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7.悪魔との戦い、そして英雄への道


ある日、日常を過ごす僕たちの平穏が、破られた。



兄さんと魔法の練習をしていた時。

僕がクタクタになって地面に寝転ぶと、兄さんが笑いながら飲み物を取りに行ってくれた。


その時。

(――グレン! 気をつけて!)

ミーシェのそんな声が聞こえて、視界に、それが写った。


黒いもや、そしてそのもやの塊のようなもの。

どこかで見たことがある、と思うも束の間。


心臓が、ドクン、となった。


――深淵の地。

あそこに、ボロの小舟で送られたときに、見たモノだ。


「…………あ……」

拘束された手足。動かない体。呼吸するだけで息苦しくなる。水が染み込んでくる。


(グレン!? しっかりしなさい!)


心臓のドクドクが止まらない。――沈んでいく、母さんの体。


もやの塊が、口を大きく開けて、そこに球状の塊ができていく。

それを認識しながらも、あの時の恐怖を思い出してしまった僕は、動けなかった。



「中級魔法――『炎防壁』!」

その声と一緒に、誰かが僕の手を掴む。


「――グレン、大丈夫か?」

そう心配そうに問いかけてくる声は。


「……………兄さん?」

「少し待ってろよ」

その言葉と同時に、球状の塊が、『炎防壁』にぶつかった。


「――反射!」

兄さんの言葉と同時に、その塊が跳ね返って、相手にぶつかる。


「ギュウウワァァァァァァァァァァ!!」

この世のものとは思えない悲鳴を上げる、そのもやの塊に、さらに兄さんが手を向ける。


「中級魔法――『大炎球』!」

放った魔法が直撃。そして、もやの塊は、跡形もなくなっていた。



へたり込む僕に、兄さんは心配そうな様子だった。


「――大丈夫か? 何があった?」

首を横に振る。言えば、きっと兄さんは気にしてしまう。


「……あれ、何なの……?」

だから、代わりに質問する。

兄さんもそれ以上は聞かずに、質問に答えてくれた。


「あれは、魔獣だな。前に一度、見たことがある」

「……まじゅう? あれが?」


「ああ。でも、何で急に……」

(グレン!)

兄さんが言葉を切るのと、ミーシェの声が頭に響くのは同時だった。



さっきのもやの塊……魔獣が、五体、現れた。


「――なっ!?」

「くそっ!! 上級魔法――『紅炎乱舞』!」


兄さんが毒づきながらも、上級魔法を発動させる。三体を同時に倒した。

けれど。


「――うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「きゃぁぁぁーーーー!!」


学校中のあちこちから、悲鳴が聞こえた。

何が起きてるのかなんて、考えるまでもない。


震える手を握りしめる。

呼吸を整える。


「中級魔法――『大無球』!」

僕の放った魔法は、魔獣を一体倒すことに成功した。


あと一体。

――大丈夫だ。いける。


そう思ったら、またさらに五体増えた。

さすがに驚愕したけど、そんな事は言っていられない。


「兄さん、ここは僕がやるから、兄さんは他の人を助けて!」

「――できるのか?」

黙って頷く。


「――分かった」

そう言って、魔獣のいる方に駆け出したと思ったら、『大炎球』を唱えて一体倒して、そこを突破していく。


「ミーシェ、力を貸して」

(ええ)


その応えと同時に、僕の周りに魔力が渦巻く。

「上級魔法――『六造無色』!」

三体同時に倒した。


ここ最近、兄さんと一緒に基礎を徹底的にやっているせいだろう。前よりも、魔法が打ちやすい。威力も上がっている。


これなら。

そう思ったら、また五体増えた。


「……なんなんだよ、一体! 特級魔法――『無有無限撃』!」

ミーシェの力も借りての特級魔法なら、全部同時に倒せる。


そして、爆発が収まった後は、……何も残っていなかった。


「…………良かった」

(いえ、まだよ。グレン)

目の前に、黒い渦の塊が現れた。


「……なに、これ」

(――気をつけて、グレン! 悪魔だわ!!)

