第17話 「冬川景子の焦り」
二晴に説明を促された冬川は内心焦っていた。一誠の計画書の完成度と、誠司の落ち着いた様子を見て、これは金利差では勝てない――そう直感していた。
確かに金利差はある。0.35%の差は大きい。仮に20年返済とすれば、総利息の差は約1億円以上にもなる。だが、月々の返済差にすればわずか50万円程度。相続税といえど実質的には会社への融資と変わらない。YUZUNOKIの売上・利益規模を考えれば、この差はせいぜい「店長を一人増やす程度の話」でしかなかった。
(こんなことなら最初からYUZUNOKIに直接融資を申し出れば良かった。いきなりメインバンクとは無理でも、時間をかけていけばのぞみ銀行の貸付金シェアを確実に拡大できた筈なのに)
冬川は心の中でそう呟いていた。そもそも乗り気ではなかった気持ちも相まって、今さらながら隣に座っている桜庭に不満の一つもぶつけたい気持ちだった。今日この場に桜庭が同席しているのも、実のところ冬川が無理やり連れてきたものだった。冬川は桜庭に二晴についての懸念を伝えた時の桜庭の軽い返答を聞いて、桜庭には何か秘策か、もしくは二晴で勝てるという事情があるのではないかと思った。そう思っていたのだが、桜庭が同席するつもりがないと知って冬川には珍しく狼狽した。
(なんてこと――これでは全て私の責任になってしまう)
そこで「この融資で上長が顔を出さないことは先方が不審に思います」「私一人に手に負えるような話でありません」と散々桜庭に言って同席させた。それでも桜庭からは何の指示もなく冬川に任せっきりだった。とはいえもともと指示された仕事はこなさなくてはならない。勝たなくてはならない。そして、失敗すればその責任は自分ひとりが背負うことになりかねない。いや、なりかねないと言うよりむしろ桜庭のスケープゴートとして私は選ばれたのではないか。
彼女はそうした容赦のない立場も理解していた。冬川の胸の内に憤慨したものが溜まっていた。
「一誠さんのご計画は素晴らしい内容だと思います。私共といたしましても大いに賛同できるものです。ですが、会社として、借りられる金利は低い方が良いことは間違いありません。ただ0.8%という金利は……失礼ながら、長年の付き合いに銀行が胡坐をかいたものではないでしょうか」
冬川は不本意ながらこの場にいない地銀を攻撃するという手段を選んだ。さすがの冬川もとっさの判断ではその程度しか思いつかなかった。その横で、二晴は満足げにうんうんと頷いている。彼女はその後も得意の数字を用いながら「20年返済で利息が1億円以上変わること」「地銀ではそれ以上の追加融資を頼むとなった場合、懸念点が生まれかねない」等々懸命に説明を続けた。
「――以上になります」
と終えた冬川の言葉を誠司が静かに引き取った。
「二晴からは何か付け加えることはあるか?」
二晴は、ほんの一瞬だけ言葉を探すような素振りを見せたが、何も言わなかった。15億円の追加融資枠にしても、勝つとわかっていれば言う必要はない。それにわざわざ借金を増やすことはない――という心境になっていた。
「何もなければ少し休憩にしようか。冬川さんもお疲れでしょう。再開は10分後に」
そう言って誠司は席を立った。




