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愛国の王女  作者: 小松しま
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 気に入りの中庭を訪れたロクサーナ姫は、小さく息を吐いた。

 ここ数日の気忙しさの中、とても立ち寄る余裕のなかった「気に入りの場」は、今日も美しい。

 無人の庭にて、彼女は周囲を見渡す。

 木陰からひそかに眺めるトーリアスは、その切なげな瞳が探しているものが何なのか、当然知っていた。

 ロクサーナ姫がロミと呼んでいた、成長しない謎の子猫。

 けれど、あの小さな温もりはもう現れないと、彼女も理解しているのだろう。

 神の御使いの眷属だったに相違ないのだから。

 運命の星を担う覇者たる宿業を手放したロクサーナ姫は、もはやその恩寵を受けるべき立場にない。

 当然、邂逅もかなわないはずだ。

 もう……二度と。

 凄まじい喪失感に苛まれる彼女の憔悴に好機の到来を読み取って、トーリアスはやや荒い所作で一歩を踏み出す。

 無理もない当然の反応で、気配を読み取ったロクサーナ姫から期待の眼差しが向けられる。

 生憎、現れたのは、簡易軍装姿のトーリアスだった。

 エリシア王女の護衛として、共にイブリール帝国との忙しない往復を終え、大任を果たした彼は、事実上の側近扱いを許されている。

 この混乱のさなかなので、辞令こそ降りていないが、騎士たちの束ねであるルゴールですら、一歩譲る立場に身を置いているのだ。

「トーリアスさん……」

 その彼が、なぜ、主相応のエリシア王女の元を離れ、ここにいるのか? と、ロクサーナ姫は訝った。

 もちろん、事実上の人払い状態となっている場への侵入を咎めだてるつもりはない。

 国の外郭を失う未来が確定となった今、もはや暗黙の了解も今更だ。

 いや……そのような疑問のあれこれより、今は彼に感謝したい。

「大変なお勤めを果たしていただき、お礼申し上げます」

 トーリアスは、大切な身内であるエリシア王女を確かに守りきってくれたのだ。

 心のままに、深々と一礼した。

 すると、彼は騎士の作法でロクサーナ姫の足元に片膝を着く。

 王族に対する姿勢としてはおかしくもないが、どことなく仰々しさが漂い、且つ奇妙で、彼女は居心地の悪さに陥った。

 落ち着かなげなロクサーナ姫に配慮せず、トーリアスは勝負に打って出る。

 相手の弱点をつくのが、兵法の常道だ。

 卑怯者の謗りに何の意味があるだろう。

 脆い部分を責めれば、おのずと自らの有利になるのだから、躊躇するだけ馬鹿らしい。

「自らの大望のため、俺にできる全てに力を尽くしたにすぎない。それが、姫さんにとっての幸いとなったのなら、嬉しい限りだ」

 顔を上げ、しっかり目を合わせてトーリアスは告げる。

「……え、……あの……?」

 彼の大望。

 一国を引き替えにする野望だと、御使いは看破していた。

 そのための手段として、入手済みの秘薬に、恐るべき効用を下賜されていたのを思い出す。

 とたん、ロクサーナ姫の中に気鬱が走った。

 この後、トーリアスはいかなる行動に出るのだろうか?

 エリシア王女の尽力を以て、レガーリアの地は幸いにも戦禍にまみえず、平穏の未来をつかみかけたものの、あらゆる可能性がまだ待ち構えているのだろうか?

 もしかしたらそれは、大陸を掌握する運命にあった自分をも巻き込みかねない。

 しかし、懊悩は次の言葉で雲散した。

「おかげを以て、このレテオラは、姫さんの支配下に置かれるのが確定となった」

「?」

 ロクサーナ姫の反応は、当然だろう。

 トーリアスは、強い手ごたえを得る。

 かくなる上は、一気呵成だ。

 彼女の混乱など、取り合っている場合でない。

 何につけても熟考を重ねるロクサーナ姫は、逆を言えば即断即決に弱い。

 優柔不断とは違うものの、思索の最中であれば、勢い任せの強引さに抗う力が乏しいと、トーリアスは分析していた。


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