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ヤマト奇談集  作者: flat face
播磨王朝
40/54

稚鷦鷯

稚鷦鷯はデザインをpixivにアップしています(https://www.pixiv.net/artworks/139741835)


   一


 超大国である(しん)(たん)(中国)はその在り方に倣うことが周辺諸国にとって文明国たる証だった。

 ()(しま)(本州・四国・九州)の大部分を支配する()(こく)も震旦に倣い、(じゆ)(きよう)を採用して君主である(おお)(きみ)に権力を集中させようとした。

 しかし、八洲は震旦ほど発展していなかったので、集権化は倭国に無理を強いた。


 特に(わか)(たける)という大王は社会の秩序を尊ぶ儒教に飽き足らず、(ほう)()の思想を採用し、専制的な権力の下、厳格な法律によって国を縛ろうとした。

 だが、それは却って社会を混乱させ、王朝の交替をもたらした。

 幼武の属した(かわ)()(おう)(ちよう)に代わって(はり)()(おう)(ちよう)が興り、個人の幸福を重んじる(どう)(きよう)が採用された。


 震旦でも法家を採用した(しん)が滅ぶと、代わって興った(かん)が道教の一種たる(こう)(ろう)()(そう)を採っていた。

 黄老思想は(ろう)()を教祖とする道教の教えに従えば、伝説の理想的な君主である(こう)(てい)の治世が再現されると説いた。

 漢はそれに基づき、個人に幸福を追求させ、社会の秩序を保つための負担を強いさせず、秦の専制で混乱した社会を復興させた。


 播磨王朝を興した立役者の一人たる(いい)(とよの)(いらつ)()(いい)(とよ)は八洲の知識層である巫術者だった。

 彼女は道教を王朝の理念に採用しただけではなく、自身もその科学技術たる(れん)(たん)(じゆつ)に精通していた。

 個人の幸福を重視する道教は、そのためには科学技術も利用した。


 飯豊が錬丹術を学んだのは従兄の(くろ)(ひこの)()()からだった。

 黒彦王子は幼武の兄で、権力を握ってはいなかったが、公的な立場にいなかった分、私人としての幸福を追求して錬丹術に没頭した。

 そのような黒彦王子から教えを受けた飯豊は、王朝の交替に当たり、河内王朝の(おお)(おみ)であった()(ぐりの)()(とり)()(とり)と交渉を持った。


 大臣は政界の長で、真鳥は幼武の指名によってその地位にあった。

 彼は播磨王朝に協力し、それと引き換えに大臣の地位を保証された。

 播磨王朝は飯豊の次弟たる()()がまず即位し、彼が子供を残さずに崩御すると、長弟の()()が大王の位に即いた。


 意祁の急逝後は彼の一人息子である(わか)鷦鷯(さざき)が跡を継ぎ、二十五代目の大王となった。

 その頃にはもう飯豊らは身罷っており、稚鷦鷯もまだ稚くて未熟だったので、真鳥が播磨王朝の実質的な長として国を治めた。

 彼が政務を執る邸宅は、稚鷦鷯の宮殿よりも立派だった。


 幼武の専制を間近で見てきた真鳥は、その弊害も目の当たりにしており、幼武のごとき専制君主の再来を防ぐのが彼の専制に加担した罪滅ぼしと考えていた。

 そのために真鳥は倭国の分権化だけではなく、大王の形骸化も図った。

 それは(かつら)(ぎの)(つぶら)(つぶら)の構想を受け継いだものだった。


 円は幼武に討たれた大臣で、震旦の(きよう)()を模範とし、大王を国政に介入させず、豪族の合議で運営される政体を目指していた。

 倭国は八洲の諸国が連合した政権で、国々の王たちが豪族となり、大王と中央および地方の大豪族によって国政が運営された。

