幕間: 荀攸は改革の夢を見る
私の名は荀攸 公達。
潁川荀家に連なる官吏である。
以前は潁川で働いていたが、数年前に大将軍 何進さまに招請された。
その傘下で黄門侍郎を務めるも、やがて将軍が宦官に暗殺されてしまう。
これに怒った袁紹たちが宮中に乱入し、宦官を虐殺するという暴挙に出た。
その気持ちは分からないでもないが、なんとも乱暴な連中である。
しかもその混乱の中で、劉弁陛下が行方不明になったというのだから、お粗末な話だ。
幸いにもすぐに陛下はご帰還されたが、その軍勢を率いていたのが董卓だった。
「前将軍 董卓である。前の大将軍 何進さまより召喚され、洛外で待機していた。以後しばらくは大将軍の命に従い、陛下の守護を担当するので、よしなに頼む」
彼は大将軍の遺命を盾に、陛下の身辺警護の役をもぎ取った。
現状では彼が最大の兵力を持つため、誰も文句は言えない。
せっかく外戚と宦官の勢力が弱まったというのに、今度は董卓が台頭するのか?
そう思ったのだが、彼は意外に理性的だった。
陛下の警護だけは決して譲らないが、それ以外はおとなしいものだ。
やがて洛内に散らばっていた兵力を糾合しても、政治には関わってこない。
一体、彼は何がしたいのか?
そう思っているうちに、あちらから接触があった。
「前将軍 董卓である。貴殿が荀攸どのか?」
「いかにも、私が荀攸です。将軍閣下が何の御用でしょうか?」
「ふ、そう警戒するな。少し話をしよう」
最初は何を言われるかと思っていたら、兵士の待遇に難儀しているので、協力して欲しいという話だった。
言われてみれば、それも当然の話であろう。
何しろ今の洛陽は混乱していて、兵にまともな待遇をするのは困難だ。
それに不満を抱いた兵が暴れるのも、ある意味、当然だろう。
しかし彼はそのひどさを理解していないようなので、その実態の一部を伝えてやる。
「ええ、マジか? そこまでひどいとは、聞いていないぞ」
「おそらく閣下を恐れて、誰も言い出せないのでしょう。私も今回のような機会がなければ、言わなかったかもしれません」
その驚きようは本当のようで、どうやら彼は本気で改善を望んでいるらしい。
元々、大将軍の下で働いていた私も、無関係ではないと思い、彼に協力することにした。
その際、権力争いには加担しないと明言したら、軽く受け流された。
はたして、本当に信じていいものか。
しかしその後の展開は、いい意味で裏切られるものだった。
丁原の追い落としなど、多少の謀略はあったものの、彼自身が利権をむさぼる様子がない。
それどころか彼は、真顔で民のために政治を変えたいと言ってのけるのだ。
漢帝国の中枢たるこの洛陽には、利権や名誉を欲する魑魅魍魎が、ひしめいているというのに。
そんな中で理想論だけを振りかざせば、容易に叩き潰されるだろう。
しかし董卓さまは、巧妙に立ち回っていた。
彼は私の他にも、賈詡どのや李儒どのをうまく使い、目的を達していく。
その様はまるで、練達の政治家のようだ。
いつしか私は、積極的に協力するようになっていた。
その後の展開も、驚きの連続だった。
彼はある程度の権力基盤を固めると、帝国の改革に取り組んだ。
まず劉弁陛下の後ろ盾を得るため、陛下の教育から手を付ける。
通常であればとても無理な話を、あの手この手で実現してしまった。
著名な蔡邕どのまで引っ張り出すその手腕には、素直に感心してしまうほどだ。
そうして環境を整えると、綱紀の粛正に手をつけた。
この国には外戚や宦官の後押しで任官した無能どもが、あまりに多過ぎる。
そこで州牧を全土で復活させ、汚職官吏を摘発しようと言う。
ただしあまりに急進的な取り締まりは混乱を招くため、比較的おだやかな処罰を提案した。
さらに宦官や外戚に歪められた郷挙里選も正常化できるということで、袁隗たちを説得してしまう。
いかに陛下を味方につけたとはいえ、なかなかに巧妙な立ち回りだ。
次に提案したのは、豪族の兼併対策だ。
たしかに最近は豪族の勢力が強まる一方で、この国の大半を占める小農民が減っている。
それに手を付けるのは正しい感覚だろう。
それどころか、小農民を支えるべく、民屯や徴税方法の見直しにまで手を出した。
最初は驚いたが、それらはことごとく合理的だ。
それらと並行して、董卓さまは驃騎将軍に就任し、国内の治安回復に力を入れてもいる。
しかも各地で情報を集め、必要であれば監察官の派遣を要請するという。
それは間違いなく、各地の汚職官吏に圧力となっているだろう。
ともすれば人任せになりがちな汚職の摘発も、手抜きは許さないといったところか。
何が彼を、そこまでさせるのだろうか。
ある日、ちょっと聞いてみた。
「結局のところ、閣下は何を求めているのですか?」
「ああん? それはいつも言ってるじゃねえか。より多くの民が、幸せに暮らせる社会にしたいって」
「ええ、それは聞いているのですが、閣下自身はどうされたいのかと」
「俺がどうしたいかって?」
董卓さまはちょっと考えると、こう言った。
「俺の夢はな、故郷で大往生することなんだ。しかし国が荒れてたら、おちおち引きこもってもいられないだろ? だからこうして、汗を流してるんだよ」
「ははぁ……なんともその、欲のない話ですね」
「そうか? やることやって、故郷で大往生なんて、贅沢な話じゃねえか。ついでに、歴史にちょっと名が残れば、それで十分よ。あ、もちろん悪名は勘弁だぜ」
「プッ、これだけのことをして、悪名なんてあり得ませんよ。おそらく、劉弁陛下の忠臣として、後世に語り継がれるでしょう」
「ああ、本当にそうなら、いいんだがな」
これだけの事をしておいて、悪名を恐れるだなんて、おかしなお方だ。
しかしどうやら彼は、本気で言っているようなのだ。
一時は危惧したが、このお方を選んだ決断は、間違っていなかったようだな。
今後も董卓さまと一緒に、改革を進めていこう。




