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リトアニア建国記 ~ミンダウガス王の物語~  作者: ほうこうおんち
第3章:新国家リトアニアの苦難
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モンゴル、脅威のタクティクス

「大体来た理由は分かるように思うが、敢えて言おう、また来たのか?」

 ハリチ・ヴォルィニ公国を統一したダニエル公は、変装して現れたミンダウガスに頭を抱えている。

 1219年の和約の時に初めて会い、その後カルカ河畔の戦いでは身分を隠して軍に加わって来たし、先年も和約の延長交渉で顔を合わせていた。

 そんな顔馴染みだからといって、お忍びでやって来るのは勘弁願いたい。


「まあ、今度は私も貴公を保護するような事はしない。

 貴公が死ねば、リトアニアの地は盟主不在となる。

 隣国だし、併合して私がリトアニア公も兼任しようかな」

 そう冗談めかして揺さぶりを掛けて来るが、ミンダウガスは平然と受け流していた。


 とりあえず帰った後に抱きしめながら

「いやあ、俺もけっぱって来たはんで、褒めてけれ~」

 と甘える相手が寝込んでいるから、自分でどうにかするしかない。

 今ミンダウガスが、向いてない事による精神の安定をどう取っているかは不明だ。


「まあ、今回は死ぬような事はしないよ」

「タタールと接して、そう上手くいくものか?

 私も貴公も、15年前は死に掛けただろう」

 カルカ河畔の戦いで、非公式参戦したミンダウガスも、一軍の将として参戦したダニエル公も、一歩間違っていれば死んでいた。

 ダニエル公は、辛うじてモンゴル再来襲の前に、国内を纏められて幸運だったと思っている。

 これで国内も不統一のままだったら、どうやってあの脅威と対峙しなければならなかったのか。


「タタールと交渉をしているな?」

「交渉……と言えるのかな、これは?

『我々はモンゴルである。

 お前たちは偉大なる大ハーンの民として同化される。

 抵抗は無意味だ』

 こんな内容だぞ」

「モンゴル?

 タタールじゃないのか?

 面倒だから、これからもタタールって呼ぶが……。

 で、同化されたら、どうなるんだ?」

「さあ?」

「さあ?って……」

「逆に聞く。

 お前がこのような事を言われ、利になると分かって、降伏するか?」

「しないね」

「だろう!

 私も奴等の一部になんかなる気は無い!

 だから、どうなるかなんて知った事じゃない!」

「この国はそれでも良いだろう。

 だけど、北の方は違う考えのようだ」

「北?

 ノヴゴロドの商人どもか?」

「そう。

 彼等は自由に商売をさせるなら、戦わずに下っても良いそうだ」

「それだとノヴゴロド公の立場が無いだろう」

「公なんて、雇われ君主じゃないか」

「そうだけどさ」

「で、君らを矢面に立たせる、背後の我々としては戦うよりも前に、タタール人たちの思惑を知っておきたいって事さ」

「ほお……我々に戦いをさせて、殺されるのを眺めながら、リトアニアとノヴゴロドはタタールとの付き合い方を考えるって事か。

 随分と都合が良いな」

「残念だが、もっと狡い事を考えている。

 今からタタールと交渉をして、何をしたいのかを調べたいが、それに当たってノヴゴロドもリトアニアも名前を出す気は一切無い。

 正体を隠すから、タタールの連中は我々の事を知らない。

 知らない以上、攻められないって事だ」

「…………協力してやる義理は無いな」

「まあ、そう言わず。

 俺とお前の仲だろう?」

「一方的に迷惑かけられてるんだが!」


 とは言え、スラブ人は妙にお人好しである。

 客人には寛大、一回上下関係が生じると当たりが厳しくなるというのは、遥か後年遭難してロシア人に救われた大黒屋光太夫という日本人の観察資料にある。

 客人と利害関係がある者の中間的立ち位置なミンダウガスだが、ダニエル公は使者の中に紛れ込む事を許可した。

「死んでも私は関わりないからな」

 と突き放してはいるが。




「ほお?

 汝らは大ハーンの情けを拒絶するつもりか?

 死んで後悔するのだな!」

 モンゴル西征軍司令官バトゥの圧に、ルーシ人官吏は負けない。

「拒絶とは言っていません。

 受け入れられない部分もあります。

 それについて話し合いましょう」

「全てを受け入れるか、全てを失うか。

 汝らは誤ったのだ」

「まあまあ、そう仰らずに。

 閣下の仰せを我が君に伝え、また来ます」

 スラブ人は交渉において厚かましいし、粘り強い。

「拒否」から始まる交渉がしつこい。

 バトゥら首脳陣は流石に席を立ったが、他のモンゴル官僚陣はハリチ・ヴォルィニ公国使節団との交渉を継続する。

 モンゴル帝国は、官僚としては漢人(この場合は金や遼の遺民)、ウィグル人等を登用していた。

 バトゥの遠征にも、中央アジアの人民が官吏として同行している。

 実利重視のモンゴル帝国は、商人を官吏として登用する。

 商人は敵味方で色分けしないので、ダニエル公の派遣した使節団とも、主に商売絡みで交渉に入る。

 どれくらい朝貢すれば良いとか、どれくらいの礼儀が必要かとか、そういう交渉は終わっているようで

「こちらをお持ちしましたので、是非とも将軍のご家族にお渡し願います」

「期待しないで欲しい。

 で、持って来たのはそれだけですか?」

「こちらの細工はどうでしょうか」

「おお、中々ですな。

 これはどちらで作られたのですか?」

「これは神聖ローマ帝国のとある地方のものでしてね。

 その途上のポーランドではこのような調度品を作っております」

「お国の産物ではないのですか?」

「はい、我々はそれ程豊かではありませんので。

 ここだけの話ですが、我々の国を素通りして、あちらを狙いませんか?」

「それは良さそうだ。

 だが、将軍に話すにはまだ材料が足りない」

「また良さそうな物を持って来ますよ」

「それはそれは。

 お待ちしておりますよ」


(標的を自分たちから、西側に逸らそうとしてやがる。

 ダニエルの奴、俺を狡いと批判しやがったが、あいつも相当狡いじゃないか!)


