家長継承
ダウスプルンガスの死亡年はハッキリしていない。
彼は恐らく、ミンダウガスと和解した数ヶ月後に死亡した。
寝たきりであっても、まだ生きられるくらいの生命力はあったのだが、感染症には勝てなかった。
家族がミンダウガスを呼び、駆け付けた時にはもう昏睡状態。
そのまま永眠したようである。
ミンダウガスは家長となり、葬儀を取り仕切った。
森の適当な場所で兄を火葬する。
その際、兄の愛馬も共に葬られた。
これが古いリトアニアの葬儀で、やがて「死者の日」に兄の魂は愛馬と共に帰って来るとされる。
葬儀が終わり、ミンダウガスは兄の領地を全て継承する宣言を行った。
ジヴィンブダスの遺領を全て奪った時同様、周囲には反発の声が挙がる。
しかし次のミンダウガスの宣言で、反対する者も納得するに至った。
「自分の後継者に、兄の子2人も加える」
ダウスプルンガスにはタウトヴィラス、ゲドヴィダスという子がいる。
母親はジェマイティア公ヴィーキンタスの妹。
ミンダウガスには、結婚してすぐに生まれたヴァイシュヴィルガスという男子が一人いる。
だがそこに兄の子、ミンダウガスの甥たちも分割相続人に加える事で、リトアニアの価値観的にも「納得」となったのである。
また、これまでの家長ダウスプルンガス家には、末の妹も住んでいた。
この妹は、リトアニア北東に住むナルシュア公の1人との婚約が決まっていた。
ナルシュアはリトアニアからは独立しているような地域で、先の和平条約に署名した21人には含まれていない。
ここと手を組み、帯剣騎士団と戦うつもりだったのだろう。
ミンダウガスはこの妹も引き取り、嫁ぐまで面倒を見る。
妹を守る事も、ナルシュアとの婚約もダウスプルンガスの遺言なのだから。
ミンダウガスは自分の居城を捨て、兄の居たヴォルタ城に本拠地を移す。
弟であったミンダウガスは、兄を守る盾として国境に近い城を与えられていた。
故に、これから家長として、更にはリトアニアの筆頭公爵として政治をするには、中央から離れているし、小領主用の小城に過ぎない今までの居城では物足りない。
ヴォルタ城に引っ越したミンダウガスは、直ちに城の拡大工事を行う。
ダウスプルンガスの妻子を城外に追い出さず、かつ未亡人の居る場所に移り住むのも問題がある為、自分用の居住場所も作らねばならなかった。
ミンダウガスが独身ならば、ダウスプルンガス未亡人を後添えにして、より自然な形で兄の遺領を相続する道もあったが、彼は既に結婚していたからそれは出来ない。
ミンダウガスの妻ルアーナには、一気に家族が増えてしまった。
生まれの問題と、その身の不吉さから家族に恵まれていたとは言えない彼女にとって、こうも家族が増えるのは初めての事であり、なんだかちょっと嬉しそうである。
甥っ子たちはまだ幼い為、異様な色白であるルアーナに悪意をもって接しない。
未亡人である義姉は、言葉も余り通じないジェマイティア人であり、周囲から差別されたり、孤独を感じたりした事で、ルアーナに対しても共感を抱いていた。
こうして仲良くなる家族。
そんなルアーナに、ミンダウガスは意外な事を伝えた。
「義父のビクシュイス殿にも、この城に入って貰う事にしたよ。
俺の手伝いをして貰いけど、君の父上なんだし、色々と頼ってみたらどうだい?」
和約の署名を行った21人の公爵の一人であり、デルトゥバ4公爵の一人でもあるビクシュイス公が、他人の城に移住するというのは実に異例の事である。
独立領主から家臣に成り下がるようなもので、引き受ける者はまず居ない。
だから、お姫様暮らしをして来なかったとはいえ、ルアーナもその異常さに驚いていた。
だが舅でもあるビクシュイス公には、意外にもそんなプライドは無い感じである。
彼は曰くありの娘を貰ってくれたミンダウガスに感謝していたし、そのミンダウガスから
「俺一人では手が回らない。
どうか補佐役を頼みたい」
と言われた事で、喜んで承知をしたのだ。
彼は男子に家督を譲ると、執事というか副官というか相談役というか、何とも分からない立場の同居人としてヴォルタ城に移り住む。
「わては単なる娘好きな馬鹿親やで。
せやからミンダウガス公とは家族同然でっせ」
これが他人に対するヴィクシュイス公の立ち位置説明である。
ミンダウガスには複数の親しい協力者がいる。
軍師的存在のプリキエネだが、彼女は公爵未亡人として、夫の遺領を守り、自分の子を育てる必要もあった為にヴォルタ城に居候する訳にはいかない。
