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兄との対立

 リトアニア筆頭公爵ジヴィンブダスの領地を、序列から言えば四位のミンダウガスが奪い取った、この報はリトアニアやジェマイティア、デルトゥヴァの諸公を驚かせた。

 と同時に、ルシュカイチャイ家が(こぞ)ってミンダウガスを支持するという、あり得ない事態も発生していた。

 ミンダウガスは高地リトアニアのおよそ半分を支配する。

 中間地域であるウピテ地方が全てミンダウガスに着く。

 そして、リガに通じる街道を扼したシャウレイを支配するブリオニス家三兄弟もミンダウガスを筆頭公爵として担ぐと言う。

 人々はルシュカイチャイ家がミンダウガスの後ろ盾となっている事で、大体の事情を察した。

 ルシュカイチャイ家を女でありながら仕切る「女傑」プリキエネ公爵未亡人、彼女とミンダウガスが手を組んだのだと。


 リトアニアの過半を制しながらも、ミンダウガスにはまだ抵抗勢力が居た。

 それもすぐ身近に。

 兄のダウスプルンガスが、ミンダウガスのやり方に文句を言いに来たのである。


「お前、どういうつもりだ?」

 ダウスプルンガスは怒気を含みながらも、まずは冷静に訊ねる。

「どういうつもり?

 領地が大きい方が、やれる事も多くなります。

 分かり切った事、聞かないでも良いでしょう」

 淡々と答える弟に、ダウスプルンガスは怒りをどうにか内に納めながら、更に言った。

「確かにそんな事は分かる。

 だが、リトアニアのやり方にそぐわない。

 お前一人が土地を独占して良いものではない!

 土地は同族で共有するものだ。

 そりゃ、多少の広さの違いはある。

 だけど、通りたいなら通す、狩りの獲物が逃げて来たならそのまま続けさせてやる、魚が釣りたければ許してやる。

 山のキノコや、ベリーが採れたら、その地の公にお裾分けしてやれば良い。

 俺たちは代々そうやって生きて来た。

 確かに従兄弟どもやジェマイティアの連中、あいつらは大嫌いだけどそれでも同族だ。

 何かあったら一緒に対処していく者だ。

 嫌いだし、ぶん殴ってやるが、同じ地に生きる仲間だぞ。

 一緒に土地を分け合い、その多寡で揉める際、剣技や弓技で競い合い、それでも解決しない時は姻戚に間に入って貰う。

 なのに、お前はそういった昔からのやり方を無視した。

 若く経験不足だからって、許される事じゃない。

 今からでも再配分しろ」


 ミンダウガスには、兄の言う事もよく理解出来る。

 北に狂信者無く、東に脅威モンゴルが来なければ、その方が万事上手くいくだろう。

 誰もが納得する。

 しかし、特に東から来る脅威を前に、皆仲良くってやり方は悠長に過ぎる。

 軍事改革一つでさえ、地方の一公爵ではやれる事が限られるし、皆でやろうとすれば反対されて上手く進められない。

 要は、土地だけの問題ではない。

 一つの意思に、皆が協力してくれないと困る。

 それには自分が圧倒的強者でないと。


 モンゴルの恐ろしさを知るのは自分だけだ。

 カルカ河畔の戦いでルーシ諸国を叩きのめした後、彼等は何処かに去ってしまった。

 リトアニアの統治者たちは、元よりモンゴルの怖さを実感していないが、もう脅威は消滅したと思っている。

 仮にモンゴルが攻めて来ても、帯剣騎士団とかルーシ人とかリヴォニア人のように、有利な地形に引き摺り込めば勝てると思っている。

 甘い、甘過ぎる、そうミンダウガスは思うが、見ていない者たちには一切伝わらない。

 だから、自分がトップになり、自分の言う事には不満が有っても従って貰う。

 そういう政治体制にしたいのだ。


 なお、協力者であり軍師的存在のプリキエネも、モンゴルについては想像出来ないようだ。

 だが彼女は、ミンダウガスの恐れを馬鹿にしない。

「あんたが思う通りにやりな。

 あんたの思いに、皆が従うようにしな。

 場合によっては、兵を使いな」

 と、結構物騒に唆して来る。


 ミンダウガスは、プリキエネが言うような独裁政治を望んではいない。

 従ってくれさえすれば良い。

 彼とて、昔ながらのリトアニアを愛する気持ちがある。

 好き好んで同族を殺したくはない。

 一方で彼は、目的の為に悪名でも被る決意をしている。

 特に従兄弟たちがどうしても歯向かうなら、殺す覚悟もしている。

 自領に近い場所に、不穏分子は置きたくないのだ。


 そういう思いが、何となく伝わったのだろうか。

 ダウスプルンガスが、怒りとは別の、化け物でも見るかの如き目でミンダウガスを見ながら話す。

「お前、邪魔だと思ったら、俺も殺す気か?」


 ミンダウガスは焦った。

 悪名上等とは覚悟を決めても、血を分けた兄を殺す気なんて全く無い。

 思いすらしていない。

 そのように伝えるも、ダウスプルンガスは信じていないようだ。

「だったら、お前は俺に何を望む?