 時間稼ぎかもしれないが、ミンダウガスはダニエル公の狡賢さに悪口を言いながらも、その交渉術に舌を巻いた。


「ところで、そちらの方は初めて見ますね」

 モンゴルの商人官吏がミンダウガスを見つける。

「ああ、この者は西にある小さな部族の者でしてね。

 貴方たちの話をしたら、お近づきになりたいと言ったので連れて来ました」

 悪口混じっているが、ここは我慢する。

「海沿いの部族の者です。

 海岸で拾ったこんな物しか無いですが、お納め下されば幸いです」

「ほお、琥珀ですな、中々珍しい。

 これは私が買いたいと思います。

 お幾らですか?」

「代金よりも、見たいものがありまして……」

 ミンダウガスは、モンゴルの内情が知りたかった。

 そこで

「我々の部族では、こちらの強さがピンと来ない者も多いのでして。

 是非、強さを見せていただきたいのですが……」

「ほお、貴方は偵察のようですね」

「いえ、いえ、決してそのようなものではございません」

 偵察とか間諜などではなく、一国の元首だと知ったら、その官吏は別な意味で驚いただろう。

 だがそこはモンゴルの官吏、商人であっても力の信奉者であった。

「まあ、何者でも良いですよ。

 我々の強さを見ても、どうにも出来ないのですから。

 将軍に頼んで、訓練の様子を見せて貰いましょう。

 そして、恐れおののきながら『とても勝てない』と言いふらして下さい。

 それで私としても、十分過ぎる利になりますからな」

 そう言って大口開けて笑い飛ばした。


 ミンダウガスは、ルーシの名の知れぬ部族から来た使者として、陣営で大いにもてなされた。

 商人が言ったように、モンゴルの強さと豊かさを見せ、それを皆に伝える役目を負わせられたら、簡単に征服が叶う。

 どこの田舎部族かは知らないが、そういった弱小部族とは一々戦って攻め滅ぼすより、向こうから貢物を持って従属を申し出て来れば、その方が手っ取り早い。

 ミンダウガスは、交渉の場ではあれだけ居丈高で不機嫌だったバトゥの近くに座らされ、訓練を見学出来る事になった。


 それは凄まじかった。

 大地が揺れるかの如く馬蹄の音が響き、騎馬の大軍が通り過ぎていく。

 太鼓や鐘の合図で、円を描いて引き返したり、縦一列の陣形から横一列に並び変えたりした。

 そこに、捕虜であろうか? 裸で馬に乗せられた男たちが放たれる。

 騎馬隊の指揮官と思しき者が、旗を振る。

 モンゴルの騎馬隊は、足を緩める事なく馬を走らせ、男たちの周囲をグルグルと回りながら矢を当てていった。

 さしずめ、生きた人間を使った狩りといったものである。


「如何かな、客人。

 我々の訓練は?」

 バトゥに尋ねられたミンダウガスは、間抜けな表情になっていると自覚しながらも、そのまま答える。

「何と言ったら良いか、言葉が出て来ません。

 こんな強い軍は初めて見ました。

 我々も馬が好きで、狩りをするからこそ分かります。

 とても足元にも及びません」

「ハッハッハ!

 そうであろう、そうであろう!

 それで、儂らがこの大地を征服し、客人の住む地に近づいたら、如何する?」

「馳せ参じて、礼を取ろうと思います」

「おお、客人は物分かりが良い。

 その時は共に戦場を駆けようぞ!」


 ミンダウガスは、嘘は言っていない。

 どこの誰に馳せ参じて、戦場の礼を取るかを言っていないだけだ。

 そして、モンゴル軍の強さへの感想も、本心である。

 ただ、一度カルカ河畔の戦いでモンゴルを知り、免疫があるミンダウガスは、密かにこうも思っていた。


(前の戦いは本気じゃなかったんだな。

 今回は、訓練であっても以前の比ではない。

 良かったよ、タタールの本気の姿を先んじて見る事が出来て)


 まだ勝つ方策は見えない。

 それでも、以前のイメージで対策して想像を超えられてしまう事は防げた、そう嬉しく思う。

(自分の目で見ておくものだな)

 ミンダウガスはつくづく実感するのであった。

おまけ:

その頃ヴォルタ城では……

家臣「公は如何された?」

ヴィクシュイス「公は流行り病で寝込んでいる。

 義父にあたる私が代わって用事を聞こう」

家臣「公はどちらに居るのですか?」

ヴィクシュイス「娘と一緒に寝ているよ」

家臣「あー! はいはい」

ヴィクシュイス「皆まで言わせるなよ、君らも大人なんだし」

家臣「また公子、もしくは公女が生まれる事を神に祈ります!」


ヴィクシュイス「はあ、何とか誤魔化せた。

 婿殿~、こんな誤魔化し方で良いのか~?」

ルアーナ「私が病気で、寝たきりなのでお役に立てず、申し訳ございません……」

ヴィクシュイス(むしろそれだから、他人と顔を合わせない事に利用されてるんだが……)

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