキンタス公に合流するつもりだな」

 それはそれで、ミンダウガスの要望通りなので、ヴェンブタスは追撃を掛けない。

 先日ミンダウガス軍が制圧したシャウレイで防衛線を張り、彼等の足止めも可能だが、それも敢えてしない。

 タウトヴィラス兄弟は、ジェマイティアへの逃走に成功した。


(これで第一段階は成功した。

 では次をお願いしますぞ、筆頭公爵)




 ミンダウガスは軽騎兵部隊国境での勝利の報告を受け、次の一手を繰り出す。

 ルシュカイチャイ家の筆頭・キンティブタス公がリガに出向いた。


「いつぞや俺にしたように、上手くあいつらも騙して来い」

「はて?

 儂がいつ筆頭公爵を騙しましたかな?」

 亡きプリキエネ憑依なんていう訳が分からない諫言をした老人に、ミンダウガスはリヴォニア騎士団との交渉を託した。

 その一事でも分かるように、中々老獪な交渉人でもある。

 また、ドイツの酒であるビールの取り扱い独占権を与えていたから、ドイツ人との交渉における武器も持っていた。


 老人と大量のビール樽を積んだ馬車の一行は、リガに到着する前に騎士団の尋問を受ける。

 回答次第では、異教徒や別宗派は殺しても良いし、物資も奪って良いのだから、警らの隊長はウキウキしていた。

 だが、キンティブタス公の回答により、隊長たちは物資略奪は出来なくなってしまう。


「儂たちは商人ではない。

 リトアニアの筆頭公爵ミンダウガス公の使者である。

 一国の改宗も含めた話をしに来た。

 リガの司教に目通り出来るよう、取り次いで欲しい」


 リヴォニア騎士団の存在意義は、この地域の異教徒を一掃する事である。

 その中で、リトアニアは最強の存在で、何度も煮え湯を飲まされている。

 そのリトアニアが改宗?

 どうせあのタウトヴィラスとかいう奴と同様、切羽詰まって改宗とか言って来たんだろう。

 だが、それを勝手に判断する権限は、隊長級には無い。

 急ぎフェルベン騎士団長に報告を入れる。


「リトアニアが一国全てで改宗するとか、随分なホラを吹いたものだ」

 キンティブタス公に会ったフェルベン騎士団長は、さっそく圧迫面接をして来る。

「我々を謀ったら、ただでは済まんぞ。

 よく考えて物を言えよ、この異教徒が!」

 だがキンティブタスは柳に風と、受け流している。

「正直に言いますぞ。

 別に今すぐ改宗なんて言っていません。

 将来の話をしに来たまででしてな」

「ふん、そんな事だろうと思った。

 今、お前たちは苦しい状況にある。

 だから改宗をネタに、我々の攻撃を避けたいと思ったのだろうが、そうはいかん。

 積年の恨みを晴らしてやろう!」

「積年の恨みと言えば、ああ、シャウレイでの大敗ですか?」

 途端にフェルベンを含めた騎士たちの顔が赤くなる。

「くっ……我々を侮辱するか!

 まぐれの一勝を自慢しても、もう二度は無いのだぞ!」

 シャウレイというワードに、フェルベンの顔が歪む。

 かなりのトラウマワードのようだ。

(ミンダウガス殿の読み通りだな。

 いや、それ以上かな?)


 ミンダウガスは、モルタに事態を分かりやすく説明し、モルタから疑問に感じた事を質問され、それに答えるという「本来ならもっと艶っぽい筈」な寝所での夫婦の会話をしていた。

 モルタは

「私は北の騎士団は大嫌いです。

 あの連中が、本当にヴィーキンタス様と手を組めるんですか?

 あんな傲慢な人たちが……」

 と疑問とも悪口とも付かぬ言葉を投げかけ、

「まあ、今は残虐な帯剣騎士団は解散され、ドイツ騎士団の支部になったから、かなりマシになったみたいだよ」

 と答えたミンダウガスだったが、そこである事に気づいた。

 それは「騎士団の多くが仇敵と見ているのは、自分よりもヴィーキンタスの方である」という事だ。

 ヴィーキンタスの勇名は近隣に轟いている。

 それは逆に言えば、相当な恨みが彼に集中しているという事でもある。

 筆頭公爵であるミンダウガスも恨みは買っているが、戦場で彼等を破ったヴィーキンタスに比べると遠く及ばない。

(ならば、恨みがヴィーキンタスに集中している分、俺の方には交渉の余地が十分な程ある)

 そう気づく事で、長年抱えていたヴィーキンタスへの嫉妬心の一部が氷解していく。

 自分の代わりに恨みを買ってくれたのなら、自分より勇名であっても、それは役割のようなものだったのだ。


 キンティブタスは、そういったリトアニアで有った出来事を微塵も感じさせずに、とぼけた顔で話を続ける。

「シャウレイの戦いと言えば、ご存知かな?

