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混沌(カオス)の極みルーシ諸国

「あんたの兄にも困ったものだねえ」

 公爵未亡人プリキエネは、最近は完全にミンダウガスの軍師ポジションに収まっている。

 若い男の所に未亡人が居ると、あらぬ噂を立てられるし、奥方にも悪いからと、ルシュカイチャイ家の他の者を同席させている。

 以前は

「こいつはうちの若手で、一番戦争が上手い。

 野心が無いから煽り甲斐は無いが、軍事ではあんたの右腕になってくれようよ」

 と、兄とは同世代くらいなヴェンブタス公を紹介してくれた。

 今日同席しているのは

「この人はねえ、私をルシュカイチャイ家に迎えてくれた、一族の長老みたいな人さね。

 中々の曲者なんだが、年齢のせいか、もう疲れる事はしたくないそうさ。

……って言ってるけど、それも本気かどうなんだか、私が認める曲者なだけに分からないね」

 と言っている、キンティブタス公である。

「プリキエネのお嬢ちゃんが、色々迷惑を掛けているみたいだね」

 と、女傑をお嬢ちゃん呼ばわり出来る時点で、どういう人物か分かる気がする。




 ミンダウガスの兄、ダウスプルンガスはハッキリと敵に回っていた。

 プリキエネが硬軟降り混ぜて味方につけた他の公爵を切り崩したり、中立の者を味方にしている。

 プリキエネも思わず唸ったのは、ダウスプルンガスが嫌っている従兄弟のダウヨタスとヴィリガイラの兄弟と、ジェマイティアの2人の公爵・西部のヴィーキンタスと東部のエルドヴィラスを説き伏せた事だ。