将来のリトアニア全軍の副将としたいルシュカイチャイ家のヴェンブタス公は、現在頼んでいる軽騎兵の訓練の進捗報告や、今後の方針について話す為にヴォルタ城にやって来るが、彼にしても自分の所領を統治する独立貴族には変わりない。
義兄ヴィーキンタスは、ドイツ騎士団との戦い以降、協力関係が強化されているが、基本的に言葉も通じない異文化のジェマイティア人である。
だから、常に近くに居て補佐してくれる上に、それをむしろ恩返しのように思ってくれるヴィクシュイスは、非常に有難い存在となった。
「お父はん?」
生まれてすぐに他人に預け、たまにしか会いに来なかった父親ではあるが、当時の女性ゆえにその辺は割り切っている。
出生の問題よりも、異常な白さから周囲に気味悪がられていた自分を、それでも愛してくれたという思いの方がルアーナには強い。
「今までの分も、おまはんの傍に居たい。
ミンダウガス殿はおまはんによおしてくれてるでなぁ。
その恩もあるわ。
大丈夫、わての所領は既に息子に譲った。
嫌な思い出しかないあの地と、おまはんをイジメてはった私の妻は忘れた方がええで。
こっからだ。
こっからお父っとぁんと娘の関係をやり直そう」
「頭を上げてや、お父はん。
私はお父はんには感謝の気持ちしかありまへんで。
こないな私を今でも愛して下はって」
「愛さんわけないやんか」
こういった娘に甘いヴィクシュイスだが、能力としては低い訳ではなく、恩を感じているミンダウガスに対してもズケズケ言うようになる。
元々アウクシュタイティヤ地域の一割程度しか無かったミンダウガス領は、それより遥かに大きいジヴィンブダス領と兄の領地を併せた結果、色々と不足しているものが見えて来る。
兵力は3領分、千人以上を有するようになったが、その分担当面積も増えてしまった。
ミンダウガスは、強力な軽騎兵部隊を作りたいという野望がある為、税が他の公爵領よりも高い。
そのまま併合した領地にも適用した結果、一部の領民はミンダウガスを見限って、従兄弟たちの領地を頼ってそこに税を払うようになった。
ヴィクシュイスはそれを咎め
「領地が拡がった以上、全体の税収は増えている。
狭かった時の感覚で重税を敷いてはならない。
広い領土は、それだけでやれる事が増えるのだから、穀物税にだけ頼らず、もっと別の収入も考えるのが領主の勤めだ」
(ミンダウガスに仕える為、以降デルトゥバ方言無し)
と諫めた。
ミンダウガスは父の死によって若くして領地を分割相続し、その地も国境防衛の役割を担っていた為、きちんとした領地経営を学んだ事がない。
それだけに年長者で、こうして教えてくれる存在は有り難かった。
「義父上の言われる通りです。
税務・財務に関する事はお任せしますので、どうか上手くやって下さい」
「面倒臭い事は丸投げですか?
まあ、我がまま言わないだけ良しとしましょう。
私が一切合切取り仕切りますが、文句は言わないで下さいよ」
「義父上と俺の仲じゃないですか。
文句なんか言いませんって。
俺には出来ない事が多々あるので、助けてくれないと困るんですよ」
「まったく、我が婿殿は調子が良い」
こんな言い合いをしつつも、家族同然の関係ゆえに拗れる事は無かった。
こうして事務負担が無くなったミンダウガスは、難しい顔をする事が減って来た。
以前のように、神事を執り行ったり、農作業と密接に関わる祭りへの参加もしている。
「公爵様が、前のように明るいお方に戻られた。
しかめっ面の領主様でなく、笑顔の領主様でいた方が、農耕の神パトリムパス様もお喜びになりますわな!」
税が下がった事も加わり、ミンダウガスの評判もまた良くなっていく。
「今帰ったぞー!」
領民から勧められて麦酒、蜂蜜酒を飲んで帰って来る事も増えた。
それを迎えるルアーナも、昔に比べて明るくなっている。
家族に囲まれて幸せなのと、相続人に甥っ子が指名されている為、更なる男子を望む視線から解放されたのが大きい。
機嫌の良い夫と、ストレスから解放された妻。
この夫婦が酔っぱらって夜を迎えると、大体結果が見えて来る。
一年程して、二人の間に娘が生まれたのであった。
「ま、夫婦更に仲良くなって結構な事だ」
新しい孫を抱っこしながらヴィクシュイスは、厳しくも嬉しそうにそう呟いていた。
※おまけ:
ガチで、西暦1228~1237年頃の記録が無いんです。
ダウスプルンガスも「この間に死んだようだ」って説明でして。
歴史家は「ミンダウガスは兄を殺して領地を奪った」という説と、
「甥たちは生きて、成人して領主になっているから、兄殺しはしてないんじゃないか?」という意見に分かれてたりします。
作者は「殺していないし、甥っ子も引き取った」ものとして創作してます。




