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ガイシ ー 夜の展示会からはじまる外資サバイバル  作者: 原崎 令一
第一章(序章):展示会の夜 ー すべてのはじまり(日系企業編)

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第2話 掴めない手応え、そして運命の出会い

展示会二日目の朝。


 会場のガラス壁に冬の光が跳ね、床がまぶしく光っている。

 徹夜明けの身体に、コーヒーの苦味が刺さった。


 起動ランプは規則正しく点滅し、占い機は何事もなかったように動き出した。

 開場と同時に人の波。子どもが笑い、親がスマホを構える。


 ――昨日の地獄が嘘みたいだ。


 だが、笑いは笑い、数字は数字。

 名刺は集まるのに、商談は浅い。


 「面白いね」「社に持ち帰ります」――その先へ届かない。

 手応えの輪郭を掴みかけては、指の間を滑っていく。


 夕方、十七時の終了アナウンス。

 同僚が飲みに誘ってくる。


 「悪い。少しだけ電話してから帰る」


 ブース裏の休憩スペースで、拓は携帯を取り出した。

 十件かけて、九件はやんわり断られ、一件だけアポが決まる。


 数字にすれば小石一つ。けれど、確かに自分の手で動かした一件だ。


 (まだ沈んでないだけ、マシか)


 テーブルに突っ伏し、乾いた笑いが漏れる。

 平泳ぎの練習を思い出す。


 がむしゃらに水を押しても、抵抗が増えるだけだ。

 呼吸、リズム、角度――フォームを見直すたび、昨日より少し速くなる。


 ――営業も同じだ。押すな。掴め。


 相手の呼吸に合わせて、流れに乗れ。


 *


 三日目、最終日。


 朝からS課長の声が響く。


 「今日は業界の大物が講演するシンポジウムがある。関係者も会場を回るかもしれん。気を抜くなよ」


 それだけ言い残し、課長は資料を抱えて本部ブースへ向かった。


 拓は小さく頷き、展示機のホコリを布で拭いた。

 指先の感触が、どこか水面に似ていた。


 ――今日が、最後の泳ぎだ。


 開場。


 占い機は快調、笑い声は戻った。

 けれど、手応えはまだ浅い。

 焦りが喉の奥に、少しずつ溜まっていく。


 そのとき、列の最後尾に違和感。


 フリースに古いダウン、ジーンズ。

 作業現場の匂いをまとった五十代の男が、静かに順番を待っている。


 男の番が来た。

 操作盤に手を置く手の形が、妙に美しかった。

 無駄がない。力で押し潰すのではなく、正しく捉える手。


 「……この発想、悪くない。怖がらせて、ちゃんと笑わせる」


 男――水野は操作盤を撫でるように触れた。


 「技術の使い方が上手い。……だが、箱だけじゃ人は動かない」


 「ありがとうございます。この製品を担当している中原と申します」


 慌てて名刺を差し出す。


 「君が作ったのか?」


 「いえ。私は営業です。ただ、現場の反応を見て少し仕様に口を出しました」


 男の目がわずかに光る。

 理解した人間の目だった。


 「やっぱりな。君には現場の匂いがある」


 名刺が差し出される。


 スカイウィング・テクノロジーズ株式会社 代表取締役社長 水野修一。


 息をのむ。

 大手テーマパークの運営、そして国産ジェットコースターメーカーを抱える巨大グループ。

 ニュースで見た名だ。だが、目の前の男は朴訥な技術者にしか見えない。


 「箱、ですか?」


 「演出、仕掛け、ギミック。どれも大事だ。でもね――」


 視線が拓の目を捉える。


 「魂を入れる過程がなければ、ただの電飾だ」


 胸の内側で、何かが音を立てた。


 ――魂。


 父が融資で地域の病院を支えた話、プールで“水を掴む”感覚。

 すべてが一本の線になる。


 「君、営業は何年やってる?」


 「三年目です」


 「中原くん。君は“掴む”ことを知っているな」


 「……“押す”のが下手で」


 水野は笑った。


 「押すのは誰でもできる。掴むには、時間が要る」


 そのとき、背後から声が飛ぶ。


 「中原、こっちは任せろ」


 S課長だった。


 するりと前へ出て、水野に手を差し出す。


 「いつもお世話になっております。私がこのブースの責任者をしております。」


 握手。名刺交換。会話の主導権は、自然に課長の側へ移った。


 拓の存在は、そこから滑り落ちる。

 会場のざわめきが少し遠くなった。


 胸ポケットに残るもう一枚の名刺――昨日、電話で取った小さなアポ。

 小石は小石だ。それでも、水面は確かに揺れる。


 (焦るな。押すな。掴め)


 閉場のアナウンス。照明が落ち、フロアに薄闇が降りる。


 水野は最後に、拓へ視線だけを返した。


 “また会おう”とでも言うように。


 その夜、拓の胸には不思議な静けさがあった。


 魂を入れる過程。掴む感覚。


 まだ沈んでいない。まだ、泳げる。


 ――水面下で、次のキックのタイミングを探す。


(つづく)

ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます。


今回投稿した『ガイシ』の『第一章(序章):展示会の夜 ー すべてのはじまり(日系企業編)』は、中原拓という一人の青年が「技術」や「上司」や「環境」と格闘しながら、仕事の意味を掴もうとする物語でした。


もし少しでも心に残る場面があったら、ブックマークや★、コメントで教えていただけると励みになります。


*本作はフィクションですが、登場する企業文化や会話の多くは、現実の外資系ビジネス環境を取材・体験した上で構成しています。

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