表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リトアニア建国記 ~ミンダウガス王の物語~  作者: ほうこうおんち
第3章:新国家リトアニアの苦難
23/52

シャウレイの戦い(後編)

 ジェマイティア公ヴィーキンタスは戦上手である。

 それは戦術に長けている事だ。

 従来のリトアニア兵を使った戦いなら、21人の公爵で最強だろう。

 ただそれは新しい兵種を扱える訳ではない、古くからのリトアニア兵を使ってのみの名人だ。

 戦略・戦術ともに人並みながら、兵種を新しく開発し、運用を新しくするミンダウガスとは才能の質が違う。

 そのヴィーキンタスは、ミンダウガスからの援軍が到着するより先に動いていた。

 彼は、僅か数百人の手勢を率いてシャウレイに急行する。

挿絵(By みてみん)

 そのまま十字軍に攻撃を仕掛けた訳ではない。

 ヴィーキンタスは十字軍の退路に回り込むと、リガへの退路に多数の柵を作り始めた。


 実はこの時、シャウレイ北方に陣を構える十字軍の士気は上がっていた。

 彼等も斥候を放ち、ミンダウガスが援軍をシャウレイに向けた事を知る。

「いよいよ戦いだ!」

「父なる神よ、主イエスよ、貴方の教えに耳を貸さない不届き者を退治してご覧に入れよう」

「数だけは集めたようだが、劣った装備の雑軍。

 騎士の槍の恐ろしさを見せてやるわい!」

 そうイキリ立っていた。

 真正面から戦えば、倍するリトアニア軍とて防御力の弱い軽装兵。

 あからさまな沼地や森林への誘い込みに注意し、乾いた大地で戦えば、重装騎兵たる騎士が勝つ。

 現にドイツ騎士団は、砂州や草地が広がるクールラントでリトアニア軍に圧勝しているではないか。

 その高揚が、僅か数百のヴィーキンタス軍を、把握しておきながら見逃してしまい、大したことは出来ないと多寡を括っていたら、街道に障害物を設置されてしまうという間抜けな結果となっていた。

 なお、この柵を避けて道の左右に行くなら、そこは沼地であった。

 つまりヴィーキンタスは、道を塞ぐ事で十字軍を自分たちの有利な地形に追い落とす算段である。


 何度もリトアニアと戦って来た帯剣騎士団長フォークウィンは、流石に状況の危険さを理解する。

「今すぐ、あの小癪な柵を突破してリガに向かうのだ!」

 フォークウィンは他の幹部たちに訴えるが、受け入れられない。

「柵の前には、馬止めの障害物が有るな?」

「それは有るだろうさ」

「そこに突っ込んだら、馬を失う者も出る」

「だから?」

「馬を失ったら、我々名誉ある騎士が、徒歩で戦って、歩いて帰る事になるのだぞ。

 そんな事は出来ない」

「ならば左右に展開し、道から大きく外れて迂回するのだ」

「馬を汚らしい沼地に進める等、断じて有ってはならない」

「我々はやって来るリトアニア軍と堂々と戦う。

 そして勝つ。

 勝った後、違う道を通ってリガに戻る」

「それでこそ誇り有る騎士だ!」

 盛り上がる、リトアニアをろくに知らない騎士たちに対し、フォークウィンは溜息を吐いた。

「お前らは、馬と引き換えに、自分の頭を失う気か?」

 この呟きを、誰も相手にしなかった。




「ヴィーキンタスさぁ奴輩やつばらども攻めて来いもはんな」

「臆病風に吹かれやっとか?」

「あん腐れ騎士でん、誇りだけは高かど。

 おいどんら少なか兵児へことのゆっさバ恥じゃ思うちょっど!」

「チェスト、気に入らん!

