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軍事改革には金が掛かる

 ミンダウガスは、かつてモンゴル軍の強さを見た。

 その恐ろしさを、他のリトアニア諸公は信じず、法螺話のように思っていた。

 しかしリトアニア諸公も、ドイツ騎士団という戦闘のプロと戦って、自分たちに足りないものを知る。

 それでも彼等は行動を起こさない。

 唯一、東のモンゴル、西のドイツ騎兵と両方を体験したミンダウガスが軍事改革に取り掛かっていた。


 しかし上手くはいかない。

 騎射中心の部隊を作ったは良いが、長距離攻撃では命中精度が悪過ぎるし、その理由は馬上での不安定さにあった。

 この解決法として、ミンダウガスはモンゴル流の「生まれた時から馬上生活をして、手放しでも鞍を置かない馬に乗れる」なんていう方法を選ばず、乗りやすく安定する馬具を揃えたドイツ騎士団流を選ぶ。

 しかし、それはモンゴル流よりは特殊性が無いものの、誰でもが実現するには、やはり問題がある方法であった。

 そんな馬具を用意出来るのは、金がある者だけなのだ。

 更に言えば、そういう冶金技術や加工技術も、持っているのは限られている。

 現在のリトアニアでは入手出来ない。


「せめて連中が使っているものを得られていたならば……」

 鹵獲品でもあれば、どうにかコピーも出来よう。

 しかしクールラントの戦いは惨敗、生きて帰るので精一杯で、捕虜も戦利品も得ていない。

 帯剣騎士団からの鹵獲品であっても、リトアニアのものよりは良いだろうから、それを真似ようかとも思う。

 敗戦というのは、色々と見えなかったものが見えて来る。

 帯剣騎士団には勝てていた為、彼等の馬具が自分たちより優れているかもしれない事を見逃していた。

 捕虜は身代金貰って返してしまったし、今にしてみれば勿体無い。


 馬を大量に飼い、工房を用意して最新式の馬具を設え、まとまった数を訓練する。

 やはり一公爵の身では荷が重い。

 敗戦の唯一の救いは、戦いに来なかった者も含めて亡国の危機感が共有出来た為、他の諸公も協力的になってくれた事だ。

 もっぱら防衛に関する事だけだが。




「何か良い案は有りませんかね?」

 困った時は皆を集めて相談しよう。

 ミンダウガス、ヴィクシュイス、ヴェンブタス、そしてプリキエネが顔を合わせた。

 この場にて、ヴェンブタスが軍事的な面から現状の問題を話し、ヴィクシュイスはその問題を解決する為の資金力と技術力の欠如を伝える。

 男三人が無い無い尽くしで、どうにも出来ないと途方に暮れているのを、プリキエネは笑い飛ばした。

「どうして男どもは、誇りやらそんなのに拘るかねえ?

 女の私からしたら滑稽だよ。

 無かったら買う、どうしてその発想が出ないんだい?」

「公爵夫人、それは考えたのですがね。

 買うとして、どこから買うんですか?

 支払いはどうするんですか?」

 男どもとて、無ければ購入くらいは頭にあった。

 しかし、どこが売ってくれようか?

 周囲は全てキリスト教国なのだ。

 ルーシ諸国は、多少マシなだけで、それだったら今の装備でも問題は無い。

 プリキエネはそういうジレンマもお見通しだったようで

「だから名誉やら体面やらに拘っているんだよ。

 買うのは、それこそドイツ騎士団に装備を売ってる相手からだよ」

 男たちには突拍子も無い提案をする。


「どうやって?」

「そんなの無理だ!」

「だから、支払いをどうするんだ?」

 頭が固い男どもを、プリキエネは呆れたように見ている。

 まあ、この石頭どもにレクチャーでもしてやろうか。

 プリキエネは、出された蜂蜜酒を空けると、一個一個疑問に答えていく。


「あんたらはさぁ、キリスト教徒はあいつらから見た異教徒である私たちを、憎んで物を売らないと思っているね?」

「そうじゃないか!」

「それは騎士とかいう、あんたらと同じ石頭な連中だけだ。

 商人は違う。

 商人に憎しみなんか無い。

 商人は相手が何者だろうが、自分の儲けになるなら何でも売るんだよ。

 自分の生まれ故郷ですらね」

「リトアニアに来る商人は、確かに信じる神が違っても取引をする。

 それは分かる。

 だが、あの者たちは武具・馬具なんて扱っちゃいないぞ」

「小商いをする連中なんか相手じゃないんだよ!

 取引するのは商館とかいうものを持ってる、でかい商人さね」

「そんな者とは会った事もない」

「会いに行けば良いだけだろ」

「どこに?」

「言わなきゃ分かんないのかい?

 ノヴゴロド公国があるじゃないか」


 確かにノヴゴロド公国は商人の国である。

 しかし、所詮はルーシの一国。

 大した軍事力は持っていない。

 現にモンゴルには大敗し、ハリチ・ヴォルィエ公国での内戦介入では苦戦をしている。

 ノヴゴロドの武器なんて買っても役に立たないのではないか?


「誰がノヴゴロドの武器を買うって言ったんだい?

