第1話 大阪の歓迎、通じないロジック
「お前、俺をクビにするために来たんか」
いや、そんなこと聞かれても困る。
僕、今日からなんですけど。
乾杯したばっかりなんですけど。
泡もまだ残ってるんですけど。
南條さんは真顔だった。
「誰派や。藤堂か?本社か?」
派とか知らない。まだメールの署名も覚えてない。
「俺はまだ辞めへんど」
はい。僕もまだ始まってませんど。
――歓迎会って、もっと楽しいもんじゃなかったっけ。
*
翌日。
まだ気まずい気持ちで営業車を運転する拓のとなりで、南條は寝ていた。
「ほな、行こか」
昨日のことなど何も覚えていないかのような今朝の一言に、むしろ清々しさを感じた。
――この人、本当に覚えてないのか? それとも、覚えてないフリなのか?
どちらにせよ、拓は黙って南條の客先へ車を走らせた。
「南條さん、いい加減にしてください。こんな使えない機械、もう返しますよ」
今年製薬メーカーから研究室ごと移動してきた道木教授の声は、真新しい白い壁に鋭く突き刺さった。
空調の音まで止まったように、誰も動かない。
代理店の若い営業が息を呑む。
沈黙の中に、立場の力学だけが露わになった。
*
帰りの車で南條が言った。
「中原。大阪では、怒らせたもん勝ちや」
その言葉の意味を、拓はまだ理解していなかった。
ただ一つだけ確かだったのは――
この男が、外資のロジックの外で動く人間だということだ。
*
小山という、その若い営業から電話があったのは、オフィスで帰り支度をしていた時だった。
「中原さん、もう困ってますねん」
*
翌日、大学近くの喫茶店で小山の話を聞いた。
「道木先生に納めた装置なんですが……」
大手製薬メーカーで順風満帆だった道木教授が、大学から強いラブコールに答えて、新しい研究室を立ち上げたのが4月。
M社の装置はその中でも、生きた細胞内での薬効を24時間観察できる、目玉装置として学長決裁で採用されたものだった。
しかし、4月に納品されてからオーバーナイトでの実験記録に、一度も成功していないという。
「正直言うて、装置に詳しい人が誰も大阪におられへんのです」
小山は続けた。
「東京から来はる人も二時間くらい動かして、『問題ない』って言うて帰らはるんですけど、
結局同じなんですわ。
このままやと、装置を納めたうちの会社が出入り禁止になってまうんです」
大学の調達ルールは非常に厳格だ。
メーカー責任の故障でも、直接契約した代理店にペナルティが出る。
「分かりました、一回実験に立ち会わせてもらってもいいですか?
オーバーナイトで観察するサンプルが出たところで」
小山の表情が、少しだけ明るくなった。
「ほんまですか?
明日の夕方にはサンプルが出るそうです」
*
喫茶店を出ると、夕暮れの淀川が赤く染まっていた。
「あ、そうや。言い忘れてましたけど……」
小山が振り返った。
「この研究棟、もともと病院の霊安室だったところに作られてますので」
拓は足を止めた。
「ちゃんと準備して臨まはった方がよろしいと思いますよ」
小山は真顔だった。
――なんの準備がいるんですか。
缶コーヒー、多めに買っていこう。
それだけは確かだ。
この第三章のテーマは、「対決」です。
問題を発見した拓は、それとどう向き合うのか?
「ガイシ」は毎週金曜日20:00頃に更新します。
感想やブックマークで応援いただけると、とても励みになります。
引き続きよろしくお願いします。
*本作はフィクションですが、登場する企業文化や会話の多くは、現実の外資系ビジネス環境を取材・体験した上で構成しています。




