後
数日後。学園を休んでからは毎日我が家に押しかけてきて喚いていたルインを嫌々応接室に通すと、私と顔をあわせたとたんに「ファニーに騙された」とごね始めました。
散々迷惑をかけられた上に2度と関わらないと誓った私に謝罪の言葉もなく、よりにもよってリエルの前で私がルインを愛していているから再婚約してやるなんて当り前のように言い出すなんて。
心の底から気持ち悪さを感じるとともに、嘘で自分をごまかしすぎてついに妄想の世界しか見えなくなったのかと正気を疑いたくなります。
一応「私に一切関わらない」という魔術誓約に違反する言質を充分すぎるほどとったところで、見守っていたリエルにうなずくと彼は素早くこちらに来てくれました。
驚いて立ち上がろうとしたルインにリエルが指をすっと動かすと、石のように固まってソファに座り直します。
「申し訳ありませんが、これ以上興奮されて話し合いに差し支えると困るので拘束させていただきました。さて、私は以前こちらの家で婚約白紙の手続きをした際に、あなた方侯爵一家がこの伯爵家と『今後一切関わりを持たない』と魔術誓約を結んだ魔術師です。このたびは誓約の違反を確認し罰するために参りました」
「な、おまえはあの時ファニーと話してた亡霊みたいな白髪の魔術師!? そうかっ、おまえが金持ちで王宮に顔が利くマリーの親父のコネを狙ってマリーをたぶらかそうとして、邪魔な俺にわざとファニーをけしかけたんだなっ!? 最近マリーがやたらと魔術師のことを話してるからおかしいと思ってたんだ! マリーっ、おまえもその偽魔術師に騙さ……ひっ」
リエルをこんな小汚い男が貶めたことに猛烈に怒りを感じて、私が久しぶりに殺気をこめて威嚇するとルインは情けない悲鳴を上げてすくみます。
と、罵声をまっすぐに受け止めていたリエルが、清流のような冷たく澄んだ声で告げます。
「以前にも申し上げましたが。私は王宮魔術師のリエルと申します。あなたと婚約をしていたマリー嬢の名誉を守るためにも、もう1度だけ一連のできごとについて説明いたします。魔術誓約にも関わることですので。良くお聞きになられるよう」
リエルの声は静かながら圧がこもっていて。ルインは気圧されたように大人しくなりました。
「まず、私がファニー嬢の身辺調査を行ったのは、マリー嬢と伯爵様からの依頼によるものです。
マリー嬢とそのご友人方は、あなたを含む複数の男性たちとファニー嬢の非常に不適切な行いに魔術が関わっているのではないかと考えて、王宮魔術師の私に調査を依頼されました。
私と同僚たちが調べた結果。ファニー嬢からは魔力が漏れており、相性の良いあなた方を魔力酔いさせていることがわかったので、彼女の命を守るためにすぐさま魔力を封じました。
そして、あなた方が確かに魔力酔いをしていたことを証明するために、ファニー嬢の魔力を封じる前と後のファニー嬢とあなた方の行いの証拠映像を撮って、マリー嬢とご友人方の家のご当主方に報告と合わせて提出しました。
私が受けた調査依頼はこれで終わりましたが。
その後、各家の当主の方々に改めて依頼を受けて、婚約破棄の手続きへの立会いと『あなた方ご一家が今後一切伯爵家に関わらない』という魔術誓約の締結を行いました。
結論を申し上げますと。あなた方はファニー嬢の魔力で魔力酔いを起こしその間は判断能力が鈍っていましたが。魔力酔いが冷めた後の行動はすべてご自身の意思によるものだったと、改めて魔術師リエルの名に誓って証言します」
最初はなぜか私に期待の目を向けていたルインですが、リエルの言葉にだんだんと現実がわかってきたのか青ざめていきます。
リエルは気にせずに淡々と語り続け、少し声を低くしてこう続けました。
「同時に、魔術誓約締結後にあなたがマリー嬢個人に物理的に接近、および、マリー嬢と伯爵家に誓約をかいくぐって関わりを持とうと周囲の高位貴族たちに遠回しに援助を求め、彼女たちが自発的にあなたに会わざるを得ないようにすべく圧力をかけたこと。
そして、今私の目の前で彼女に無理やり復縁を求めて脅迫したこと。そのすべてが極めて悪質であり誓約者である伯爵家に対して誓約を守る意思はないと、判断しました。
――よって、誓約を結んだ魔術師リエルの名において速やかに罰を執行させていただきます」