 (かつら)()(うぢ)は中央の大豪族で、播磨王朝の大王たちもその血を色濃く引いていた。


 真鳥は全国の豪族を平等に国政の運営に参加させ、倭国を分裂させずに分権化しないようにした。

 それには大王に実権を持たせてはならず、真鳥は稚鷦鷯を実質上の軟禁状態に置いた。

 彼は親政を行うにはまだ早いと稚鷦鷯に言い、震旦の書物で刑罰の理論を修学させ、学問の世界に閉じ込めようとした。


 稚鷦鷯は伯母の飯豊に似て勉強に熱心で、真鳥はそれを利用しようと試みたのだ。

 ところが、稚鷦鷯の向学心は真鳥の予想以上で、法令に詳しくなったばかりか、判例について鋭い意見を述べることさえあった。

 早くに父を亡くした彼は、大王の一族たる()()(うぢ)を自分が背負って立たねばと意気込んでいた。


 真鳥が稚鷦鷯の自立を危ぶみ、美食させて華美な衣服を与えたが、堕落することはなかった。

 ただ、稚鷦鷯は後見人の真鳥に父性を見出し、国政に辣腕を振るう彼を敬愛していた。

 真鳥はそこに付け込むことにした。


   二


 飯豊は黒彦王子から受け継いだ仙丹を真鳥に遺贈していた。

 仙丹とは仙人になるための丹薬だった。

 仙人は道教における理想の存在で、不老不死の体や神通力を持つとされていた。


 錬丹術は練り薬である丹薬によってそのような仙人になろうとした。

 また、震旦においては両性具有も理想の存在とされた。

 黒彦王子が受け継いだ仙丹には男性の体を女性化する薬も含まれていた。


 それは媚薬の効能もあって房中術にも用いられた。

 錬丹術には房中術で体内に仙丹を作る内丹術があった。

 真鳥は女性化の仙丹を稚鷦鷯の食事に混ぜ、彼と同性愛たる(うるわしき)(とも)の関係を結んだ。


 善友には年長者が年少者が導くという側面もあり、稚鷦鷯は敬愛する真鳥の誘いを拒まなかった。

 仙丹も使って稚鷦鷯を性行為に溺れさせ、堕落させようというのが真鳥の狙いだった。

 しかし、自分に身を任せる稚鷦鷯に真鳥も血が騒いだ。


 稚鷦鷯は見た目こそ野暮ったかったが、さらりとした髪と黄金のように輝く眸を持ち、その白すぎる肌は静脈が青く透け、甘い香りを漂わせていた。

 丸みのある肉体は、まだ幼くて驚くぐらいに軽く、肩や腰は少しでも力を加えれば折れそうなほどに細かった。

 それでいて胸は仙丹によりぷっくりと膨らみ、尻も愛らしい果実のごとく実っていた。


 真鳥は稚鷦鷯の乳首に吸い付くと、つんと尖った乳頭を舌先でつついた。

 稚鷦鷯はもどかしそうに腰を捩らせ、その皮膚から放たれる匂いが濃厚になった。

 真鳥は稚鷦鷯の膝に手を掛けて開くと、女陰のようになった彼の窄まりへ自身の牡を挿り込ませた。


 稚鷦鷯は体を震わせて吐息を漏らし、余りの心地良さに真鳥の顔も歪んだ。

 彼は全身を痙攣させながら、快楽の声を上げ、真鳥の首筋に爪を食い込ませた。

 真鳥は手の平で稚鷦鷯の乳房を揉みしだき、彼の男根もしごいでやった。


 稚鷦鷯はしなやかな肢体をくねらせ、髪を乱してよがり、泡混じりの蜜液を先端から迸らせた。

 真鳥も抜き差しを加速させ、極まりを迎えて痙攣し、稚鷦鷯の内壁に熱い精液をどっと吐き出した。

 肩で息をしながら、真鳥は腕の中にいる稚鷦鷯を胸に抱き寄せ、彼と唇を求め合い、その舌を甘噛みした。


 稚鷦鷯は敬愛する後見人に警戒心を抱かず、快楽を素直に受け入れ、真鳥の狙い通り彼との性行為に溺れていった。

 だが、妻に先立たれてやもめ暮らしが長かったからか、気付けば真鳥も稚鷦鷯の虜になっていた。

 そして、それが真鳥の構想を破綻させた。


 真鳥は稚鷦鷯に夢中となってしまったため、(おお)(ともの)(かな)(むら)(かな)(むら)(つぬ)鹿()(敦賀市)において()()()と密かに会談したのを見逃した。

