表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/60

背中だけが 4

 ジョバンニは「離れ」にいる。

 それも、サマンサの寝室に、だ。

 

「お待たせをいたしました、我が君」

 

 ベッドには、サマンサが横になっているようだった。

 が、頭まですっぽりと上掛けを掛かけていて、その姿は見えない。

 ベッドの端に、公爵が半身で座っている。

 その公爵の足元に、ジョバンニは、(ひざまず)いていた。

 

「私たちも、さっき帰ってきたところでね」

 

 連絡を取ろうとしたができなかった、ということは言わずにおく。

 連絡が取れない状態だったことくらい、公爵にも、わかっているはずだ。

 そして、公爵は、どこに行こうが、ジョバンニに報告する義務はない。

 どういう状況であれ、対処するのが、ジョバンニの役割なのだ。

 

「それで?」

「ハインリヒ・セシエヴィルを殺しました」

 

 サマンサがいると、わかっていて話した。

 

 結果は出ているのだから、急ぐ必要はない。

 屋敷には、ほかにいくらでも部屋がある。

 なにも、ここでなくてもかまわなかったのだ。

 夜更けに、いつも通り、公爵の私室で話すこともできた。

 

 つまり、サマンサに聞かれても構わないと、公爵は考えている。

 

「セシエヴィルが、どういう家かは知っているね?」

「存じております、我が君」

 

 セシエヴィルは、平たく言えば、ローエルハイドの遠縁にあたる。

 かなり遠く、血の繋がりはないとのことだが、縁者ではあるのだ。

 公爵の曾祖父、ロズウェルドで英雄と謳われ、大公と呼ばれた、その人。

 

 ジョシュア・ローエルハイド。

 

 彼には、2人の妻がいた。

 最初の妻、エリザベートは平民だったが、ローエルハイドに嫁ぐ際、爵位を得ている。

 彼女自身は両親を亡くしており、遠縁の家に身を寄せていた。

 そのエリザベートの実家とされていた家が、今のセシエヴィル子爵家だ。

 

 遠いとはいえ、縁者は縁者。

 ハインリヒの言っていた「ローエルハイドは、セシエヴィルに手を出さない」の理由でもある。

 だが、公爵は、そのことについて、ジョバンニを(とが)める気はないらしい。

 拍子抜けするほどすぐに、別の話に切り替わる。

 

「ところで、フレデリックは、いい働きをしてくれたかい?」

「とても良い働きをしてくれました。おかげで、姫様のご両親を、無事に保護することができました」

 

 ジョバンニが、点門(てんもん)で、ハインリヒのいる分家に行った時だった。

 待っていたかのように、フレデリックに声をかけられている。

 そして、フレデリックから、ハインリヒがアシュリーの両親を人質に取っていることを聞かされた。

 アシュリーを迎えに行くのが遅くなったのは、先に子爵家の問題を片づけていたからだ。


 簡単な打ち合わせをし、ジョバンニは子爵家に向かった。

 その間、フレデリックがハインリヒの足止めをしてくれている。 

 子爵家にはハインリヒの雇ったと(おぼ)しき護衛騎士くらいしかいなかった。

 早々に騎士たちを昏倒させ、ジョバンニは彼らを安全な場所に避難させている。

 

 点門で、人の多いサハシーに移動させただけではあるが、探すのには、ひと苦労する場所であるのは間違いない。

 とくに、魔術師を巻くのであれば、大勢の人が行きかう雑踏が望ましいのだ。

 アシュリー同様、彼らは魔力を持たないため、魔力感知には引っ掛からない。

 一時的な避難場所としては、有効だと言える。

 

「あの子には、ずいぶんと苦労をかけた。さぞ嫌な思いをしてきただろうなあ」

「フレデリック・ラペルとは、お知り合いだったのですね」

 

 ジョバンニは、聞かされていないことだった。

 時間がなかったため、フレデリックからも詳しくは訊いていない。

 ただ「大公様に生かされた身」との言葉から、察した。

 ローエルハイドとラペルには、昔から繋がりがある。

 

「当時の当主が、曾祖父の逆鱗にふれただけのことさ。それでも、ラペルは、今も残っているわけだから、彼らがありがたがるのもわかる気はするがね」

 

 大公が英雄と謳われているのは、隣国との戦争を、たった1人で終結させたことによる。

 大公は、公爵と同じく「人ならざる者」だった。

 その逆鱗にふれて、無事でいられたのは、確かに信じがたい。

 フレデリックの「生かされた」との言葉は、実際的な意味だったのだ。

 