「……あ、くま……?」



確か、伝承の中にあったはずだ。

深淵の地。そこに住む魔獣。

その魔獣を生み出しているのが、悪魔だと。


大昔、悪魔が人の住む世界に攻撃をしかけてきた。

人間側は、多大な犠牲が出しながらも、その悪魔を討ち滅ぼした。



「――ほう。人間ごときが、このワタクシを知りますか。精霊王臭いと思ったけれど、やはりその通りでしたね」


黒い渦が少しずつ薄れていくと、そこにいたのは、燕尾服のようなものを来た、細身の男。でも、その背には、黒い翼が見える。


「……………………なっ!?」

「精霊王の契約者とは、やっかいですからねぇ。――滅びなさい」


その手に、巨大な球……、上級魔法の巨大球に匹敵する、黒い球が浮かぶ。


「上級魔法――『無大防壁』!」

防御魔法が、間に合った。


だが、悪魔がこっちを凝視している。


「……ほう! ほうほうほう!! これはこれは、驚いた!! 人間の中に、その属性を操るものがいようとは!」


興奮して叫んだと思えば、急にその顔が一変する。


「昔、我ら悪魔を、ほとんど全滅にまで追いやった、あの男! やっかいです! 面倒です! 非常に煩わしい! 無属性さえなければ、我らが勝っていた!

 だからこそ、長いながーい年月をかけて、人の世に浸透させてきた! 無属性ではない! 属性がないのだと! 精霊から祝福を受けない忌み子だと! 苦しめて殺せと! だと言うのに! 貴様は! なぜ、生きている!!!」


「……………………な……!?」


僕が、苦しんだのは。義父さんの従弟が、これまでたくさんの人たちが、忌み子と呼ばれてきたのは、……全部、悪魔のせいだった!?


「……ふざけんなよ!」

手を握りしめる。もう恐怖はなかった。


「上級魔法――『巨大無球』!」

放った魔法が、悪魔を直撃する。しかし――、


「……ヒ、ヒ、ヒ……、確かに厄介……。しかし、まだ発展途上のようですねぇ。今なら倒すのは簡単です……」

現れた悪魔は、無傷だった。


(いえ、無傷じゃないわ。頭の所、黒い……瘴気というのだけど、出ているでしょう? あれがニンゲンで言う血のようなものよ)


ミーシェの言葉に、少しだけ勇気づけられる。


「……無傷じゃないなら、何度でも、攻撃するだけだ! 特級魔法――『無有無限撃』!」

「ヒ、ヒ、……特級魔法――『瘴気砲煙爆』」

悪魔が魔法を唱えたことに、驚いた。


――が、すぐに中央でぶつかった二つの魔法が、大爆発を引き起こし、その余波で飛ばされて、地面に叩き付けられた。


「……う……くそっ!」

痛いけどそうも言っていられない。


すぐに起き上がれば、翼を広げて空を飛んでいる悪魔が目に入った。

あいつも、爆発の余波は受けたはずだけど、空を飛べる分、向こうに有利か?


