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リトアニア建国記 ~ミンダウガス王の物語~  作者: ほうこうおんち
第4章:内戦から新たな形へ
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英主と駄目人間の狭間で

 頼りになる女性と、自分を曝け出せる女性とを失い、ミンダウガスは茫然自失となった。

 しかし歴史の流れは、彼を待ってはくれない。

 ミンダウガスは嫌でも立ち直って、リトアニアの為に働かねばならなかった。




 (ベラ)ルーシという地域が存在する。

 では(チョルナ)ルーシという地域は?

 これも存在した。

 さらに紅ルーシすら存在する。

 これは中国の五行思想を取り込んだモンゴルが、方角でルーシを分けて呼んだ事による。

 現在のベラルーシは、キプチャク汗国から見て西に在るから白ルーシ。

 現在のモスクワ近郊までのロシアは北に在るから黒ルーシ。

 現在のウクライナ西部は、南側になるから紅ルーシである。

 東側はオゴタイ汗の直轄領だから、そういう呼び方はしない。

 そして自分たちの居る中央部は、黄色に類する「黄金のオルド」と呼んでいた。


 このようにルーシを呼ぶキプチャク汗国建国者にあたる征西軍司令官バトゥだが、大ハーン・オゴタイの訃報を受けてヨーロッパ侵攻から引き返していた。

 バトゥ自身は、この遠征中に不仲になったグユクの第三代大ハーン就任を阻止すべく、モンケを擁立しようという運動中であった。

 モンゴル帝国において、外国は脅威ではない。

 同じモンゴル帝国内の(ウルス)こそ、自分の(ウルス)を脅かす脅威である。

 外から見れば、攻めていたモンゴルが気まぐれに引き返し、そのまま数年音沙汰無くなるのは、外に構っていられなくなるからだ。

 そのような外部的な理由で、ルーシ諸国の属国化あるいは懲罰攻撃はストップしている。

 しかし、今回は本格的なモンゴルの拠点たるキプチャク汗国が存在している為、ルーシ諸国はその軛に繋がれたままであった。


 ダニエル公は、バトゥに敗れてキプチャク汗国に服属した。

 弱みを見せた君主に牙を剥くのはルーシ諸国の常。

 再び貴族たちが反ダニエル公の反乱を引き起こし、これにハンガリーとポーランドが呼応している。

 そしてミンダウガスは、この地に目をつけていた。

 末の妹の子、即ち甥であるナルシュア公レンヴェニスを使って、ルーシ地域を征服に掛かっていた。

 その中には、「俺とお前の仲」とか何とか言いながら、散々に迷惑を掛けているダニエル公のハリチ・ヴォルィニ公国領も含まれる。

 まあ、ミンダウガスとダニエル公の仲は、甥のレンヴェニスには知った事ではないのだが。

 そんなレンヴェニスの軍事行動だが、あまり上手くいるとは言えず、ついには近隣諸侯がリヴォニア騎士団と手を組む程に嫌悪されてしまった。

 レンヴェニスとその家族は、一時騎士団に捕われリガに連行されてしまう。

 取り戻そうとした弟が戦死、結局500半グロシェンの身代金が支払われて解放された。

 おそらく、この身代金の一部はミンダウガスから出されていたものだろう。




「なあ、最近の筆頭公爵をどう思う?」

 公爵間でミンダウガスに対する意見が分かれていた。

 最近のミンダウガスは、外征ばかりを行っている。

 北に打って出てはリヴォニア騎士団と戦い、西に転じてはクールラントや小リトアニア地方でドイツ騎士団に対するゲリラ戦を行い、南では新領ポラツク公国領を巡回する。

 更に東方、黒ルーシに対しての野心は、既に語った通りだ。

 ナルシュア公レンヴェニスだけでなく、亡き兄・ダウスプルンガスの子であるタウトヴィラス、ゲドヴィダス兄弟に対し、黒ルーシへの侵攻を命じている。

 タイトヴィラスはポラツク公に任じられ、この地は完全にリトアニアの属国化した。

 自ら軽騎兵を率いて攻撃に出る事もある。

 ミンダウガスは、その方が気鬱にならない、戦っている方が楽しいから、頻度も増す。

 このように、かなり強気の拡張政策に転じて、侵略国家化していた。


「筆頭公爵はちょっとやり過ぎだ。

 我々に対する締め付けも毎年厳しくなっている。

 それに、同じバルトのリヴォニアへの侵攻や、元々立ち入り自由だったクールラントならまだしも、ポラツクだのスモレンスク(黒ルーシに位置する)というのは、リトアニアとは何の関係も無い土地だ。

