第2話:オーバーナイトの真実
装置の精度を維持するために22℃に保たれた部屋は快適なはずだが、 6月の淀川沿いを歩いてきた後だと妙に涼しく感じる。
――いや、涼しいというか、寒い。
昨日、小山が言っていた。
「もともと病院の霊安室だったところ」
拓は首を振った。
(――変なこと考えるな)
幽霊なんかいない。
いるのは、不具合を起こしているシステムだけだ。
「それではサンプルをセットして、記録を開始します」
と言って研究員がスタートボタンを押したのが、5時間前。
今はまだ二十二時。
夜はこれからだ……
*
……午前二時五十分
持ち込みが許された缶コーヒーの最後の一滴を舌の上に落とした。
たった一人の友人を失ったような、寂しさを感じた。
だがシステムはそれを嘲笑うかのように、冷徹に動作を繰り返していく。
「もう三時か……」
心の声が振動となって発せられた瞬間、
――カシュン と言う音とともに、システムが停止した。
拓は息を呑んだ。
「……掴んだ」
心臓が早鐘を打つ。
5時間待った。缶コーヒー3本空けた。
そして、ようやく――
幽霊のしっぽを掴んだ。
拓はすぐにログファイルを保存した。
問題が起きた瞬間の記録。
これを逃してはいけない。
*
翌日。
オフィスに戻った拓は、開発者向け資料とにらめっこを続けていた。
素人ながら何百行ものログファイルを読み解いて、怪しい個所を見つけた。
大量の画像を転送した直後、インターバルの待ち時間を使い切ってエラーメッセージを発しているのだ。
「おかしいな、これくらいで転送が遅れるとは考えられない」
納得がいかない拓はもう一度大学に戻って確認した。
装置の裏に回って配線を確認していると、データ転送用に使用しているLANケーブルに違和感を感じた。
分析装置にも外部デザイナーを採用して、デザインにこだわるM社が使用しているケーブルとは違うものだ。
太さもかなり貧弱だ。
その場で東京にいるサービスに電話してみると、納品作業をしたエンジニアの嶋田が出た。
「あ、そうなんですよ。ケーブルが欠品してたので近くの電器屋で買って対応しました」
東京のサービス担当・嶋田の声は、電話口で悪びれる様子もなかった。
拓は受話器を握りしめた。
M社の悪い癖だ。
工場でも現場でも、手順の確認が足りない。
だから、こうしたマイナートラブルが絶えない。
営業所で正規品を確保し、配線をやり直す。
ログを取りながらテストを繰り返した。
転送時間が短くなり、待機時間を使い切ることもなくなった。
――これで、いける。
小山と一緒に道木教授室に説明に向かった。
*
「ご迷惑をおかけしました」
拓は、深く頭を下げた。
「正直、期待してなかったんだが」
道木教授は、腕を組んだまま言った。
「解決してくれて助かった。実際に返品するとなると、選定に関わった多くの者がトラブルに巻き込まれるところだった」
拓は顔を上げた。
教授が、初めて笑っていた。
「君は、南條とは違うな」
その言葉の意味を、拓はまだ完全には理解していなかった。
ただ一つだけ、確かなことがあった。
――ここで、認められた。
教授室の窓から、初夏の陽光が降り注いでいる。
淀川の向こうに、大阪の街が広がっていた。
拓は窓の外を見た。
大阪での戦いは、まだ始まったばかりだ。
南條の謎。
一括請求の罠。
そして、外資という戦場の本当の姿――
拓の戦いは、これからだ。
だが、今日という日を、彼は決して忘れないだろう。
午前三時、たった一人で戦った夜。
そして、誰かに認められた朝。
拓は研究室を出た。
廊下に、明るい光が満ちていた。
(第1部・完)
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あとがき
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
「ガイシ」第1部は、ここで一旦完結とします。
展示会の夜から始まった中原拓の物語。
事業部閉鎖、外資への転職、そして大阪へ──
午前三時、たった一人で戦った夜。
拓の戦いは、ここで終わりません。
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新シリーズ始動
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『外資サバイバル』第1弾
【午前三時の外資営業 ―― 大阪支社は問題児だらけ】
南條との対決。
一括請求の罠。
そして、外資という戦場の真実──
中原拓の本当の戦いが、始まります。
新シリーズで、またお会いしましょう。
これまで応援してくださった皆さま、
本当にありがとうございました。
次は、もっと熱く、もっと面白い物語を。
――原崎令一
作者マイページ:https://mypage.syosetu.com/2975831/
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