リエルの良く通る声はまるで騎士が繰り出す必殺の突きのような鋭さをともなって青ざめたルインに突きつけられました。
しかし、往生際の悪いルインは顔を醜く歪めて喚きました。
「う、うるさいっうるさいっうるさいっ!! この薄気味悪い白い悪魔が!! おまえは他の連中と違って見た目も醜いから、その魔力で馬鹿なマリーを操ったんだろう!! まんまとマリーをたぶらかして、俺をすべての悪者にして捨てるように仕向けたお前の証言なんか信用できるか!! おぞましい悪魔めっ、おまえらさえいなければ俺はこんなことにはならなかったんだ!!」
どこまでもリエルを蔑む目の前の男に、私は熱いものがこみあげてきて立ち上がりました。
「黙りなさい!! 魔術師様は依頼を受けた時に、依頼主とその関係者に対して真実を伝えると魔術誓約を結ぶのよ!! 依頼主の私の前でリエルが言ったことはすべて真実よ!! あんたなんかいつも自分のために嘘ばっかりついて、他人に嫌なことを押しつけて逃げ回る妄想勘違い男のくせにっ!! 小さい頃に1度会っただけの人間を恩人だってずっと覚えていてくれて、一生懸命努力して、私が困ってた時に大丈夫だって安心させて助けてくれたっ。優しくて頼もしくて誰よりも素敵な魔術師様のリエルを侮辱するなんて絶対許さないんだから! この世で一番汚い人間がリエルに近づくな!! 消えなさいっ!!」
最後は怒りのままに叫ぶと、なぜかルインは全身をびくんと跳ねさせて白目をむいて気絶してしまいました。
ぐったりした姿に慌てると、メガネの隙間からでも見えるぐらい大きく目を見開いて私を見つめていたリエルが、はたと我に返ったように首を振ります。
「大丈夫です、単に誓約の一端が発動した余波でしびれているだけです。……僕の名誉を守るために怒ってくれてありがとうございます。こんな時に不謹慎ですが、マリーさんにそう言ってもらえてとてもうれしいです」
微笑むリエルは今まで見た中で一番きれいで。思わず声もなく見とれていると、ルインのうめき声が聞こえました。
とたんにリエルはどこかひんやりと冷気を漂わせた仕事中の顔に戻ってしまい、私はどこまでも邪魔な男をきっちりしめておけば良かったと悔しく思いました。
―――
「……さて、誓約者であるマリーさんからの許可もいただきましたし。あなたには今度こそ誓約を守っていただきます。一応伝えておきますが。相手からの愛を感じられないと愛せない、というのがあなたが失敗した原因です。今度があれば自分からも愛を伝えるのですね」
リエルがルインに魔術をかけるとルインの全身が一瞬輝いてまた気を失いました。
その後、リエルが透明な水晶玉のような物を取り出してルインに近づけると、白いもやが出てきて水晶玉に吸い込まれていきました。
リエルは何だろうと私が首を伸ばして見ているのに気づくと隠すようにそれをしまって、いつものようににっこりと笑いました。
「終わりました。この人は今度こそ誓約通り2度とマリーさんに関わることはありませんので、ご安心を」
「ありがとうリエル。でも、今のって何をしたの?」
「これは彼の中のマリーさんの記憶です。この人が魔術誓約を結ぶ時に『本物の愛の邪魔だ』と言っていましたので。たっぷりと迷惑をかけられたことへの対価としていただきました。……戻した方が良いですか?」
なぜか悪いことをした子どものようにおそるおそる私を見るリエルに、私は首を振りました。
「ううん、私としてもその男からきれいさっぱり忘れられた方がうれしい。リエルが欲しいなら持っていって」
「そうですか。では、ありがたくいただきますね」
リエルはすごくうれしそうですがそんなに面白いものなんでしょうか。まあ、他人の記憶なんて貴重そうですし何かの研究に使うのかもしれません。
部屋の外に待機していた使用人たちを呼ぶと、彼らは素早くルインを回収してお茶とお菓子を用意し、リエルには恭しくお辞儀をし、私にはにこやかに笑って去って行きました。
私に向けられた熱い視線の意味はよくわかりませんが。ものの数分で何もなかったようにきれいに整える手際の良さはさすがです。後でボーナスを弾みましょう。
リエルと並んで座って紅茶とお菓子を勧めると、いつもなら喜んで手を伸ばす彼は何か決意を決めた表情で私に話しかけてきました。
