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リトアニア建国記 ~ミンダウガス王の物語~  作者: ほうこうおんち
第4章:内戦から新たな形へ
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内乱勃発

 タウトヴィラスとゲドヴィダスの兄弟は、ミンダウガスの甥にあたる。

 父ダウスプルンガスの死後、家長となったミンダウガスの家族として育てられた。

 叔父に引き取られた……というより、叔父の方が引っ越して来たようなものである。

 幼い時は何も思わなかったが、成長するに従いこう言われるようになった。


「ミンダウガスは、御父上の領土を乗っ取って、城も自分の物にした」


 まあ間違ってはいない。

 相続で領土の変遷があるのがヨーロッパの常とはいえ、リトアニアはまだ原始性を残していた為、家族皆の共有とか、森や湖は皆の物だから立ち入りは自由とか、所有権に対し曖昧な部分もある。

 故にヴォルタ城はミンダウガスの居城ではあるが、同時にタウトヴィラスとゲドヴィダスの家でもあり、二世帯住居のようなものであった。

 要は言い方次第かもしれない。

 分かってはいるのに「叔父はあんたの父の全てを乗っ取った」なんて言われると、途端にこの同居人が薄気味悪くなって来る。

 兄弟は次第に、叔父と距離を置き始めた。


 一方で、ミンダウガスの方も変わって来ていた。

 兄の忘れ形見たちを、自分の息子と同じ共同相続人に指名し、14歳辺りから領地経営や軍の指揮といった教育も行っている。

 身内として平等に育てていた。

 しかし、兄弟が距離を置き始めた頃に、ミンダウガスは愛する妻を失った。

 皮肉な口調で彼に道を示してくれる、師とも言える女性も死んでしまう。

 彼は弱みを見せない、強い君主である事が彼女たちへの供養であるかの如く、無理をしてでもそう振る舞い続けた。

 戦っている瞬間が辛さを忘れさせ、逆に愉悦に浸らせもした。

 それはいつしか彼自身も洗脳し、自分は強い君主だ、自分に間違いは無いと無謬性を信じてしまう。

 君主にはよくある、孤独故に陥ってしまう「独裁者病」とも言える状態だった。

 これが、彼に心酔してはいない公爵たちの不満を貯めてしまう。

 そうした公爵たちは、タウトヴィラス兄弟に接触し、有る事無い事吹き込む。

 いつしか、叔父と甥たちは会っても儀礼的な挨拶しか交わさない、冷めた関係になっていた。


 ミンダウガスが、甥たちと義兄に当たるジェマイティア公ヴィーキンタスにスモレンスク攻略を命じた意図は分からない。

 甥たちに新しい支配地を与えるつもりだったか、それとも失敗させて失脚させるつもりだったか。

 亡き師・プリキエネの霊?の口寄せで、自分の暴走に気づいたミンダウガスが振り返っても

「どっちも考えていたなあ」

 と曖昧な回答をするだろう。

 リトアニアの君主としては、領土を外に広める事は望む所だし、戦上手のヴィーキンタスと、先年侵攻して来た敵を撃破した甥たちなら出来ると計算もする。

 一方でリトアニアの独裁者としてのミンダウガスならば、血筋の近い有力者は目障りである。

 ましてヴィーキンタスは「シャウレイの英雄」として国内外に名声が聞こえ、自分を脅かす存在でもある。

 リトアニアからモスクワ近くのスモレンスクまで侵攻したって、彼等はモンゴル軍のような徹底した「補給なんか不要、現地調達する」仕組みを持っていない為、失敗は目に見えていた。

(モンゴル軍は、鍛冶や馬の世話人、家族や奴隷まで一緒に移動するのだから、国ごと、生産拠点ごと移動している)

 そして彼等はスモレンスクで敗れる。

 甥たちとの冷めた関係、ヴィーキンタスへの嫉妬、それらが暴走期のミンダウガスをして彼等の処罰へと走らせた。

 失敗した家臣を追放し、領土を自分の物にする独裁者ムーブをミンダウガスもやってしまったのである。


 これで叔父・甥の亀裂は決定的なものとなってしまった。

 その後、ミンダウガスは亡霊に諫められて反省し、謝罪をする。

 だが、やった側は自分の行為を甘く見てしまい、やられた側は恨みが深いというのも真理である。

 ミンダウガスは関係修復をする為、甥たちが亡命したハリチ・ヴォルィニ公国に使者を送った。

 使者は門前払いを食らう事になる。




(この小僧ども、ミンダウガスが思っているより遥かに有能なのではないか?)