 略奪するならともかく、領土化を目指し、それで他国と戦争する必要が無い」

 そのように不満を漏らすのは、従兄弟のダウヨタスとヴィリガイラの兄弟、シャウレイのヴィスマンタス、ゲドヴィラス、スプルデイキスの三兄弟、そしてジェマイティアのヴィーキンタスとエルドヴィラスである。

 彼等北部と西部の公爵は、リヴォニア騎士団やドイツ騎士団との小競り合いを続けていた為、疲弊している。

 そして位置的にも南方と東方には興味が無い。

 レグニツァの戦いも、目の前の敵を前に領土を空けたくないから、観戦していなかった。


「ミンダウガス公は確かに強硬に過ぎるが、それは仕方が無い事だ。

 タタールも、それに敗れたとはいえ騎士団も、相変わらず強敵な事に変わりはない。

 そうした強力な敵に対するには、我々も変わらないとならない」

 そう受け止めるのが、ルシュカイチャイ家とデルトゥバ公たちである。

 ルシュカイチャイ家は北部のウピテ地方の領主だが、デルトゥバは南部である。

 デルトゥバ公には南西方面への拡大は望ましい。

 それと彼等は、騎士団との戦争は余りしていなかった為、あのレグニツァの戦いを観戦していた。

 それでミンダウガスの主張を理解したのである。


 つまり、モンゴルを見たか見てないかで、ミンダウガスへの支持が分かれてしまった。

 これは一方では

「リトアニアは昔のまま、緩い部族連合政体で、守っていれば良い」

 という保守主義と

「リトアニアを守る為には、統制を強め、領土を拡大し、外で敵を迎え撃つ強さを持つ」

 という拡張主義の対立にも繋がった。

 保守主義でいるなら、軍事費もそれ程は不要だし、各地で割拠して守っていれば良い。

 いざという時に皆で守るのが本来のやり方だ。

 拡張主義ではそうはいかない。

 外征、騎行戦で実力を発揮する軽騎兵を使い、モンゴルさながらの侵略をし、蛮行もする。

 外で得た物資や人民で、国を富ませ、その富を使って更に軍を強化する。


 次第にリトアニアは思想の相違で分断されつつあった。

 そんな中、ミンダウガスはただ外征にのみ専念しているように見える。

「筆頭公爵、少し強引に過ぎませんか?

 我々の基本方針は、タタールに見つからないよう、目立たない事では無かったのでしょうか?」

 拡張主義に対し、副将のヴェンブタス公が疑義をぶつける。

 最近のミンダウガスは、冷たい表情をしている事が多い。

「確かにルーシ方面への進出は、タタールの目を引くかもしれない。

 だが、南西方面への拡張なくして、騎士団と戦えるだろうか?