 ジェマイティアのヴィーキンタスは、当初は姻戚関係からミンダウガスに味方していた。

 しかし、ミンダウガスの姉を妻としているという事は、その兄のダウスプルンガスとも義兄弟という事になる。

 同じく姻戚である上に、ダウスプルンガスの方はヴィーキンタスの妹を妻とする二重姻戚関係だ。

 故にヴィーキンタスは、ダウスプルンガスの方に義理を立てて、そちら寄りの中立に転じてしまった。

 ダウスプルンガスという男は人の好き嫌いがハッキリしていて、嫌いな相手には態度で示してしまう。

 それ故に、ダウヨタス・ヴィリガイラ兄弟やジェマイティア人とは仲違いすると思っていたのに、こればかりは好悪を超えて手を組んでいる。

 むしろ、好き嫌いを表に出さず、清濁併せ呑む態度のミンダウガスの方が気味悪がられていた。

 お前なんか大嫌いだ、だけどリトアニアの危機だから手を組もうと、腹の中を明け透けにするダウスプルンガスの方が、古い仕来たりを好む層には理解しやすいのだろう。

 人は異質な者に恐怖を抱き、理解出来る者は敵であっても親近感を抱くものなのだから。


「まあ、お嬢ちゃんは嫌いなんだろうが、リトアニアの男とはそんなものだよ」

 キンティブタス公が、ミンダウガスの子供と遊びながら、ボソっとそう呟く。

 話を聞いていなかったように見えたが、しっかり理解しているのだから侮れない。

 プリキエネが

「古臭い男も、侮れないって事さね」

 と苦い顔で唇を噛む。

 ミンダウガスも、何とも言えない表情をしていた。

「妨害する」とは面と向かって言われたが、徒党を組んでやって来るとは思わなかった。

 兄も全くもって侮れない。


「短慮はいけないよ」

 プリキエネが釘を指す。

「やる時は形振り構わず、一気呵成にやる。

 だけど、それはいつでもって事じゃない。

 今、兄や従兄弟に手を出したら、あんたの信用は地に堕ちてしまうからねえ」

「分かってるよ。

 兄殺し、身内殺しに人は着いて来ない。

 向こうから攻めて来たなら話は違うが、今は兄貴も何もしていない」

 ミンダウガスはプリキエネに応える。

 彼女は頷きながら、苦々しい表情ながらもどこか嬉しそうに

「私はダウスプルンガスを見誤っていたようさね。

 あの男、もっと直情的かと思っていたよ。

 兵を出して恫喝に来たり、酒を持って言いくるめに来るのが席の山かと甘く見ていた。

 まさかこんなに辛抱強く、正論で味方を増やすとはねえ。

 忌々しいが、やはりあんたの兄なんだねえ」

 そう言って、何とも言えない賞賛をしていた。


「とにかく、今は待つ事さね」

「ですな」

 政治的に物を考えられる二人は、機を伺う事にして、こちらも動かないようにする。

 その様子に、キンティブタス公は反応を示さない。

 聞いているんだか、いないんだか分からない、飄々とした空気を纏いながら、子供と遊んでいるだけだった。




 リトアニア政情が膠着状態に入った時、隣のルーシ諸国は混乱していた。

 キエフ大公国分裂で群雄割拠していたルーシが曲がりなりにも纏まっていたのは、東からモンゴルという脅威が迫っていたからである。

 しかし西暦1225年現在、モンゴル軍はルーシにもキプチャク草原にもカスピ海沿岸にも居ない。

 ルーシ人からしたら、唐突に全軍姿を消してしまった。

 まるであれは夢だったかのように。

 彼等はユーラシア大陸を東に走り、中国北方の女真族の帝国・金を攻めている最中である。

 いずれまた戻って来るのか、それとももう来ないのか、遠く離れたモンゴルの事など知りよう筈もない。


 モンゴルの脅威が去った今、ルーシは再び動乱期に逆戻りした。

 リトアニアの隣国ハリチ・ヴォルィニ公国では、ダニエル公が反乱貴族たち追討する「祖国統一の戦い」を再開している。

 追い詰められた反乱貴族たちは、カルカ河畔の戦いにおけるルーシ連合盟主・ノヴゴロド公ムスチスラフに助けを求めていた。

 更に彼等の一部は、あの帯剣騎士団とも手を組む。

 外患誘致に他ならないが、祖国の一部を騎士団に寄進すると言って、彼等によるダニエル攻撃を依頼していた。

 帯剣騎士団はそれに応じ、ヴォルィニ公国部分の北部を攻めて占領。

 ハリチ公国部分でもノヴゴロド公ムスチスラフが暗躍する。

 ノヴゴロド公ムスチスラフはクマン族の長で舅のコチャン・カン、名目上の存在でしかないがキエフ大公ウラジーミル4世、そしてベルズ公アレクサンドルと連合してダニエルを包囲。

