リヴォニアの帯剣騎士団
十字軍とは、事績を見れば相当に野蛮な軍隊である。
「キリストの為に戦い、キリストの為に死す」
このモットーを掲げた為、全ての行動の意義について思考停止して、神の名の元に蛮行を繰り返した。
元々、同じキリスト教国の東ローマ帝国を助ける為にイスラム教徒と戦う筈が、第四次十字軍ではその東ローマ帝国を攻めて首都を落とし、掠奪を働いている。
一応ローマ教皇はこの蛮行に対し、破門をもって咎めはしたものの、基本的に異教徒、異端に対しては何をやっても良いというスタンスだ。
対イスラム教徒で始まった十字軍は、次第に敵を全ての異教徒に拡大する。
アルヴィジョワ十字軍なんてのは、同じキリスト教だが異端としたカタリ派壊滅を狙って、教皇がフランス国王に命じたものである。
バルト海沿岸の異教徒を改宗させよ、とした北方十字軍も、こうしたキリスト教布教と、騎士団の蛮行を合わせ持ったものになるのは止めようがなかった。
バルト海沿岸には、北から現代のフィンランドにフィン族、エストニア族、リーヴ族、リトアニアの各部族、プルーセン族といった、まだキリスト教を信じない部族たちが住んでいた。
他にも島嶼部やラトビアの諸族、スラブ系民族がいるが、ここでは省略する。
ドイツから船で来たキリスト教司教と騎士団は、まずリーヴ族の地・リヴォニアで布教活動を行う。
彼らは、リトアニアやジェマイティアから攻撃を受けていた為、キリスト教徒たちは
「改宗すれば、石造りの要塞や、防御戦術を教えるよ」
と言って、穏やかにリーヴ族の改宗に成功した。
だがリーヴ族は、危機が去るとさっさと川に入り、洗練を受けた辺りを洗って、元のバルト宗教に戻ってしまう。
都合の良い時だけキリスト教になってやり過ごす。
そのやり方にイラ立った騎士団と武力衝突になるのは仕方ないだろう。
この辺、リーヴ族も誠意が無いのだから。
そして、キリスト教司教をリーヴ族が八つ裂きにした事で、ついに騎士団修道院の蛮行スイッチが入ってしまった。
まあこれは、司教の癖に、自ら槍を持って突っ込んで来て暴れ回り、撤退のタイミングも弁えずに敵中で孤立するような奴の自業自得なのだが。
それでも自分から殺されに行ったような奴を、仇討ちのシンボルにして正当化するというのは、まあ割とどっかで見たような図式とはいえる。
騎士団はリーヴ族を制圧し、このリヴォニアを自分たちの領土としてしまった。
新たにキリスト教の司教を呼び、今もラトビアの首都であるリガを建設、自分たちをリガ司教区に属する帯剣騎士団として駐屯した。
ドイツから通いで来るより、拠点を持った方が良いのは確かだ。
このリガを拠点に、バルト沿岸諸族に攻め掛かる。
しかし、バルト諸族も負けてはいない。
何度も虐殺したが、エストニア人たちは抵抗を繰り返し、帯剣騎士団に支配されたラトビア諸族は、勝手にエストニアと和睦したりもした。
苦戦の帯剣騎士団は、デンマーク王国に援軍を要請する。
デンマーク軍はエストニアを攻め、現在の首都タリンに発展する城塞都市ダーニーリーンを建築した。
ミンダウガスたちがダニエル公と和平条約を結んだ西暦1219年、エストニア北部はデンマークが支配していて、リヴォニアの帯剣騎士団たちは得られる筈だった土地を他所のキリスト教徒に取られてイラ立っていたのだ。
リヴォニアの帯剣騎士団は、度重なる「改宗させた筈の部族の棄教」「根強い抵抗」「リトアニア人による教会襲撃、焼き討ち」により、十字軍の蛮行慣れしたローマ教皇をすらドン引きさせる悪名高い集団と堕していた。
「彼等は死体を薪の上に山積みにした。
教会に忠実で、教皇に応える為に働いた現地人を串刺しにした。
改宗者に対し、残虐な姿を見せて、自分たちがローマ教会より偉大だと思わせようとしている」
ローマ教皇には、このような報告が届いていた。
中東や東ローマ地域でも悪名高い十字軍の蛮行。
そいつらの行動は、まあ異教徒に対するものだし、と大目に見られている。
しかし帯剣騎士団の場合、改宗者に対しても残忍に振舞っている上に私欲丸出しの行動をする為、「異教徒殺しに寛大な」教皇庁からも不満を持たれていた。
帯剣騎士団長はともかく、統括するリガ大司教としては頭が痛かった。
そんな中、地方に駐屯する騎士団支部にリトアニア人襲撃の報が届いた。
リトアニア人は、クリスマスとかそういう祭日を狙って教会を襲撃し、掠奪したり、女子供を攫っていく癖がある。
村々に在るのは教会には程遠い、簡易礼拝所のようなものだが、それでも十字架を掲げたキリスト教のシンボルである。
リトアニア人から見た「異教」たるキリスト教への嫌がらせであろう。
騎士団の警備隊は直ちに迎撃を行う。
「ミンダウガス様、あのキンキラ鎧ども、来やがりましたぜ」
部下の報に、ミンダウガスは即座に撤退の指示を出す。
鎧の性能、クロスボウという兵器の質の差、石造りの要塞という防御力、どれをとっても今のリトアニアでは勝てない。
それでもリトアニア人は戦うのをやめない。
守って戦うのではなく、積極的に攻撃を仕掛けている。
政治とか外交的には未熟で、ぼんやりした所があるミンダウガスだが、兵の指揮はしっかりしていた。
何せ、リヴォニアや遠くエストニアまで襲撃をする親に育てられたのだから、教会焼き討ちと略奪くらい普段の生活の一部と言えた。
故に、騎士との戦いも慣れっこである。
「皆の者、遅れるなよ。
いつも通り迎え討つからな!」
ミンダウガスたちは馬に乗り、自領に逃げ出す。
「ヒャッハー!
