お茶請けは七不思議 2
そんなこんなで白無と別れて目的地へと向かった。
白無から『おみちゃんのお見送り〜』の言葉を苦い顔で受け止めつつ、階段を登っていく。あいつの事を友達だと思っているが、その考えをあらためた方が良い気がしてきた。まあ、一緒にいて面白いからこれかも仲良くするとは思うが。
そんな事を考えていると、いつの間にか目的地に到着していた。少し離れた場所にある一室。本来、一般開放されている一室だからノックなんてする必要はないのだが、前に痛い目をみたのでノックをする。中から「どうぞ」と入室の許可が出たので扉を開けた。
中にはノートパソコンに向き合う女性が一人座っていた。名前は花見技鳴子、小説家を目指す大学生だ。バッドエンドのホラーや推理小説を好んで書いている。カーディガンにロングスカート、髪は緩く纏めてているいかにも文学を嗜んでいますと言った格好であるが、本人曰く「私は形から入るタイプなんです」とのこと。大学の中でわざわざこの格好に着替えているらしい。その現場を目撃してしまった時に着替え終わった彼女から教えてもらった。このことが原因で彼女にこき使われることになったのは僕の黒歴史である。取ってつけたような敬語が特徴的だ。何故か僕の事を『口八丁の詐欺師』だと思っているらしい。解せぬ。
少しこちらに顔を向けた後すぐにパソコンに視線を戻す。
「おや、華篠先輩でしたか。今日はどうしました?」
「やる事もないし、暇だから来た」
こき使われているとは言ったがコーヒーを淹れたり、話し相手になるくらいなのだが。その代わりにここの部屋を使わせてもらっている。まあ、今後その弱みを盾にされて何かを要求される可能性は十分ある。花見技の性格を考えると普通にある。
机の上に鞄を置いて、コーヒーを入れる準備をする。本格的なものではなく、電気ポットでお湯を沸かして紙コップでインスタントを混ぜるだけの簡単な作業だ。それすら面倒くさがる花見技が『先輩、豆から挽いてください』と言い出した時は、無言でアイアンクローを決めておいた。一応、度が過ぎていると思った場合は弱みを使わず大人しく引き下がるらしいので、そこは安心している。
お湯が沸くのを待っている間に、ふと思い出した。以前、時間がある時に相談したい事があると花見技から言われていた。言われた時は用事があったから、後日話を聞くと言っておいたが丁度今は時間がある。あんまり待たせても悪いし、このタイミングで聞いておこう。
「そう言えば花見技、前言っていた相談事ってなんだ? 時間がある時に相談したいって言っていたから長くなるんだろ? 今は暇だし相談事を聞くだけの時間はあるぞ」
「ちょっと待ってください、キリがいいところまで書いてしまいますから」
まだコーヒーの準備している最中だからいいけど、相談に乗ってくれる先輩を待たせるのはどうかと思う。相変わらずいい性格している。僕にはとても真似できない。
待っている間にお湯が沸いたので、インスタントコーヒーを紙コップに入れてお湯を注ぐ。前にネットで調べた凝った淹れ方をした事があるけど、花見技は違いが分からなかった。全く作り甲斐がない。
「お待たせしてすいません。一区切りしました」
「それで?相談ってのは何だ? 金の相談なら貸せないぞ」
コーヒーの入った紙コップを少し離れた所に置く。花見技がその置いた席へ移動してくる。僕もその対面に座ってコーヒーを啜った。
「華篠先輩は私の事をなんだと思っているのですか。悩み事の相談ですよ」
花見技の事をなんだと思っているかと言われれば、大学の一室で着替えをする痴女だと思っている。言ったら面倒くさい事になるから絶対に言わないけど。
それにしても悩み相談か。こいつ、悩み事とは無縁の性格だと思っていた。少なくとも、悩みのある人間には見えない。今もスティックシュガーを2つと、顆粒ミルクを入れたコーヒーを幸せそうな顔で飲んでいる。
一息ついた花見技が本題に入る。
花見技鳴子の名前にルビを振り忘れたので追加しました。後書にも書いときます。読みは『はなみぎなるこ』です。