「マリーさん、その、さっきのことなのですが……。僕と前に会ったこと、姉上に聞いたんでしょうか?」
「うん。前にシルフィーナ様に教えてもらった。ごめんね、リエル。私、あなたと会ったことすっかり忘れていたわ。それに、こんな立派な魔術師様をうちの弟と同じように雑に扱ってごめん」
「そんなことありません! 僕はあの時知らない場所で先生がいなくなってパニックになって、優しい人たちに声をかけられても泣きながら逃げまわっていたのです。でも、マリーさんは僕を追いかけてきてくれて、僕の手を引いて伯爵様のところに連れて行ってくれたのです。おかげで、僕はトラブルに巻き込まれることなく無事に先生のところに戻れました。マリーさんは本当に僕の命の恩人です」
リエルはうれしそうに笑いますが、私はその時の記憶がないことが残念でたまりません。
リエルの感謝の言葉が想像でしか理解できないのはすごく悲しいですし。何より幼いリエルはそれはもうふわふわの子猫のようにかわいかったでしょうに……。
後で記憶消去の依頼をしたであろうお父様にやつあたりをしておきましょう。
「でも、マリーさんとはろくにお礼も言わずにそのまま別れてしまって、すごく後悔していたのです。また会えてこうして話せてとてもうれしかったです。……これで伯爵様から受けた依頼はすべて終わりましたので、次に会える時は正式な場になるでしょうが。その時までマリーさんもお元気で。何かお困りのことがあったら僕……だと伯爵様がお許しにならないかもしれないですね。姉上宛にお手紙をください」
穏やかな笑顔で突然別れを告げるリエルに私は慌てました。
―――
「ちょっと待って!! お父様の依頼ってどういうことなの!? もう会えないって何で!?」
慌てふためく私にリエルは驚いたように固まりましたが、すぐに申し訳なさそうな表情に戻りました。
「ああ、すみません。マリーさんは知らなかったのですね。僕も伯爵様のお考えのすべてはわからないので、知っている範囲でお話しますが。伯爵様はあの彼が誓約を守らないことを確信しておられ、焦れた彼が誓約を確実に破る時まで僕にマリーさんの護衛を依頼していたのです。ですから、僕は今日まであなたを見守りながら彼が誓約を破った証拠を集めていました。
……本来は違反者に罰を与えるのにここまで手の込んだ仕掛けをしなくても良いのですが。マリーさんを逆恨みしているようなので、彼にとって一番厳しい罰を与えました」
リエルは最後は安心させるように言いましたが。私がそんなことを聞きたいんじゃないと顔をしかめると、困った様に私を見つめてやわらかな声で続けます。
「依頼はこれで終わりましたので。僕としても残念ですが、これからは魔術師の僕が伯爵家のご令嬢のマリーさんと個人的に会えるのは伯爵様のお許しを得られてからになります。……依頼者のマリーさんに最高の褒め言葉をいただけて僕は今すごく誇らしいです。それに魔術師の僕を友だちと呼んでくれたマリーさんにいろんなことを教えてもらえてとても楽しかったです。ありがとうございます、マリーさん。あなたは僕が今まで会った中で一番優しくて誠実でとっても素敵なご令嬢です」
その言葉に私ははっと気づきました。
リエルは王族に仕える王宮魔術師という立派な人物ですが、私が所属する貴族社会にとっては違う世界の存在です。
諦めの悪いルインが周りを巻きこんだせいでただでさえ好奇の目で見られている私が、婚約破棄をする時に誓約魔術の依頼をした異性の若い魔術師と親しく交流していたら。リエルも私も醜聞好きの貴族たちの格好のスキャンダルになるでしょう。
現実を知る大人として貴族の当主として、お父様は魔術師のリエルに忠告したのかもしれません。
……私も本当は気づいていました。お互いに住む世界も性別も違う私たち2人は、例え親しい友人としてでもいつまでも一緒には過ごせないのだと。
でも、リエルはいつも私の話を楽しいと言ってくれましたが、私もリエルが話してくれる日常に加わることを夢見ていました。そして、いつからか願っていたのです。
――この先もずっとリエルと一緒にいられますように、と。
だって、私にとっていつも私を優しく笑って出迎えてくれるリエルと会える時間が一番の幸せなのです。