 根切りにすっでな!」

「そうじゃ、根切りばい!」

(以上、全てジェマイティア弁)


 ヴィーキンタスは冷静である。

 如何に勇猛果敢なジェマイティア人が気張っていても、援軍が到着していない今なら、柵を突破されるだろう。

 それでもあの時点で動いていなければ、こうして退路を塞げなかったというのが、ヴィーキンタスの戦の嗅覚であった。

 敵の意表を衝くには増援を待ってはいられない。

 しかし、戦うとなればやはり増援は必要である。

(さっさと来んかい。

 愚図愚図してたら、戦機を逃すぞ)

 焦れる思いを、彼は部下たちには決して見せなかった。

 彼の忍耐は報われる。

 ミンダウガスが期待している最速部隊、軽騎兵が到着したのだ。

 複合弓を使っての戦闘はまだ完熟し切っていないという判断で、彼等は多数の投槍を装備している。

「むしろそいで良か!」

 ヴィーキンタスは頷き、軽騎兵には休息を取らせた上で、翌朝攻撃すると下令した。

 シャウレイ近郊を支配するブリオニス家三兄弟も高揚する。

 彼等が一番十字軍による損害を受けていた。

 恨み晴らさでおくべきか……。

 居城ではヴィスマンタス公の妻・モルタが勝利を神に祈っている。


 翌日、西暦1236年9月22日は、キリスト教の聖マウリティウスの日にあたる。

 キリスト教徒だけで編成された軍を率いていたマウリティウスが、現地の宗教に基づいた生贄の儀式を拒否したが為に、上司によって部下共々虐殺された逸話。

 聖人とされたマウリティウスの日だが、司令官としての彼は部下と共に殺された。

 それは何か、これから起こる事と重なる……。

 単なる偶然だろうが。


 早朝、十字軍野営地は攻撃を受けた。

 正面から向かって来たのはリトアニア軽騎兵。

 十字軍は真っ正面からの攻撃を喜んで受けて立ち、クロスボウの一斉射の後、騎士が突撃を開始する。

 しかし相手は軽騎兵。

 正面攻撃ではあったが、馬上で槍を打ち合って武を競うような事はせず、遠距離から槍を投げて攻撃して来た。

「卑怯なり。

 正々堂々と打ち合え!」

 騎士たちの怒号は無視される。

 少なくない被害を出しつつも、重騎兵たる騎士は防御力の高さを活かして耐えていた。

 やがて槍を投げ尽くした軽騎兵が背を見せて後退を始める。

「今だ、追撃だ!」

 散々遠距離攻撃に痛めつけられ、怒り心頭な騎士たちが軽騎兵を追った。

 その様子を見ていた帯剣騎士団長フォークウィンは、無意味と分かっていても叫ばざるを得なかった。

「罠だ!

 そっちに行ってはならん!」


 リトアニア軍は、沼地の隠し通路「クールグリンダ」を知っている。

 軽騎兵たちはそこを通る為、知らない人が見ると、その沼地は騎馬でも通行可能に思える。

 しかし、クールグリンダ以外を通れば、馬は泥濘に足を取られ、動けなくなったり、場合によっては乗る者を振り落としてしまう。

 前日まであれ程泥まみれになる事を嫌っていた騎士たちは、リトアニア軽騎兵が汚れずに移動しているのを見て、沼地に踏み込んだ。

 そして奴らと同じ道を通った筈なのに、自分たちだけ泥に足を取られて立ち往生していた。


 クールグリンダは攻めにも使われる。

 軽騎兵が後退した後、ブリオニス三兄弟が率いる軍が、動けない騎士たちに沼地から襲い掛かる。

 やはり投槍、投斧による中・遠距離攻撃。

 更に投石も効果を発揮した。


「散々、異教徒どもが沼地に逃げたら追ってはならない、森に逃げたら足元や目の高さに張られた縄に注意しろ、とレクチャーしたのに……」

 帯剣騎士団の説明を、ホルシュタインからの援軍たちはろくに聞いていなかった。

 聞いてはいても、所詮他国での戦。

 高揚の中で頭の中から去ってしまった。

 それは帯剣騎士団に最近加入した者たちもである。

 やはり、イスラム教徒と戦って、命令の遵守や情報の大事さを骨身に沁みて理解しているドイツ騎士団だから強く、一旗上げに来た程度の騎士や傭兵は質が恐ろしく低かったのだ。