良いリトアニア人は死んだリトアニア人だけだ!
悪いリトアニアは生きている奴ら全てだ!
悪いリトアニア人を殺せば殺す程、主キリストの為になるのだ!
さあ、皆殺しだ!
ヒャッハハハハ〜!」
騎士団の一隊が追って来る。
流石に馬に乗ってであり、決してモヒカン頭、肩にはトゲトゲパット、片手にトマホークでバイクに乗りながらの姿ではない。
メンタルは大体同じだが。
そこに老練な騎士がやって来て止める。
「お前ら、新米だな?
深追いは止めろ!」
「おい、オッさん、止めるんじゃねえよ!
異教徒なんざ、死んで当然なんだからよ!」
「それは認める。
だが、追えば罠にハマるぞ」
「うるせー!
罠なんか食い破れば良いだろうがー!」
一部の騎士が、制止を無視して追撃を続行する。
リトアニア人は装備も貧弱、頭も良さそうに見えない、ここで退く方が騎士道に悖る。
そう見て、止めに来た者の言を
「あーあー、聞こえない!」
として来たのだが、彼らは何故突っ込んではならなかったのか、すぐに思い知る。
「まずい、沼地に入られた。
馬が足を取られているぞ」
「あいつら、なんでこの沼地をすいすい移動出来るんだ?」
リトアニアは低地も高地も、基本的に湿地・沼沢地・泥地だらけである。
この「ぬかるみ」がリトアニアを守って来た。
地の利を活かし、敵の知らない馬でも移動可能な場所を使う他に、重装備で体格の良い馬の騎士より、軽装備のリトアニア軍は、こういった場所の戦いに適していた。
馬も走力より、足場が悪い場所でも動くパワー重視のものを飼っている。
「お前はの神なんて、我々の軍神ピクラス様に比べりゃ屁みたいなものだな!」
言葉が違えど、見え見えの挑発にキリスト教騎士は激怒する。
「生かしておかねえ!
こんな沼地なんて、神のご加護で突っ切るぞ!」
そして、一層沼地から抜け出られなくなった騎士を、リトアニア軍は倒していく。
沼地にはリトアニアならではの秘密があったりするが、新米騎士は甘くみてしまった。
彼等は馬から降りるのを嫌う為、恰好の標的になっている。
一部馬を降りて歩兵となって戦っても、泥濘での戦闘は明らかにリトアニア人の方が強い。
こうして沼地にはまった騎士と従士を全滅させると、ミンダウガスは今度こそ撤退を命じた。
敵はまだ残っているが、長居しても意味はない。
今回の襲撃は、彼らにとって何か目的があっての攻撃ではなかった。
物資とか奴隷調達の日課であり、戦闘訓練でもあり、暇潰しの運動でもあった。
奪った物資や、攫って来た女子供を引き連れ、ミンダウガスたちは帰っていった。
その後、味方の全滅を知った騎士たちは、奪われた分を占領した自国民リーヴ人の村からの略奪で補うと、
「主よ、畏れを知らぬ沼地の蛮族どもに天罰を与え給え。
勇敢な騎士が、貴方の身許に旅立ちました。
これは不届きな転び者の持ち物です。
アレらが使うより、我々が使った方が世の為なので奪って来ました。
どうぞ、我々の仲間の救済の為にお使い下さい。
アーメン!」
と教会に捧げてからリガに帰還する。
報告を受けた帯剣騎士団長フォークウィンは、溜め息を吐きながら
「また騎士の応募を掛けようか。
最近は帝国でも、我々の崇高な戦いを理解しない者が増えて困っている。
だが、『来てくれたら異教徒殺し放題、奪い放題、君もやがては城持ち騎士だ!』とでも言っておけば、応募者も多数出るだろう」
と言って、何やら書類を書き始めていた。
(そんなんだから、命令もろくに聞かない質の悪い騎士しか来ないんじゃないのか?)
と、誰も思う事すらしないのが、この騎士団の有様なのだった。
おまけ:
リトアニアの神々
・雷神ペルクナス(スラヴ神話のペルーンに相当)
・地獄と戦いの神ピクラス
・海と穀物の神パトリムパス
この三柱が主要神で、ぶっちゃけ
ギリシャ神話(雷神ゼウス、冥王ハデス、海神ポセイドン)
日本神話(太陽女神アマテラス、夜神ツクヨミ、海神スサノオ)
インド神話(創造神ブラフマン、調和神ヴィシュヌ、破壊神シヴァ)
スラヴ神話のトリグラフ(天空・地上・地下)
のような体系ですな。
他にも月の神とか、金星の女神とかがいる多神教です。