 ダニエルはこれに対しポーランドとの同盟で対抗。

 ダニエルたちは正教会、ポーランドはカトリックだが、この際は関係ない。

 なお、この時期のポーランドも盟主にあたるクラクフ大公は存在するが、その配下の貴族がシロンスク公国、ヴィエルコポルスカ公国そしてマゾフシェ公国と割拠している。

 ダニエルが手を組んだのも、その中の一勢力に過ぎない。


 どこもかしこも国家としての態を成していないが、お互い組める勢力とは手を組まざるを得ない。

 こうして連合を組んで多数派を形成していていたハリチ・ヴォルィニ公とノヴゴロド公は衝突する。

 この戦いはこれといった決着も無しに、だらだらと西暦1228年まで続く事になる。


 動乱はハリチ・ヴォルィニ公国とノヴゴロド公国だけで起きていない。

 カルカ河畔の戦いで君主と嫡男を失ったチェルニゴフ公国に対し、そこから独立したリャザン公国及びプロンスク公国との間で諍いが再発していた。

 元の宗主国が君主を失って混乱している以上、その隙に奪えるものは奪っておこうか。

 こうしてモンゴルという脅威が去ったルーシは、混沌(カオス)という言葉で表現するのが合っているだろう。

 まあ、ルーシだけでなく、ポーランドやバルト北方もである。

 帯剣騎士団はルーシやリトアニアを攻撃しつつ、エストニア沖の島嶼部の異教徒たちを攻め、やはりデンマークとも対立していたし、その様子をローマ教皇から非難されている。




「……………。

 俺は本来は頭が悪いからなあ。

 今の情勢、もう何が何やらよく分からん。

 調べれば調べる程、意味不明だ」

 ミンダウガスは寝屋で妻に向かってボヤいている。

 カルカ河畔で負けて逃げ帰ってから、彼は妻に向かって思っている事を口にする回数が増えていた。

 考えは纏まっていなくても、誰かにそれを零したい。

 その相手が妻ルアーナなのだが、彼女は何も気の利いた事を言えない。

 ただ聞いて、受け止めるだけだが、ミンダウガスにはそれで良かった。

 その方が良かった。


 ミンダウガスは専用の情報組織を持っていないが、最低限「自分の耳目となる情報網」の必要性には気が付いた。

 タタール人たちの動向を、ルーシ人からの情報で知ろうとしても、このように混乱期に突入してしまってろくな情報が無いし、もうタタールに興味を失ってさえいる。

 そこで彼は、出入りの商人や、帯剣騎士団とも取引がある者を城に招き、タタールに拘らず、あらゆる周囲の情報を聞くようにし始めた。

 更に傭兵として周辺に出て行ったリトアニア人にも、生きて帰って来た時は見聞きした全てを知らせるように頼み込む。

 こうして情報を集めているのだが、入って来る情報が整理しづらい入り組んだものとなり、かえってミンダウガスを悩ませている。


「どの勢力も纏まっていないなあ。

……まあ、我がリトアニアにしても、統一されているのとは程遠いのだが」


 ミンダウガス一派以外のリトアニア人、「好きに生きさせろ」という連中はさておき、他国の勢力の長は、基本的には自勢力を統合したいと考えて行動している。

 いずれは国の再統一が成るかもしれない。

 その時を見越し、誰と組めば一番都合が良いのか?

 ミンダウガスは、ルーシを対モンゴルの障壁としたい。

 この場合、誰が最も良い選択肢か。

「ハリチ・ヴォルィニのダニエル公とは和平条約を結んでいる。

 もうここを攻める事は出来ない」

 割と約束に関しては律儀なのがリトアニア人である。

「ダニエル公を助けるのが、一番もっともな選択ではある。

 というか、俺は他のルーシの連中は顔も知らん。

 まあ、必要ならこれから知り合いになれば良いが。

 顔見知りのダニエル公と手を組めば良いのかもしれんが、あいつは大丈夫なのかな?

 いまだに自国を束ねられていない」


 そう思いながら、ミンダウガスはフッと笑った。

 自国を束ねられていない、大丈夫なのか?、そういう事を思えば思う程、自分にも跳ね返って来るのだ。

 リトアニアは内戦が起きていないだけマシではある。

 派手な政争も起きていない。

 だからこそ、動きが無さ過ぎて、ミンダウガスの方からも下手に動けないのだ。

 兄の反応からも分かるが、強引だったり、理解出来ないような革新的な行動をすれば、反発する方が多いのだ。


「さて、どうしたら良いものか?」

 待ち一択の状況は、ミンダウガスにはもどかしくて堪らない。

 それでも彼は分かっていた。

 プリキエネも言ったように

「今は動くべきではない」


 雌伏の時間が続く。

おまけ:

西暦1225~1228年頃の東欧、カオス過ぎる。

モンゴル軍、早く帰って来てくれ!

ルーシにゃ悪いが、圧倒的な力に屈服するか抗うかの構図の方が分かりやすい。

あと、内輪でgdgdしてるより、脅威があった方が話が転がる。

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