「……いや、何度だって、やってやる」

「ヒ、ヒ、ヒ。大変申し訳ありませんが、わざわざあなたと魔法の打ち合いなどしたくないのですよ。ですのでね、こうしましょう」


突然、悪魔の魔力が高まり、それが一直線に空に向かって走り、消えていく。


「魔獣を呼びました。どうかそちらと戦って下さい。その間、ワタクシは高みの見物といきましょう!」


両手を広げ、大仰に宣言する。そのまま空高く上がっていく、悪魔を食い止めようとしたとき――。


「特級魔法――『猛火炎爆撃』!」


炎が、悪魔の頭上から降ってきた。――唱えたのは。

「――兄さん!」


「怪我はないか、グレン」

「ちょっと痛いけど、大丈夫」


「そうか。良かった。――ところであれは、もしかして、悪魔か?」

兄さんが厳しい目で、炎に包まれているそいつを見ている。


「そうみたいだよ。分かるの?」

「悪魔の絵、みたいなのを見たことがある。それに似ている」


いや、兄さん、本当にいろんな事に詳しすぎる。

悪魔なんて、ちょっと伝承で語られるだけの存在だ。絵なんて、そんなもの見たことない。


「グレン、学校内の魔獣は全部討伐した。後は、あいつだけだ」

「――分かった」


「ヒ、ヒ、ヒ。……魔獣をすべて倒したとは、お見事。あなた、たかが炎にしては、ずいぶん強い。けれど、人間の使う六属性じゃ、届きませんよぉ? 特級魔法――『瘴気砲煙爆』」


「特級魔法――『猛火炎爆撃』!」


悪魔の魔法に、兄さんがすぐに対抗魔法を放った。


「――…………なっ!?」

悪魔の魔法が、兄さんの魔法を飲み込んで、さらに巨大化した。


これって、無属性と同じ!?

――って、違う。今はこれをどうにかしないと……!


「上級魔法――『炎大防壁』!」

僕が考えている間に、兄さんが冷静に防御魔法を唱えていた。

でも、いくら防御魔法でも、特級魔法ふたつの威力だ。耐えるのはムリだ。


「上級魔法――『無大防壁』!」

兄さんの魔法に重ねるように、防御魔法を発動させる。


バァン!

派手な音がして、特級魔法も防御魔法二枚も、消え去った。



「……ほう! 相殺しましたか。やりますねぇ。――では」

悪魔の魔力が、急激に高まりを見せ、さらに強くなっていく。


「………ちっ」

兄さんが軽く舌打ちをした。


「――グレン、おそらく、特級魔法超えの魔法がくる。俺じゃ対抗できない。お前に同調して制御を手伝うから、精霊王の力も借りて、全力で特級魔法を放て!」


「……え、同調? 全力……って……」


「グレン、今は細かいことは置いときなさい。やるわよ」


姿を現したミーシェから、力が流れ込んでくる。

兄さんは、僕の後ろに立って、背中に手を置いている。――心臓の辺りだ。


「……………ぐっ……」

呻いたのは、兄さんだ。


僕は、いつになく多いミーシェの魔力が暴走することなく、僕の中に流れていることに驚きしかなかった。


一つ、呼吸を入れる。

そうだ。今は細かいことはどうでもいい。

あの悪魔をどうにかする。


「……せいれいおう! せいれいおう!! 姿を現しましたね……! 潰します。今度こそ、潰して差し上げます!! 特級魔法・超――『――――――』!!」


悪魔が興奮して、高らかに叫ぶ。

最後の技の名前は、聞き取れなかった。


けれど、あの模擬戦の時の、兄さんが使った魔法に勝るとも劣らない魔法が放たれたのは、分かった。


「特級魔法――『無有無限撃』!!」


自分の魔力と、ミーシェの魔力。それを全部込めて、放つ。


視界が白く塗りつぶされ――、大爆発が起こった。



思わず目を瞑った僕が、次に目を開けて見たのは、僕たちを守っている、炎の障壁だった。


「はぁはぁはぁはぁはぁ」

苦しそうに息をしながら、両膝をついて、それでも魔法を維持している。

「――兄さん!?」

「……………………悪魔は……」


すぐにでも兄さんに駆け寄りたかったけど、その言葉に、視線を戻す。


「…………………やぁってくれますねぇ、あなたたち……!」

そこにいたのは、憤怒の表情の悪魔だ。


身体中、全身から瘴気が漏れ出している。


「次は、こうはいきません!!」


それだけ叫んで、悪魔の姿が、そこから消えた。



「――…………えっ!?」

姿が消えたそこに駆け出そうとして、


「逃げたわ。もうここにはいない」

ミーシェの言葉に、立ち止まった。



ドサッ

兄さんが、力尽きたように、地面に座り込んだ。


「……兄さん、どうしたの、大丈夫? 一体何を……!」

兄さんの呼吸は荒い。理由は、一つしか思い当たらない。


「……同調ってなに……?」


「あなたの魔力に、自分の魔力を重ねることで、あなたの魔力をお兄さんが制御したのよ。他人の魔力をコントロールするなんて途方もなく大変なのに、その直後に防御魔法まで発動させて。――無茶したわね、お兄さん」