リエルが好きなのです、愛しているのです。今さらそれに気づいて目頭がじんわり熱くなってきました。
「……リエル、いつもそうやって私のことを気遣ってくれてありがとう。私、あなたのそういう優しいところが大好き。こんな事言ったらあなたの優しさに甘えて困らせてるってわかってる。わかってるけど、でも、お願い。あなたへの言葉を言わせて」
「……はい。僕はマリーさんの言葉なら何でも聞きたいです」
こんな時でもリエルはいつものように穏やかに笑って私をまっすぐに見つめています。その優しくも残酷な表情に目から熱いものが溢れました。
「私、リエルが大好き。私を助けに来てくれたあなたと初めて、ううん、また会った時から愛しているの。一緒にお喋りして、お菓子を食べて。真剣な顔で魔術の鍛錬をして、魔術師様たちと難しい話を語り合って。リエルのいろんなことを知って一緒に過ごすのはとっても楽しいの。
でも、一番好きなのは。いつも会いに行くと私を出迎えてくれる、あなたのとっておきの笑顔を見るのが一番幸せなの。それなのに、もうあなたに会えないなんて、嫌。私、リエルと一緒にいたい。もう離れたくない……っ」
―――
「マリーさん……」
リエルの顔がまともに見られなくてうつむいた私に、彼は困った様な声を出します。
わかっています。リエルにとって私はこの先も依頼主になる可能性がある貴族です。誇り高い魔術師の彼が、仕事で関わる相手に自分の本心を持ち込むはずがありません。
今回の件だっていくら個人的に私に親しみを感じてくれていても、心のどこかでは貴族令嬢として一線を引いて接していたのでしょう。それが私が恋した魔術師リエルなのですから。
いつまでも泣いていてはリエルにみっともない姿としてこの先ずっと覚えられてしまいます。
ハンカチで乱暴に目元をぬぐって涙を止めようとすると「いけません」とリエルの声がして、そっと手をとられてハンカチ越しにリエルの意外と大きな手の感触を感じました。
魔術を使っているのか目がひんやりとします。そして、それと同じぐらいリエルの心地よい声が聞こえます。
「マリーさん、すみません。僕は気が利かないのでこんな時どうしたら良いのかわからないのです。だから、そのままで聞いていただきたいことがあるのですが、良いでしょうか」
「う、うん。私もリエルのことなら何でも聞きたい」
「……ありがとうございます。僕のせいでマリーさんを泣かせてしまった上に、こんな時に言うべきではないのですが。でも、僕も今どうしてもマリーさんに伝えておきたいのです。……僕もマリーさんが好きです。マリーさんと今度はずっと一緒にいたいです。だから、マリーさんが良かったら僕と婚約してください」
「婚約っ!? 私が魔術師のリエルと婚約していいのっ!? だって、貴族はあなたのお仕事の相手だし、迷惑がかかるんじゃ……。うん、だったら、私貴族やめるわ!!」
リエルも私が好きという言葉に心と体が喜びで弾けそうになった後、いきなり婚約という言葉を聞いて私は大混乱しました。
一方、彼は自分が特大の爆弾発言をしたというのに気づいていないのか、いつものようにおっとりと続けます。
「落ちついてください、マリーさん。王宮魔術師と貴族子女の婚約は珍しいですが、過去にもありましたので伯爵様が許してくだされば大丈夫です。そして、僕たちの仕事は貴族に関わることもありますが。僕や僕の身近な人々の身の安全と個人情報の守秘は王家との魔術誓約で保証されていますので。どうかマリーさんも安心してください、もちろん貴族をやめなくて大丈夫です」
「そ、そうなんだ……。は、はは。や、やだ、私ったら1人で勘違いして……わぁぁ」
勝手に1人で勘違いして盛り上がって大好きなリエルに勢いで涙でぐちょぐちょな顔で告白だなんて。
自分のことながら恥ずかしすぎて今すぐ自室に逃げ帰りたいです。ああ、何で私はこんなにおっちょこちょいなんでしょうか。
過去最大の恥ずかしさに悶える私とは対照的に、リエルはいつも通り天使のような優しい笑みを浮かべているのでしょう。いつもは頼もしいその冷静沈着さが今だけはものすごく恨めしいです。
しかも、こんな時だけ空気を読まないリエルは少しだけ笑いを含んだ声で、悪魔のように無慈悲な追い打ちを繰り出してきました。