 私が言っているのはねえ、ノヴゴロドの商人を介して、ドイツ騎士団も使ってる武器を買うって事なんだよ」

 ノヴゴルド公国は東方正教会の国ではあるが、神聖ローマ帝国を始め、カトリック諸国とも交易を行っている。

 プリキエネが言うように、ノヴゴルド商人に頼んでヨーロッパの進んだ武具・馬具を生産地から買えば良いかもしれない。

 だが……

「恐らく、ノヴゴロドの商人は我々の足元を見て、高く売ってくるでしょう」

 財務に明るいヴィクシュイスが指摘する。

「当然だね」

 プリキエネは分かり切った事を聞くなという表情だ。

「支払いに出せる金が無い。

 ここが結局解決していない。

 商人も無料で奉仕なんかしてくれない。

 ここをどうお考えか?」

「ふむ……」

 プリキエネが真面目な表情になる。

「当てはある。

 だけど、約束しな。

 この先、私が何を言おうが激昂したりしないってね」

 ここで一回、蜂蜜酒で喉を潤す。

 男たちは顔を見合わせて、頷いた。


「リトアニアが売るのは、蜂蜜と蝋さ。

 これ以外は、高い金を出して買ってくれる物は無いねえ」

 プリキエネの言葉は、男どもには意外過ぎる。

 確かにリトアニアという森の国では、蜜蜂が樹木の空洞に巣を作り、そこから採れる蜂蜜が産物となっていた。

 なお、養蜂という技術はまだ無く、もっぱら自然採集である。

 リトアニア人たちはその恩恵を当たり前のように思っていた。

 確かに良いものではあるが、こんなものが高く売れるのか?


「そこがキモだよ。

 私たちはありふれた物だと思っている。

 しかし、蜂蜜はともかく、そこから作る蝋は欲しがっているねえ。

 高い金を払ってでも、売って欲しいようだ。

 だから、これを知らないで商人と話をすると、連中は無知に付け込んで安く買い、高く売って大儲けをするって寸法さね」

 更に話を聞くと、特に教会で蝋燭を欲しがっている。

 この際、取引相手は誰でも良い。

 売って利益があるなら、それが正しい。


「で、夫人はどうやってそんな事を知り得たんですか?」

 ミンダウガスは疑問に思う。

 この女性は色々と知り過ぎているように思う。

「私はねえ、故あれば誰とでも付き合うのさ。

 私の城には、多くのキリスト教徒が来ているのさ」


 衝撃的な事実。

 しかし、先に「激昂するな」と釘を刺されていた事もあり、誰も何も言わない。


「『裏切り者』とか『内通しているのか』って言わないのは良い事だよ。

 リトアニア人もジェマイティア人も、キリスト教徒をろくに知りもしないまま、毛嫌いし過ぎているのさ。

 そりゃあ、北の欲深騎士もどきどもを見ていれば、誰だってキリスト教が嫌になるだろうがね。

 でも、キリスト教徒の全部がああではないのさ。

 私の所にはねえ、ノヴゴロドとポーランド、あとデンマークから商人が来るんだよ。

 小売の大した金の無い連中だけど、代わりに色んな話を聞かせてくれるのさ。

 私は、領内で採れる琥珀を売っている。

 まあこれが、高く売れるんだよ。

 代価で私は情報を買っている。

 蝋燭が欲しいってのと、それが教会とかに高く売れるってのはそっちからの情報さ。

 夜でも明るくしたいって欲があるのさ」


 夜は寝るものだという意識の者もまだ多い。

 しかし、知識階級・支配階級はそうではない。

 そうした夜遅くまで起きている層が、次第に増えて来ている。


「なるほど、夫人の話はよく分かりました。

 では、蜜蝋を売る為にノヴゴロド公国と話をしましょう」

「待ちない。

 それは上手くいかないってのが目に見えている。

 あんたら、ノヴゴロド公国の売り物が何か知っているのかい?」

 一同首を傾げる。

 彼等は無能とは程遠いが、余りにリトアニアの外に対し興味が無さ過ぎて、知らない事が多いのだ。


「ノヴゴロドの売り物にも蜂蜜・蜜蝋が有る」

「はあ、我々と同じですね。

 で、それが何なんですか?」

「分からないのかい?

 リトアニアとノヴゴロドは商売敵になっちまうのさ。

 自分の商売敵の為に手を貸すと思うのかい?

 あそこは商人の国だから、信じる神の違いも問わない代わりに、情とか好意では動かないよ。

 徹頭徹尾、利益しか見ない。

 のこのこ蜜蝋有ります、お宅を仲介に教会とかに売り込みたいから手を組んで下さいって言ったら、足元を見られるだけさね」


 男たちは黙ってしまう。

 知らなかった事も恥ずかしいが、その他にやっと見えた「武具・馬具を買う為の輸出品」という希望だったのに、その先に別の高いハードルが現れて、途方に暮れたからだ。


「ここから先が考えどころさね。

 でかい商人はノヴゴロドにしかいない。

 しかし彼等にとって、リトアニアの蜜蝋は自分たちの儲けの妨げになる。

 ポーランドやデンマーク、その他からリトアニアに来る商人じゃ、扱える量が限られる。

 どうしようかね?

 言っておくが、私も正解は知らないよ。

 知っていたら、とっくに手を出している。

 まあ、多少物を知った頭が3つあるんだ。

 私も含めて、美味しい方法を考えようじゃないかね。

 まあ、すぐには答えなんて出ないだろうさ。

 私を失望させない答えが出るのを期待しているよ」


 プリキエネはそう言うと、笑う事なく残った蜂蜜酒を煽った。

 光明は見えたが、ミンダウガスはでかい宿題を彼女から突き付けられたのだった。

おまけ:

今更ながら、プリキエネ様を主人公にしても良かったかも。

女性主人公の方がポイント稼げそうだし。

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― 新着の感想 ―
たしかになろうは女性主人公の大時代が来てるから… カクヨムの方が男性向けは充実しつつあるかなあ 歴史系も最近はカクヨムで追ってる作品の方が多いかもしれない
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