「我々帯剣騎士団修道会の勇者は、一旦南のシャウレイ城に向けて街道を走り抜け、戦場を離脱する。

 その後は東西どちらかの迂回路を使ってリガに戻る。

 我々の動きを見れば、沼にハマった者どもも後に続くだろう。

 良いか、絶対に沼地に乗り込んではならん。

 乾いた大地に留まるのだ。

 馬が走れる場所なら、我々が勝つ!」

 フォークウィン総長の命令で、帯剣騎士団がリトアニア軍を突破すべく動き出した。


 だが、それも裏目に出てしまう。

 タイミングが悪かったと言える。

 ミンダウガスが送った援軍の本隊が戦場に到着し、帯剣騎士団と鉢合わせたのだ。


「攻撃開始!」

 援軍を率いるヴェンブタス公は短く命じた。

 良く言えば多民族連合軍、悪く言えば雑軍である為、細かい指示は通じないだろう。

 今は戦意と勢いに任せて、正面の敵と戦えば良い。


 平滑地において、策も無く騎士とぶつかる。

 騎士としても実力が発揮出来て嬉しい。

 激戦となり、故郷を荒らされて怒るセミガリア人部隊は特に激しく戦う為、リトアニア軍の損害も大きくなっている。

 数の有利があるのに、リトアニア軍は1200人程の戦死者を出してしまう。

 評判最悪の騎士団とはいえ、やはり強いのだ。

 だが、如何に勇猛に暴れ狂おうとも、少数の騎士団の損害は更に大きい。

 フォークウィンは覚悟を決め、残った者たちを集めて密集隊形を取り、槍の穂先を揃えてヴェンブタス公の本陣に向けて突撃を敢行する。

 騎士の装甲をもってすれば、敵陣への切り込みまでは十分持ち堪えられるだろう。

 そこから乱戦に持ち込み、大半の犠牲と引き換えに敵将を倒す。


「機械弓隊、用意」

 ヴェンブタスはそんな帯剣騎士団の希望をあっさり消した。

「何故異教徒どもがクロスボウを持っているんだ?」

 見るに、最新式ではないにせよ、中東でイスラム教徒と戦っている精鋭が持つようなものだ。

 ルーシ諸国から買ったにしては、彼等すら持っていないものばかりである。

 レット人のクロスボウ部隊は、甲冑を貫通する矢を容赦なく放つ。

 この攻撃で兜ごと顔面を撃ち抜かれ、帯剣騎士団長フォークウィンは戦死。

 十字軍は指揮官を失った。


 そして退路を塞いでいたヴィーキンタス軍が、最早その必要無しと戦闘に参加。

 これで勝敗は決まった。

 野営地を落とされ、更に沼地から逃げようとする騎士の向かう先に立ちはだかる。

 挟み撃ちに遭った騎士たちは、士気を喪失。

 こうなると重装備はただ重く、動きを鈍らせるだけの代物。

 騎士たちは次々と討ち取られていった。

 降伏も受け入れられない。

 それ程に彼等は恨まれていた。

 騎士たちは、彼等が虐げて来たセミガリア人やレット人、プルーセン傭兵によって殺されていった。


 こうして十字軍は、総兵力3千の内2700人戦死、騎士身分の者は、騎士団長フォークウィンを含む60人が失われるという、空前の大敗北を喫した。

 これはリトアニアと騎士団との戦いにおいて、リトアニアが与えた損害としては最大のものである。

 リトアニアは大勝利に沸いた。


 そしてジェマイティア公ヴィーキンタスの勇名が内外に轟く事になる。

おまけ:

800年くらい後の、何処かの並行世界。

シャウレイ北方の十字架の丘では超神対超人の戦いが行われます。

??の神「バハー、バハー、やはり超人とは不完全な出来損ないよなぁ」

サタ◯クロス「喰らえ、ケンタウロス殺法!

 昇技トライアングル・ド◯ーマー!」


ええ、あの辺りからラトビア南部のどこかが古戦場です。

詳しい場所は分かってないそうで。

(十字架の丘は、ロシア帝国への抵抗運動なので、シャウレイの戦いとは無関係です)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