「私がいたらないばかりに、お手を煩わせてしまい、申し訳ございません」

 

 フレデリックは、長く公爵の指示で動いていた。

 おそらく、ジョバンニが公爵に仕えるより、ずっと前からだろう。

 連絡が取れない場所に行くと決めた際、公爵は、ちゃんと手を打っておいた。

 

 ジョバンニが「しくじる」可能性に対して。

 

 あの時、フレデリックが声をかけてこなければ、ジョバンニはハインリヒの元に向かっていたはずだ。

 アシュリーを守ることしか考えておらず、周辺にまで気が回っていなかった。

 リビーの時と同じ失敗を繰り返している。

 

「万が一に備えるようにと、厳しく言われてきたせいかな。私は、心配症になってしまっているのだよ。きみよりも、ずっとね」

 

 公爵の口調は穏やかだったが、内容には刺すような厳しさがあった。

 自分の未熟さを、ジョバンニは思い知っている。

 

 備えも覚悟も足りていない。

 

 公爵は、そう言っているのだ。

 ここがサマンサの寝室だからだろうか。

 彼女の言葉も思い出される。

 

 『いったい誰から彼女を守っているつもり? 私? 彼? ほかの誰か? でも、私に言わせれば、あなたは、あなた自身を警戒するべきね』

 

 ジョバンニの心情を察したかのように、サマンサが、わずかに動いた。

 まだ上掛けをかぶったままなので、姿は見えない。

 

「ハインリヒって、あのいけ好かない従兄弟のことでしょう」

「そうだよ、サム」

「そこの執事は、言わなくてもいいことを、彼女に言ったのではない?」

「そうなのかね? ジョバンニ」

 

 ジョバンニは、返事をせずにいる。

 返事をしないのが、返事だった。

 

「ほら、やっぱりね! だから、言ったじゃない! いつか、この野暮な執事が、彼女を傷つけるに違いないって! 馬鹿正直に、君の従兄弟を殺したよ、だなんて言う必要がある? ええ、言うのなら、言ったってかまわないわ! だとしても、言った責任も取りやしないのよ、そこの野暮執事は!」

「サム、サミー、きみ、そんなに怒ると、ますます体調を悪くするよ?」

「とっくに悪いのだから、放っておいてちょうだい! あなただって気づいているはずよ! そこの野暮男が自己満足に陶酔して、彼女の手を振りはらったってことくらい! 本当に腹が立つわ! どうして、そう中途半端なのよ!」

 

 サマンサの剣幕に、ジョバンニは、茫然となっている。

 言葉のひとつひとつが、胸に突き刺さっていた。

 公爵が、(なだ)めるように、上掛けの上からサマンサの体を、ぽんぽんとしている。

 

「まあまあ、そう怒るものではないよ。なにしろ人を殺して……」

「だから、なんなの? 人を殺すからには、それなりの覚悟をすべきでしょう! 殺したあとで、申し訳ありませんなんて、通るわけがないわ! 彼女にまで罪悪感を押しつけておいて、選択肢まで取り上げたのよ? それが、自己満足でなくて、なにがあるって言うの? せめて彼女に選ばせるべきでしょうに!」

「ああ、そうだね、サミー。きみの言うことは正しい。うん。もっともだよ」

 

 聞いているのかどうかわからないような口調で、公爵がサマンサに同意を示していた。

 むしろ、ジョバンニのほうが、サマンサの言葉を真摯に受け止めている。

 ひと言ひと言に、打ちのめされていた。

 

 勝手に守りたいと思い、勝手に守って、勝手に人を殺し、勝手に自分の手が汚れているとした。

 そのすべての「勝手」の上に自分を置き、彼女を突き放したのだ。

 

 彼女は手を伸ばし、「大好き」とまで言ってくれたのに。

 

「もう2人とも出て行ってちょうだい! 体調が、ますます悪くなったわ!」

「私にまで、とばっちりかい?」

「とばっちりではないわよ! あなたは、“全部”わかっていたくせに! なによ、この冷血漢! 人でなし!!」

 

 散々な罵声を浴びせられているのに、公爵は、声を上げて笑う。

 いかにも楽しげといった様子に、ジョバンニは深く気落ちしていた。

 それは、公爵がサマンサの言葉を肯定したに等しいからだ。

 

「私は、彼女のご機嫌取りをする。さて、きみはどうする?」

 

 ジョバンニは、黙って頭を下げ、本邸の玄関ホールに転移する。

 自分がどうすべきか、どうしたいのか。

 もう少しだけ、時間が必要だったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