 お前は、このリトアニアのやり方を逸脱している。

 俺はお前が間違っていると思う。

 だが、お前は改める気は無さそうだ。

 お互い譲る気は無いようだが、その時邪魔になる俺をどうする気だ?

 殺す気は無いと言ったが、生かした俺に何を望む?」


 ミンダウガスはそこまで考えていない。

 話せば分かると思っている。

 いや、モンゴルの脅威を実際に感じれば、自分に賛同してくれるだろう。

 独裁まではいかずとも、一致団結した政体でなければ、リトアニア全軍で動かねば勝ち負け以前の問題だと。


「そんなにタタールが恐ろしいのか?

 お前は必要以上に恐れ過ぎてる。

 タタールとて、悪魔や怪物じゃない。

 俺たちは今までも勝って来たし、これからも勝つ。

 お前みたいに、敵を恐れ過ぎている奴に筆頭公爵なんか務まらん。

 今すぐ大それた考えは捨てて、昔ながらのやり方に立ち帰るんだ。

 どうせ、プリキエネの婆あに唆されたんだろ?

 今だから教えてやるよ。

 あいつは、お前を殺すか追放して分割相続分を減らし、俺に指導者的立場になれと言ったんだぞ」

「知ってるよ。

 その話は本人から聞いた」

「その話を聞いて、なおあの婆あの考えに賛同するのか?」

「ああ。

 俺が兄貴の立場なら、それが正しかったんだ。

 俺を生かしてくれた兄貴には本当に感謝している。

 だけど、あの時良かった事が、今でも良いとは言えないんだ」

「……お前、やっぱり化け物になっちまったな。

 自分を殺せと言った魔女に従うとは。

 今のお前と分かり合える事は、もう無いな」

「待てよ、兄貴!

 だったら、兄貴が筆頭公爵で良い。

 俺が信じられないなら、兄貴がすれば良い。

 それでリトアニアが一つの意思で動けるなら……」

「そういう事言ってるんじゃねえよ!

 俺が筆頭で、皆が俺の意思で動く?

 気持ち悪いよ、そんな世の中。

 俺とお前だって別々の生き物じゃねえか。

 なんだってどっちかの思い通りに生きねばならん?

 今まで通りが良いんだよ!

 どうするかは、皆で話し合って決めるんだ。

 他人を己れの意のままに操ろうなんて、邪悪そのものだ。

 なにか自分の思うように人を動かす悪霊でも憑依させるのか?

 それとも、人質を取って恐怖で支配するのか?

 俺にはもう、お前の考えが全く理解出来ない」

「違うんだよ。

 俺の思うように生きろなんて、そんなんじゃないんだよ。

 俺は皆に協力して欲しいだけだ。

 邪魔とかして欲しくないんだ」


 ミンダウガスは、朧げながら「国家」というものが頭に浮かんでいた。

 国家は、別に君主に精神支配され、一挙手一投足コントロールされるものではない。

 謂わば、現在の公爵の統治範囲と権限が大きくなり、命令に縛りが出て来るようなものである。

 特に軍事においては、全軍が指揮官の統率下で動く筆頭がある。

 カルカ河畔の戦いで、モンゴル軍はあえて負けて敵を引き摺り込み、計ったように左右からルーシ軍を分断した。

 あれを見た以上、それぞれの公爵に自由裁量権があり、負けて敵を引き摺り込むような手柄にならない仕事を誰も引き受けないような体制は変えねばならない。


 だが、ミンダウガスもダウスプルンガスも、全リトアニア人、ジェマイティア人、デルトゥヴァ人も「国家」というものを知らない。

 ルーシ諸国とて貴族ボヤールの連合政体であり、序列がしっかりしてるだけマシだが、基本リトアニアと大きくは変わらない。

 北の帯剣騎士団は、キリスト教という思想を使って民衆を支配し、キリスト教に逆らう者を許さないやり方である為、リトアニア人はこれを毛嫌いしていた。

 ダウスプルンガスからしたら、弟のやり方は北の狂信者に倣った、洗脳的な思想統制と命令違反即処断の「狂ったやり方」にしか見えなかった。


「とにかく、俺はお前を認めない。

 俺はお前を妨害する。

 お前と和解するのは、お前が昔のお前に戻った時だ。

 それが嫌なら、俺を殺せ。

 まあ、兄殺しの公を、リトアニア人が慕うとは思わんがな。

 ペルクーナスやピクラスたち神々の怒りに触れるだろう。

 よくよく考えるんだな」


 かくしてミンダウガスは、一番身近な存在から敵視されてしまったのである。

おまけ:

ハリチ・ヴォルィニ公国は貴族反乱中。

ノヴゴロド公国は基本都市国家で、貴族や商人が公を支える一方、それぞれが自由に経済活動をしている。

その他も似たようなもの。

神聖ローマ帝国すら、諸侯と教区と修道会に属する騎士団領とが入り組む形。

要は、誰もまだ君主が全土を統治する国家を理解出来ない状態。


古代にはあったし、百年ちょっと前にはビザンツ帝国がそれなりに皇帝独裁でやってたんですが。

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