 ハリチ・ヴォルィニ公ダニエルは、タウトヴィラスとゲドヴィダスを見てそう思った。

 この兄弟は、叔父のミンダウガスへの反乱を、このハリチ・ヴォルィニ公国内で画策している。

 それは良い。

 ダニエル公にとってミンダウガスは、所詮腐れ縁に過ぎない。

 あのてんでバラバラな部族連合を、国家に纏め上げた手腕は、内戦をやっと鎮めたものの、今もその残り火を消せずにいる自分から見て大したものだと、敬意を抱いている部分はある。

 しかし、隣国の強力な君主は自国の脅威でしかない。

 実際ミンダウガスは、別の甥・ナルシュア公レンヴェニスを使って自国を侵略させている。

 保護しているタウトヴィラス兄弟が反乱を起こし、リトアニアを混乱させた方が都合が良い。

 外征に出られない隣国であって欲しいし、その隙にレンヴェニスに奪われた土地も奪還しよう。

 そうした思惑から、ダニエル公は兄弟の暗躍を黙認していた。


 そんな彼等は、ダニエル公にも自分たちの陣営に加わるよう要請していたが、その前に既にリトアニア国内の不満分子の糾合、ミンダウガス打倒計画を作成、更にはドイツ騎士団へも接近して彼等を味方にまではしていないが、内乱の隙にリトアニアに侵攻するよう誘導をしていた。

「ダニエルの義兄弟、これで貴方が味方になってくれれば、ミンダウガス包囲の輪が閉じます」

 等と言って来たものの

(別に私が加わらなくても勝てる算段をつけている。

 要はミンダウガスの味方にさえならなければ良く、仮に私がミンダウガスと組んだ場合、こいつらは騎士団をけしかけて我が国を攻撃させるだろう。

 末恐ろしい奴らだ)

 とダニエルは見ていた。

 なお、義兄弟と呼んだのは、ダニエル大公の後妻にタウトヴィラスの妹が入っていたからだ。

(まあ良かろう。

 ミンダウガスとは古い付き合いなだけで、友人でも何でもない。

 油断すれば死ぬ、自分は面倒を見ないと本人(ミンダウガス)に言っているし、これも神の導きってものかもしれん)