「ふふ、そんなことありませんよ。マリーさんに愛しているととても熱心に言われてとてもうれしかったです。僕としては伯爵様が婚約の条件として出された今回の依頼を達成して、きちんとお許しをいただいて。それから日を改めて僕からマリーさんに正式に婚約を申し込むつもりだったのですが。思いがけずマリーさん本人から先に承諾をいただいたので、伯爵様との交渉も穏やかに済みそうです」
……どうやらお父様はリエルと何やら勝手に裏取引をしていたそうです。
それはまあ私が伯爵令嬢である以上、どんなに望んでも当主の許しを得なければ婚約はできませんから、リエルのやり方は正しいと思います。
が、しかしです。私はリエルの思わせぶりな言葉で勘違いして自爆してとても恥ずかしい思いに苦しんでいるのにですよ。
良く考えたらリエルは涼しい顔で恰好をつけて私へ婚約を申し込むなんて不公平ではないでしょうか。
……ええ、いけませんね。魔術師と魔術師の婚約者になる2人なのですから、きちんと公平にいきませんと。
「……リエル? 1つだけお願いしてもいいかしら?」
「は、はい。何でしょうか……」
私の低い声に心なしかリエルの声に怯えが混じります。
私はそっと外したリエルの手とハンカチをきゅっと握りしめて、どこか引きつった顔をしているリエルににっこりと笑いかけました。
「私、リエルの顔が見たいわ? だって私たちお互いに好きで婚約者になるんですもの。今さら恥ずかしいなんて言わないわよね?」
そして私は油断したリエルに飛びついて、悲鳴を上げて固まった彼からメガネを取り上げました。
耳まで真っ赤に染まったリエルの緑色の目は涙で潤んでいましたが。
やっと見られたリエルのちょっぴり崩れたかわいい顔に私も幸せいっぱいになって「これでおあいこね」と彼が逃げないようにぎゅっと抱きつきました。
―――
その後、私はリエルと一緒にお父様に会いに行って婚約を結びたいと伝えました。
お父様は魔術師と令嬢は苦労するだの、もう少しお互いを知ってからだのと渋っていましたが。
いろんな感情が突き抜けすぎてかえって冷静になった私が
「リエルとの婚約を認めてください。お父様も裏でこそこそ企んでいたのですから、こうなることは想定していたでしょう。許してくれなかったら魔術師様たちに頼んで駆け落ちします」
と、真顔で迫るとお父様は諦めたようにうなだれてすぐに許してくれました。
なぜかリエルも「マリーさんが怖い……」と若干引いていましたが。私は腹黒なお父様と時々小悪魔になるリエルに似たのです。
一方、シルフィーナ様は婚約の顛末を聞いて「もう少し情緒を教えておくべきだったわ」と頭を抱えていましたが、最後に私がメガネをとったことにはけらけら笑ってガッツポーズをしてくれました。
「あはははっ。マリーちゃんはやっぱり最高だわ!! エルのヘタレなプロポーズを受けいれてくれてありがとうね。あの子ったらず~っと『立派な魔術師になる』って言い張って鍛錬一筋だったから。素直そうに見えるけれど、結構頑固でかっこつけたがりなのよ~。その調子でマリーちゃんがやりたいようにやっちゃって」
言われてみるとリエルとは想いを伝えあって無事に婚約を結んだものの。まだどこか私に気を遣って遠慮しているところがあります。
思い当ることがあって無意識にむむむとうなると、シルフィーナ様は悪戯っぽく笑いました。
「あらら、エルの頑固にも困ったものねえ。じゃあ、お姉さんがかわいいマリーちゃんにとっておきの秘密を教えてあげる」
リエルのとっておきの秘密を聞いた後。
この先お互いに価値観や生活の違いで苦労するだろうと心配したシルフィーナ様とお母様は熱心に話しあい、リエルは正体を隠して私と一緒に学園に通うことになりました。
しばらくして。家に遊びに来たリエルと学生生活についてひとしきり盛り上がった後、私はそっと手を伸ばして隣に座るリエルの手に重ねました。
とたんにリエルは照れと困ったが混ざった顔でおそるおそる私の様子を伺ってきます。
顔を真っ赤にしてかちこちに固まっていた時よりもマシになったとはいえ警戒しすぎではないでしょうか。
地味に傷ついた私はシルフィーナ様に教わった”必殺技”を繰り出すことにしました。