 (おお)(とも)(うぢ)は大王の護衛を職掌とし、官界の長である(おお)(むらじ)を輩出した。

 彼らは大王への忠義に厚く、大王の廃止も視野に入れる真鳥には反発していた。


 震旦の共和では(きよう)(はく)()が王を追放し、諸侯が合議する体制に移行した後、(しゆう)(こう)(しよう)(こう)の二人が王の代わりに国の代表となった。

 真鳥はそれに倣い、最終的には大臣と大連を倭国の代表に据え、大王を廃止したいと考えていた。

 そのために彼は大伴氏と同じく大連を輩出していた(ものの)()(うぢ)と組んだ。


 このままでは真鳥の構想が実現してしまいかねなかったので、それを危惧した金村は、男大迹の本拠たる(こしの)(くちの)(くに)(福井県東部)に赴いた。

 (おき)(なが)(うぢ)の男大迹は(こしの)(くに)(北陸)のみならず、()(うみの)(くに)(滋賀県)や(わか)(さの)(くに)(福井県西部)も支配する強大な豪族だった。

 それに、高祖父が大王の息子で、阿毎氏の血を引いてもいた。


 大王には阿毎氏に連なる者の内、統治の重責に堪えうる成人を即位させるべきという不文律があった。

 その点から言えば、幾ら前の大王に一人しかいない息子といえども稚鷦鷯が即位するのは、伝統に反していた。

 それに比べて男大迹は大王の血を引き、脂の乗り切った働き盛りで、領地の経営に実績があった。


 しかも、真鳥が進める分権化に賛同していなかった。

 地方にも分権化に反対する豪族はおり、分権はどれだけ対策を施そうとも倭国を分断させ、国が乱れるとと主張した。

 それゆえ、正統な大王として倭国を治めていただきたいと金村から要請されると、男大迹はそれを受けた。


   三


 男大迹は息長氏や大伴氏を従え、都のある大和(やまとの)(くに)(奈良県)を目指して(やま)(しろの)(くに)(京都府南部)に進撃した。

 息長氏と繋がりの深い()(わりの)(くに)(愛知県西部)の()(わり)(うぢ)や近江国の()()(うぢ)も男大迹に与していた。

 中央でも大和国の北部を本貫地とする()()(うぢ)()()(うぢ)が男大迹に味方した。


 男大迹の挙兵を報された真鳥は、彼を迎え撃たんとし、()(ぐり)(うぢ)からだけではなく葛城氏や物部氏、()()(うぢ)()()(うぢ)()()(うぢ)らからも兵を集めた。

