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「人員の整理とは聞いていましが、一度に五人も国に帰して、ここはどうする気ですか」


 アンバーが王太子に言いくるめられていた頃、フェルスタは第二王太子妃エルビラの私室で頭を抱えていた。


「おかげでユールを怪しまれず城外に出せたのでは? 英断と褒めてほしいな」


 淡い褐色の肌にゆるりとした異国の衣をまとったエルビラは、扇で口元を隠し、茶金の髪に映える灰緑色の大きな瞳でフェルスタに笑いかけた。


 輿入れから一年以上、与えられた離宮から出ることなくひっそりと暮らす物静かな女性というのが勝手な思い込みだったと、フェルスタは何度目かのため息をつく。


「確かに、今朝届いていたユールからの報告書は役に立ちましたよ。でも、この離宮がたった七人で回せると思っているのですか?」


「それはレオ殿に願い出ている。早ければ今日にも手伝いがくると聞いてるぞ」


 ハタハタと扇を揺らす第二王太子妃に、フェルスタは、そうですかと呟いて、カップのお茶を一口飲んだ。


 大胆で、手際がいい。

 アンバーとはまた違った意味で利発なエルビラは、フェルスタが知る限り三人いる王太子妃の中で一番その立場にふさわしい人物だ。

 それを隠してずっと大人しくしていたのは、色々と複雑な事情があるそうだ。


 隣国カウダの第三王女であるエルビラは、今回騒動を起こした海運大臣の姪だ。


 この海運大臣というのが代々世襲で継がれる役職で、隣国内でも度々問題を起こす強固な保守派――海路重視派の筆頭である。

 大陸の東方の港として使用できる海岸線のすべてを領地とする隣国は、その港の使用料と安全に港へ入ることのできる海路に使用料を払わせることで各国と対等な立場を得てきた。

 その采配を任されてきた公爵家が、海運大臣である。


 ところが、隣国の現国王はこの方針を撤廃し、港の使用料ではなく積荷と人に課税をし徴収すること、海路に使用料を払わせるのではなく友好条約を結ぶことで海路を公開することで、どの国でも自由に港を使用できるようにしてしまったのだ。

 この政策は功を奏し、船を持たない内陸の国までも港を使用するようになり、世界情勢の変革を起こすきっかけとなりつつある。


 ところが人が集まれば、治安の問題が出てくる。

 そこで隣国が頼ってきたのが、長い交流の歴史を持つこの国だった。課税の割合を減らす替わりに、治安対策に兵力の援助を願い出てきたのだ。


 当然反対の声は双方で上がった。それを抑えたのが王族の婚姻だった。


 そのような事情で王家としても嫁いできた第二王太子妃への扱いは、なかなかに難しい物となった。

 第二王太子妃としても、叔父が海運大臣としてまだ力を持っている以上、連れてきた侍女たちの中に隣国のスパイがいるのは確実だったため、可能な限りこの国の王族や貴族とはかかわらないよう、王太子とも近すぎず遠すぎない関係を築いてきたのだという。


 もちろん、妊娠についても慎重な対応が取られてきたはずだった。


 なのに懐妊?

 王太子の性格を把握しているフェルスタとしては、なんとも怪しい話だとしか思えない。

 色々と腹黒い男ではあるが、やっと意中の女性――第三王太子妃と結婚できたのに、レオパルドがこんなつまらないミスをするだろうか?

 そして、この第二王太子妃もそんなミスをしそうな人物ではない。


 妊娠騒動で隣国からの書簡が届いた時に、フェルスタはレオパルドから第二王太子妃の手助けをするように頼まれた。

 それからほぼ毎日エルビラとは会っているが、妊婦と言うにはどこか慎重さがないように思えて仕方ない。

 そのことを遠回しに問いかけたこともあったが、エルビラの対応はいつも曖昧なままだった。


「ユールは、どうしてるんですか? 安全なんですよね?」

「もちろん。レオ殿と宰相殿が匿ってくれている。隙を見せつつ、安全な場所でな」


 ユールは、隣国に第二王太子妃の懐妊を知らせた侍女だ。そして、エルビラの個人的なスパイの一人でもある。

 つまり、この懐妊騒動は第二王太子妃が自国の海運大臣を動かすために仕組んだものだというのだ。


 そのユールが海運大臣側のスパイに疑われ始めたので、人員整理の名目ですべて離宮からの退去を命じようと思うと言っていたのが一昨日。実際五人の侍女が即刻帰国を命じられたのが昨日。その後の侍女たちの行動をユールが知らせてきたのが今朝の手紙だ。

 その中には怪しい動きをしている者が二人いることが書かれており、フェルスタはその二人の監視の強化や、離宮からの情報漏洩がまだ続いているかの確認などで朝から忙しくさせられていた。


 海運大臣の書簡以降、内外からの情報を見てきたフェルスタは、エルビラが隣国相手に情報戦を仕掛けている事は把握していた。

 ただ、その雲行きが怪しくなってきていることが気にかかる。

 このままではそう遠くないうちにエルビラが狙われるような流れになっているのだ。


「ユールの事は、英断といたしましょう。それより隣国の監視がない今のうちにエルビラ様のお考えを私にお話ただきたいのですが?」


 秘密主義のこの王太子妃は、惜しみない協力をしているのになかなか腹を割ってはくれない。


「聞きたいのか? 聞けば戻れなくなるぞ」

「もうここまで巻き込まれてますからね。覚悟はできてます」


「愛しい女とも、もう会えないかもしれないぞ?」


 不意の言葉に、アンバーの顔が浮かぶ。

 黙ったフェルスタに、エルビラは悪戯な笑みを見せる。


「どちらにしろ、もう話す頃合いだ。待ち人が来たら、共に巻き込まれてもらおう。それまで少し考えるのだな」


 エルビラの言葉の半分も聞こえず、フェルスタはアンバーのことを考えた。


 アンバーのことと、隣国の問題がつながるのは、急に決まった同衾のことしかない。

 はじめは代理の子作りなんてあり得ないと思った。しかし相手がアンバーだとわかって同意した時に宰相に言われたのは、これがチャンスと思うなら、結婚をする覚悟でアンバーをものにしろ、ということ。ポラルド伯爵にも、結婚を望むなら娘を説得すると言われた。


 周囲からは結婚も望まれているのかと胸が高鳴った。それが、会えなくなるような事態とは、何だ?

 それともエルビラが何か思い違いをしているとか?


 フェルスタがぐるぐると考えていたのはわずか数分のこと。

 ドアがノックされ、第三王太子妃の使いが来たと告げる。


「構わぬ。ここに通してくれ」


 エルビラが指示し、パチリと扇を鳴らした。


「宰相補佐官殿、待ち人が来たぞ」


 言われるがまま、ドアを振り返る。

 そこに現れたのは、大きな花束を抱えたアンバーだった。

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