 リガから出撃した軍が、シャウレイの英雄ヴィーキンタスと合流したという事を」

「騎士団にそんな奴はいない!

……いや、待て。

 あいつか……」

 フェルベンは席を外し、部下を呼んで話を聞いている。

 恐らくタウトヴィラスの行動を探っていた者から、情報を聞いていたのだろう。

 そういう者が居ると予想し、国境付近で戦闘を行ったのだから、報告して貰わないと困る。


「ふん、つい最近改宗して我々を利用しようとしたタウトヴィラスとか言う奴の事だったわ。

 誇りある騎士には、そんな奴はやはり居なかったのだ」

「それでも、彼の者は騎士団の尖兵なのでしょう?

 騎士団はヴィーキンタス殿と手を組むつもりなのですね?」

「誰があのような輩と!

 良いか!

 我々はいつかシャウレイの屈辱を晴らす。

 ヴィーキンタス等と手を組むとは有り得ないのだ!」

「ああ、そうでしたか。

 それだけ聞けたら十分でございます。

 ビールはお土産ですので、皆さんで飲んで下さい。

 私はリガの司教様に会う必要がありますので、これで失礼します」

「待て。

 リガの司教区に何の用事だ?」

「改宗の話をしたいと、先程言いましたよね?」

「……それは本当に、本当の話なのか?」

「さて?

 本当になるか、話し合わないとなりません。

 なんせ我々は貴方たちに信用されていませんし、我々もそう簡単に信仰を棄てられません。

 じっくり話し合わないと、何ともなりませんし、駄目ならキエフにでも行こうかと」


 ここでフェルベンは3つの事に気づく。

 苦し紛れの改宗ならば、もっとあっさり「明日にでも改宗しまう」と言うだろう。

 それをせず、将来の事で今から話を詰めるというのは、本気なのではないか?

 今までの苦し紛れの改宗者とは態度が違うという事。

 次に、彼等はキリスト教を知っているのか、よく知らないか分からないが、彼等を邪見に扱えば東方正教会の方に帰依する可能性がある事。

 それならそれで、相変わらず攻撃の口実を残すから良いのだが、わざわざカトリックに改宗しようと来た者を失望させたとなれば、またリヴォニア騎士団の名に傷がついてしまう。

 リガ司教に会うと言っているのに、妨害した挙句に東方正教会に行かれたら、彼はリガ司教だけでなくローマ教皇からも非難されるだろう事。

 そして「キエフ」の名から彼等は、あのタタールの脅威を思い出した。

 精強なドイツ騎士団本隊ですら、手も足も出なかった。

 奴等は何故かポーランドとハンガリーを荒した後、引き返して行ったが、またいつ戻って来るか分からない。

 そのキエフは、タタールに占領されているという。

 キエフに行くという事は、単に正教会になるだけでなく、タタールと手を組まれる事も考えられる。

 それだけは避けたい。

 タタール人がリヴォニアに到るには、リトアニアを通過する必要がある。

 リトアニアがタタールと手を組めば、ここはあっさり通過させるだろう。

 それよりもこいつらを味方にして、タタールに対する生きた障壁にした方が何かと都合が良いという事。


「リガ司教に会うのを認める。

 だが、改宗の話し合いは我々、騎士団修道会として欲しい」

 フェルベンは居住まいを改め、キンティブタスに話しかける。

「貴方たちは司教の下で働く戦士だと聞いてます。

 高位の司教様でないと、話にならないのではないですか?」

 これは老獪なキンティブタスならでは惚けではない。

 彼とて知らない事がある。

 彼は、現在の騎士団修道会と司教区が対立している事を把握していなかった。

「我々騎士団修道会は、司教とは対等なのだ。

 そして、異教征伐の権限は我々にある。

 ならば、我々と交渉する方が直接色々な事を決められよう。

 どうだ?」

「左様ですか。

 まあ、それはこの老人の一存では決められませんなあ。

 一度諸公と相談して決めましょう。

 では、儂はリガ司教に挨拶『だけ』して国に戻りましょうかのお」


 かくしてキンティブタスは、騎士団とタウトヴィラスとの離間、騎士団とリトアニアの和解の可能性を作って侵攻を食い止める事に成功した。

 帰国の途上、キンティブタスは独り言を漏らしていた。

「キリスト教、カトリックとやらも一枚岩ではないようじゃのお。

 今後の付き合いは、それぞれの背景を見ないと、どこかから恨みを買いかねん。

 まあ、それはミンダウガス殿に任せようか。

 儂は見た事、知った事を伝えればそれで良い。

 ビールの利権分の働きはしたから、もうこんな骨の折れる交渉に老人をこき使うのは、勘弁して欲しいものじゃ」

おまけ:

参考資料には「ミンダウガスはリヴォニア騎士団に『大量の贈り物をして』……」とあります。

中身が何なのかは分かりません。

なもんで、ビールにしときました。

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