 我々はもっと強くならないといけない。

 まだ足りん。

 富を増やし、軍の増強を。

 西の脅威が一段落したら、タタールに見つからない方式に戻すのもアリだ。

 それでも俺は、戦場を国外に置く為にも、打って出る方がタタールに対しても有効だと思う。

 ダニエル公のように、正面切って喧嘩をしなければ良い。

 この隙に、リトアニアは強国になるのだ」


 ヴェンブタス公は、理解は出来るが、どこか釈然としないものを感じていた。

 何となく、ミンダウガスが戦争によって現実逃避をしているのを察しているが、上手く言葉にならない。

 そこで、家族のような付き合いを今でも続けている、舅だったビクシュイスにも相談してみた。


「ミンダウガス殿は、妻……私の娘だが、アレを失ってからどこか変わってしまった。

 妙に強硬的になったし、冷然とした振る舞いをする。

 更に、他人の話を聞かなくなって、論破するようになった。

 全てが全てそうではないが、前と比べればな」

「やはり、奥方の死が大きく影響していると?」

「私はそう考えている。

 身内だから、ミンダウガス殿の事はよく見て来た。

 娘夫婦は、お互いを必要とし合っていた、それもちょっと病的な感じで。

 お互い健在ならそれで良かったが、娘が死んだ今、ミンダウガス殿がおかしくなってしまった。

 おかしいというのは失礼だな。

 思考は正常なんだ。

 だけど、仕事にしがみついていないと正常さを維持出来ないというか……。

 娘で発散出来なくなったから、あえて政治や軍事にのめり込んでいるように見える」

「まあ、仕事をしないより遥かにマシなんですが……。

 戦争が多過ぎるのは問題かと。

 まあ、内政も不満が出ないくらいにはちゃんとしていますがね」

「仕事に関しては良いのだよ。

 だけど、痛々しいんだ。

 カッコつけて生きている。

 それが強くあらねば、という形で現れている。

 その結果、一生懸命やっている筈なのに、特に公たちから不満を持たれてしまっている」

 ヴェンブタスは溜息を吐いた。

「諌めるにも、私では力不足です。

 私はミンダウガス公程に、広く世界を見ていない」

 ビクシュイスは苦笑混じりで返した。

「ミンダウガス殿に物を言えたのは、プリキエネ殿だけだった。

 あの女傑は、ミンダウガスとは違う観点で物を見て、ミンダウガス殿の未熟さを笑い飛ばせた。

 年上だった事もあって、ミンダウガス殿も頭が上がらなかった。

 暴走したらぶん殴って止め、躊躇していると尻を蹴り飛ばす。

 そんな人物が亡くなってしまわれた……」

「亡くなった奥方の父親に言うのもおかしな話ですが、

 ミンダウガス公に再婚の意思はありますか?

 もしくは、相応しいお相手はいますか?」

 妻が居た事で精神的な均衡が取れていたなら、新しい妻を迎えれば良い。


 だがビクシュイスは首を横に振って、否定する。


「それは私も度々聞いたのだ。

 もう娘の事は忘れ、新しい奥方をお迎え下さい、と。

 新しい奥方を迎えても、変わらず忠誠を誓います、と」

「返答は?」

「『俺がルアーナを失って、それでおかしくなったと、公も思っているのか?

 そんな事は無い、だからこのような話はするな!』

 でした」

「ご本人も分かってるんですか?」

「そう思われていると気にしていて、余計に意固地になっている」

「なるほど……。

 では、亡き奥方様に代わる女性は居ませんか?

 いくら公が意地を張っていても、会えば妻にするような。

 或いは愛人となるだけでも良いのですが」

 愛人と聞いて思わず苦笑いするビクシュイス。

 ルアーナは彼と愛人の子で、それもあって訳ありな人生を歩ませてしまった。

 だが、それは今は関係ない。

「居たら是非紹介して欲しい。

 私は心当たりがない。

 それに、諸公の娘や妹を妻に迎えるには、ミンダウガス殿は偉くなり過ぎた」

「確かに。

 誰かを選べば、他の公爵も自分の娘や妹を売り込みに来て、公爵同士の争いも起きかねませんな」


 ビクシュイスとヴェンブタス公は、失われたものの存在の大きさを知った。

 知ったからといってどうにかなる訳でもない。

 どうか、自分の選んだ盟主が自暴自棄な行動を取らないよう、補佐し続けていこうと決めたのだった。

……ミンダウガスの心が虚無に支配されないように。

おまけ:

銀〇伝で、赤毛の親友を失い、お姉ちゃんは山荘に引き籠った後の宰相閣下を想像して貰えれば良いかも。

冷徹な参謀長がいない代わりに、知的に活性化してくれる女性補佐官も居ないわけで。

変に突っ張ってるし、妙に仕事にのめり込んで、色々思い出さないようにしている感じです。


この時期のミンダウガス、作者から見てもフォロー出来ない事を結構やらかしますので。

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