 (つく)(しの)(うみ)(有明海)の沿岸地域に勢力を張る首長たちの連合も、真鳥の側に立つと表明した。

 しかし、男大迹が(おと)(くに)(乙訓郡)へ根拠地を築くのに成功すると、物部氏は支族の()(づみ)(うぢ)ともども寝返った。


 警察や諜報を掌る彼らは、機を見るに敏だった。

 男大迹は物部氏の勢力圏である(かわ)(ちの)(くに)(大阪府南東部)に迎えられ、(くず)()(枚方市北部)に仮の宮殿を築いた。

 ()()(がわ)(よど)(がわ)が合流する樟葉は交通の要衝で、そこを抑えた彼は、真鳥たちと筑紫海の首長連合が連携するを阻止した。


 こうなってくると、真鳥の推し進めていた分権があだとなり、巨勢氏や三輪氏が離反するなど播磨王朝の結束が揺らいだ。

 最初に動いたのは蘇我氏で、勢力が小さい彼らは自分たちだけで動こうとはせず、まずは()(せの)()(ひと)()(ひと)に働き掛けた。

 男人は一族の長たる(うぢの)(かみ)だったが、元は(ささ)(べの)()(ひと)という入り婿だった。


 それ故に男人の立場は不安定で、そのことが災いして彼には優柔不断なところがあり、真鳥への協力を続けるべきか迷っていた。

 蘇我氏はそうした男人に真鳥を見限るよう説き伏せた。

 巨勢氏は大臣を輩出できる一族としては平群氏に次ぐ大豪族だったので、男人が男大迹の陣営に鞍替えすると、三輪氏らもそれに同調した。


 ()(わの)特牛(ことい)特牛(ことい)は三輪氏が祭祀や外交の式典を担っているからか、政治的な宣伝を得意とし、本人もそれを楽しんでいた。

 蘇我氏は特牛に頼み、稚鷦鷯の正統性が失われるような噂を流させた。

 男大迹の歓心を買うため、特牛は嬉々として稚鷦鷯の悪行を捏造した。


 震旦の古典に精通してもいた彼は、そこから着想を得て稚鷦鷯が全裸の女を馬と交尾させたなど煽動的な風聞を流布させた。

 下世話な誹謗中傷であったがゆえに人々は面白がって流言を広め、民心の離れた播磨王朝は劣勢となり、真鳥の息子たる()(ぐりの)(しび)(しび)も戦死した。

 そうして稚鷦鷯のいる都に大軍が攻め上がってきた。


 最早、播磨王朝の軍では敵の圧倒的な兵力に抗えなかった。

 敗戦は火を見るより明らかで、真鳥は稚鷦鷯が死んだと偽り、彼を落ち延びさせて再起を図ることにした。

 攻め落とされた宮殿が消失する最中、稚鷦鷯たちは密かに脱出して(みち)(のく)(東北地方)に逃れた。


 道奥には倭国に加盟していない(あら)()(ばき)(おう)(こく)があり、倭国と敵対していたが、敵の敵は味方だった。

 荒覇吐王国に亡命した稚鷦鷯は、倭国を揺さぶるために厚遇され、(いち)(はさま)(一迫町)に領地を与えられた。

 そこで彼は一緒に生き延びた真鳥の子供を出産した。


 稚鷦鷯の直腸は奥に子宮と同じ機能を持つ生殖器があり、妊娠することが可能だった。

 排泄物はそこから分泌される愛液のような粘液で分解されていた。

 結局、稚鷦鷯は大王に返り咲けず、西(せい)(れき)の紀元後五〇六年に亡くなったとされたが、実際は真鳥との間に子宝に恵まれ、彼と結婚して(かす)(がの)(いらつ)()と称し、愛する家族に囲まれて夫ともども長生きした。


 その子孫は稚鷦鷯の崩御で断絶した播磨王朝を復活させるため、(こしの)(なかの)(くに)(富山県)に潜入するも志を果たせずに終わった。

 倭国は男大迹が新たな大王となり、彼の開いた王朝へ完全に移行していた。

 そこに播磨王朝の残党が付け入る隙はなかった。


 その新しい王朝において男人は大臣となったが、蘇我氏によって失脚させられ、巨勢氏は彼らの風下に立たされた。

 葛城氏は播磨王朝により再興させられたため、最後まで男大迹に抵抗し、その領地を没収され、蘇我氏がそれを継承していた。

 そうした蘇我氏に大臣の地位を奪われ、男人は失意の内に没した。


 特牛は王朝が替わっても繁栄を謳歌した。

 男大迹の子である(ひろ)(にわの)()()が即位すると、彼は祭典を挙行し、主君の治世を言祝いだ。

 そのような活動が幸いしてか、特牛は天寿を全うした。



   註


*稚鷦鷯が一迫に落ち延びる:田辺希文『封内風土記』

*生き延びた真鳥の子孫が越中国にいる:『竹内文書』

*特牛が広庭王子の治世に祭典の挙行する:『大神朝臣本系牒略』


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