兄さんは、チラッとミーシェを見たけど、答える余裕もないみたいだ。

でも、そうか。

ミーシェからの大量の魔力が暴走しなかったのは、兄さんのおかげなのか。


「……兄さん、ごめんね。――ありがとう」

うつむいたら、黙って頭を撫でられた。


その手の温かさに、何となく理解した。

兄さんに手を伸ばす。


疲れ切っていた兄さんの体は、簡単に僕の思うように動いて、僕は兄さんの背中にピッタリくっついて、後ろから抱きしめる。


「――おい、こら、グレン。勘弁しろ。本当に疲れてるんだ」


「兄さんの側にいると、落ち着くんだよ。――兄さんの背中でこうしていると、守られてる気がする。すごく安心するんだ」

だから、いつでもこの人の側にいたい。離れたくないと思うんだ。


「……お前なぁ」

素直に言ったのに、兄さんは困った声だ。


でも、それ以上続かないから、兄さんの顔をのぞき込もうとしたら、


「人が事情を聞きに来ているのに、なんで君たちはイチャイチャしてるわけ?」

王太子の、冷たい声が響いた。


「してません! グレン、離せ」


「やだ。事情話すだけなら、このままでも大丈夫でしょ」


そして、僕は最初から全部話していく。

悪魔の復活、悪魔の魔法、そして忌み子の真実。


聞き終えた王太子は、珍しく絶句して、そのまま王宮に連れて行かれた。

国王の前でも、同じ説明を繰り返す。



僕は国王に頭を下げられた。

悪魔を倒して欲しいと頼まれて、僕はそれを、引き受けることになる。



※ ※ ※ ※



――悪魔の復活。

その驚愕の事実に、世界が揺れた。


悪魔に、唯一対抗できる術を持った、たった一人の無属性魔法を使い手。


彼は、悪魔との戦いを通して、英雄への道を歩み始める事になる。



これで最終話になります。

これが、いずれは短編のおまけ話に繋がっていくんだと思いますが、現状、そのネタがまったくないので、これで終わりになります。

ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。


以下、本編に入りきらなかった小ネタです。

良かったらどうぞ。


○おまけ その1


「兄さん、さっきの、お前なぁ、の続き、何?」

「……そんな事を言われたら、拒否できなくなる」

「どうせできてないんだから、変わんないと思うけど」

「……俺としては、精一杯しているつもりなんだが」

「言葉で離せって言うだけで、僕が言うこと聞くわけないでしょ」



○おまけ その2


「ねぇ、お兄さん。あなた、自分の魔法が悪魔の魔法に飲み込まれても、まったく驚いてなかったわよね。知ってたの?」

ミーシェが突然そんな事を言った。


「知っていたわけではありませんが、悪魔が、人間の使う六属性じゃ届かない、と言っていたので、もしかしたら、とは思いました。

 なので、本当に無属性魔法と同じになるのかを、試してみようと思いました。予想通りだったので、慌てることもなかったですね」


いともあっさり、兄さんがそう答える。

パニックなのは、僕だけだ。


「それって、あの、お互いに特級魔法を唱えた時だよね? 兄さん、予想してたの!?」

「ああ」


「だって、その後は? 絶対に、あの防御魔法だけじゃ抑えられなかったでしょ!?」

「一応、手はあったんだ。お前が防御魔法を重ねてくれたから、使わなかっただけだ」

「……ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?」


僕的には、あれは本当に衝撃だったのに。

あの時点で、限界いっぱいのギリギリだったのに。


なのに、兄さんは、まだ余裕があったらしい。

改めて、兄さんのすごさを、思い知らされた。



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