 ダニエルは決断し、ハリチ・ヴォルィニ公国も反ミンダウガス連合に加わった。




 その頃ミンダウガスは、シャウレイのヴィスマンタス公の居城に来ていた。

 帰国と関係修復の使者を断り続けている甥たちとヴィーキンタス。

 そんな彼等との仲介に、ヴィーキンタスと同じジェマイティア公であるエルドヴィラスが名乗り出たのだ。

 だが、騎士団との戦いの前線であるジェマイティアから離れたくないエルドヴィラスの要請で、ミンダウガスの方から彼の元に赴く最中であった。

 シャウレイはジェマイティアの東側にあり、エルドヴィラスの居城に行く途中にある。

 公爵たちとの協調路線に切り替えたミンダウガスは、シャウレイ公の一人、ヴィスマンタスの領内を素通りも出来ず、立ち寄って挨拶をし、歓迎を受けていたのだった。


「ちょっと小便に行って来る」

 トイレについて、ヨーロッパは21世紀になっても極東の島国に比べれば発展途上国同然である。

 近世でも、フランスのベルサイユ宮殿では柱の影で用を足し、パリ市内では窓からおまるに溜まった汚物を投げ捨てていた。

 この時期のリトアニアのトイレも、想像したくないようなものだが、それでも酒席で放尿する訳にはいかない。

 席を離れて、物影に向かう。


「お久しぶりですね、ミンダウガス様」

 ズボンを下そうとしていたミンダウガスに、女性が声を掛けた。

「髭をお生やしになったんですね、見違えましたよ」

 それは、かつて騎士団の領内から逃げ出した所を保護し、思わず一目惚れしてしまった少女・モルタであった。

 彼女と結婚したいと思っていたのだが、手違いというか、人を見る目が無かったというか、彼女は今はここの領主・ヴィスマンタス公の妻になってしまっている。

 思わぬ出会いに、ミンダウガスの顔が、日本風に言うなら「高校卒業以来会っていなかった初恋の女性と同窓会で再会し、人妻になった今でも美しいのを見て鼻の下が伸びた」表情になっている。

 先日の「奇妙な一件」で、ミンダウガスはまだ亡き妻を愛してはいるものの、死んだ後も引きずっていた依存症的なものは消え去った。

 すると、男としての駄目な部分……もとい本能も顔を出し始める。

 彼は妻を失っているし、ここは物影だし、丁度ズボンを下そうとしていたから

(もしかして、そういう事かな?

 ルアーナを失った後、俺もまあ、そういう事とはご無沙汰だしなあ)

 とスーパー駄目人間思考に陥るミンダウガスに、モルタは顔を近づけて囁いた。


「今すぐここから居城に引き返しなさい。

 貴方がジェマイティアまで行くのは罠です。

 時間を掛けてジェマイティアまで連れ出し、その留守を貴方の甥たちが襲います。

 この城を出て、ジェマイティアに向かったらもうおしまいです。

 貴方は背後の私の夫たちと、前方のエルドヴィラス公から挟み撃ちにされます」


 ミンダウガスから下種な表情が一気に消えた。

「どうしてそれを知った?」

「夫が酔って話したのを聞きました。

 貴方が私を夫に預けた時、既にあの方は中年でした。

 最近は歳も取って、口も軽くなり、重要な事をペラペラ話してしまうのです」

「理解した」

 ミンダウガスの酔いは消え、再び君主の顔に戻る。

「よく伝えてくれた。

 礼を言う」

 手を握って礼を言うミンダウガス。

 そっぽを向いて

「あの時の恩を返しただけです」

 とだけ返すモルタ。

 だが、ミンダウガスはなにやら嬉しい気持ちになっていた。

「……そうか。

 でも……いや、その、会えて嬉しかったよ。

 こういう状況でない時に、また会いたいものだね。

 ではまたいつか……」

「そんな日が来たら良いですね」


 モルタは「そんな戯言は、危機を脱して生き残ってから言え!」といったニュアンスの発言だったが、ミンダウガスは

「是非またお会いしたいですわ」

 と脳内お花畑全開な解釈をしていた。

 それはさておき、ミンダウガスは酒席を無事に切り抜けると、翌日にジェマイティアに向けて出発。

 ヴィスマンタス公がエルドヴィラス公に「そっちに向かった」という使者を出したのを見届けると、

「直ちにヴォルタ城に戻る」

 と部下に向かって叫んだ。


 エルドヴィラスに仲介の礼を言う為の道中である。

 軍事行動ではないから、連れている部下も少ない。

 察知されて途上で攻撃されたらひとたまりもない。

 ミンダウガス一行は間道や、場合によっては沼地の隠し通路「クールグリンダ」を使ってショートカットしながらヴォルタ城に到着する。


 タウトヴィラスとゲドヴィダスが自分の兵並びに、支援のルーシ兵を率いてヴォルタ城に攻め寄せたのは、その翌日の事であった。

 ミンダウガスはギリギリ間に合ったのである。

 そしてヴォルタ城攻防戦をもって、リトアニア内戦は始まった。

おまけ:

これを第一次リトアニア内戦と言います。

という事は第二次もあるって事ですが、それはもっと後になります。

建国期、結構波乱万丈なんですよねえ。

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