「ねえ、リエル。私たち正式に婚約を結んで婚約者になったのよね」
「はい、そうですが……。何か気になることがありますか?」
リエルはとたんに不安そうな顔をします。
そんな顔をされると私も心苦しいのですが、今ばかりは気を引き締めてリエルを説得するためにきりりとした顔をします。
「うん。あのね、リエル。私は魔術師のリエルも私の恋人のリエルも愛してるわ。かっこいい魔術師のリエルも、こうやって一緒に楽しくお喋りしてリエルもどっちも大好きだもの。あ、顔はメガネを外してる時が一番好きだけど。……えっと。だからね、リエルが一番好きだからね」
「は、はい……。ありがとうございます。僕もマリーさんが大好きです。学園に入ったら毎日こうやって一緒に過ごせると思うと、今から楽しみです」
精いっぱいリエルに好きを伝えるとリエルはふんわり笑って返してくれました。
……よし、リエルは完全に油断しています。さあ、防御がゆるんだ隙にがんばってシルフィーナ様が教えてくれた必殺技で彼の警戒を解きましょう。
「そうね、私もとっても楽しみ。……だから、その前にリエルにお願いがあるの」
「は、はい。何でしょう……」
きょとんとしたリエルの手を両手で包むと、私はリエルを精いっぱい愛らしく見えるように見つめました。
「お願い、リエル。私をあなたの”魔力で酔わせて”ちょうだい」
シルフィーナ様が教えてくれたとっておきの秘密とは、前にシルフィーナ様と悪戯でやった”魔力酔い”です。
シルフィーナ様が言うにはあの時珍しくリエルが激怒したのは嫉妬していたからだそうです。
「エルったら、マリーちゃんが私とすっごく楽しそうにお喋りしていたのを見てやきもちを焼いたのよ~。
元はと言えば、きれいになったマリーちゃんの前ではかっこいい魔術師でいようとして見栄張ってるエルが悪いのに。お姉ちゃんとってもおもしろ……傷ついたわ。
それに、あのメガネだって、マリーちゃん相手だと自分を抑えきれなくてうっかり”魔力酔い”させちゃいそうとか、かわいいマリーちゃんに迫られて情けない姿を見られたら立ち直れないとかなんとか。変な意地を張っているのよ~。
まったくもう初めて会った時からずっとマリーちゃんが好きなのに肝心なところでヘタレで困るわ。マリーちゃん、もうこうなったら思いっきり迫ってエルをとりこにしちゃって」
シルフィーナ様曰く、リエルは貴族令嬢の私にふさわしい存在であろうとして、がんばっていつもかっこいい魔術師として振る舞っているそうです。
確かにリエルはいつだってかっこいいです。でも、私はもっともっと婚約者のリエルに近づいていろんな彼を知りたいです。
呆然としているリエルが気を取り直す前に、私はちょっぴり悲し気な顔をして言い募ります。
「良く考えたら私、リエルに告白した時に泣いていたからちゃんと言えなくて。とっても大事なことだったのにって今もすごく後悔しているの。でね、思い出したのだけれど。前にシルフィーナ様に”魔力酔い”をかけてもらったらすらすら気持ちが伝えられたの。……だから、学園に入学して忙しくなる前に。リエルにきちんと想いを伝えられたらって思ったんだけど……良い?」
言っているうちに恥ずかしくなってきて、シルフィーナ様に特訓をつけてもらった必殺の上目遣いでリエルを見上げます。
すると私を真剣な顔でじっと見つめていたリエルはうなずきました。
「マリーさん……、僕のことをそんなに愛してくれてありがとうございます。僕も同じ気持ちです。姉上に叱られて気づいたのです『好きな人と気持ちが両想いだとわかるのは、人生でもとっておきの幸せの瞬間なの』だと。だから、僕もマリーさんともう一度きちんと向き合って伝えさせてください」
そうして私たちは改めてお互いの気持ちを伝えあいました。メガネを外したリエルの緑色の瞳は今日はきらきらと輝いていて、また私の好きが増えました。
でも、欲張りな私はリエルとの素敵な思い出はいくらでも欲しいです。
だから、私も2人きりの時にはメガネを外して「マリー」と呼んでくれるますますかっこよくなったリエルに「愛している」をたくさん伝えていこうと思います。
私の天使のような魔術師様は時々私の心をとりこにして翻弄する小悪魔な面もありますが。大好きなリエルとこの先も一緒にいられてとても幸せです。