48 禁書が選んだ恋人
ああ、やってしまった。
エリオットはバタンと乱暴に閉じられた扉を見つめ、困り果てていた。
「そんなつもりは、なかったのだが」
今頃扉の向こうでは、彼のかわいい恋人がプリプリ怒ってして──いや、羞恥に顔を赤らめて、抱えた膝に顔を埋めているに違いない。
真っ赤な顔もかわいいのだが、とエリオットは溢れる愛しさを堪えるように、口許を覆った。
紆余曲折ありながらも、彼女を手に入れてから数カ月が経過した。
初めての恋人にすっかり夢中なエリオットは、彼女とどう接するべきかと模索する日々である。
というのも、今まで愛されてこなかった反動なのか、シュエットを手に入れてからというもの、エリオットは彼女を甘やかしに甘やかしているのだ。
このままではダメになるとシュエットが困っても、お構いなし。
できれば四六時中そばにいたいし、彼女の身の回りの世話は全部してあげたいし、なんなら執務中は膝に乗せておきたいくらいだと思っている。
今日も今日とて恥ずかしげもなくお茶と一緒に出したスコーンを「あーん」したところで限界がきたシュエットは、顔を真っ赤にして逃げてしまった。
かわいい。かわいすぎてどうして良いのかわからない。
エリオットはシュエットがかわいすぎて、理性がグラグラだ。
いつ襲ってもおかしくない、危うい状態である。
「そんなつもりはって……なんて、白々しい男なんだ。さすが、あの男の子孫。恐れ入るわ。明らかにそういう雰囲気にしようとしていたじゃないか!」
扉の向こうから聞こえてきた声に、エリオットは不満げにフンと息を吐いた。
今ごろヤツは、よしよしとシュエットにすり寄っているのだろう。
「腹たつなぁ……」
シュエットを怒らせるのも、宥めるのもエリオットの役目なのに。
余計なことをするなと、エリオットは扉を睨みつけた。
「男の嫉妬は醜いぞ。シュエットに見限られないように気をつけるのだな!」
本当に、憎らしい。
ヤツの名前は、ルネット。
執事見習いの格好をした少年のような姿をしているが、真の姿は禁書である。
王族の婚約を司る、婚約の書。
シュエットと初めてキスをしたあの日、突然現れてエリオットを蹴り飛ばしたとんでもないヤツだ。
嫁選びの書が無事に役目を終えたあの日、「次はボクだ」とやってきたのがルネットだった。
それ以来、好きが過ぎて花嫁に逃げられる王族のために生み出された禁書は、シュエットを宥めすかし、煩悩に塗れたエリオットを叱り飛ばし、なんとか婚姻まで清い仲でいさせようと必死である。
カチャリ、と扉が再び開く。
おずおずと扉から顔を覗かせたシュエットに、それまで浮かべていたしかめ面から、とろけるような笑みへ塗り替えた。
「あの……エリオット」
「どうしたの、シュエット」
執務机に肘をついて、首をかしげる。
もちろん、わざとだ。
子どもっぽいしぐさをするとシュエットが甘やかしてくれるのをわかっていて、やっている。
「ごめんなさいね。これくらいで、逃げ出して。あの、嫌なわけじゃないのよ。恥ずかしいだけで。だから、その……」
「大丈夫だよ、シュエット。それくらいで僕が君を嫌いになるわけがない。それよりも、しつこくしてごめんね。ずっと一緒にいた反動からか、君がそばにいないと落ち着かないんだ。特に今日は忙しかったから、君に甘えたかったみたいだ。良ければ、膝枕をしてもらっても?」
エリオットの提案に、シュエットの顔がパッと華やぐ。
嬉しそうに入ってきた彼女は、定位置になりつつあるソファの端へ腰掛けた。
膝をそろえて、ワンピースのシワを伸ばす。
すっかり準備万端になると、シュエットは嬉しそうな顔をして「さぁどうぞ」と膝をたたいた。
このところシュエットは、エリオットに甘やかされるだけでは物足りないらしい。
甘やかされるだけでなく甘やかしてみたいのだと言った彼女に膝枕を所望したら、それ以来何度もしてくれるようになった。
すごく、嬉しい。嬉しいには嬉しいのだが、エリオットには少々つらいものがある。
齢二十二の若き公爵は、公爵である前に一人の男なのだ。
好きな女性の膝に頭を乗せて、優しい手つきでナデナデなんてされたら、うとうとする前につい手が伸びてしまう。
「エリオット!」
伸ばした手をピシャリと叩き落とされる。
シュエットはそんなことをしない。
こんなことをするのはもちろん、厄介な禁書である。
「なんだよ、これくらい良いじゃないか」
「それで止まるならボクだって止めないさ。でも、今のは止まらない雰囲気だったからな!」
シュエットは「あらあら」とまるで妹たちのけんかを仲裁するような態度で、エリオットの手を取り、赤くなった肌におまじないと称してキスを落とした。
それからハッとして、窓ガラスに目を止める。
何か、見えたのだろうか。
トログロディット侯爵の魔術を解いてから、彼女の能力は日々進化している。
ふとした弾みに未来を見ることも、増えてきているらしい。
「シュエット、何か見えたのか?」
「ええ。楽しそうな笑い声だったわ」
声ときたか。
本当に、彼女の進化には驚かされる。
予言の魔導師と呼ばれる日は、近いかもしれない。
執務室の止まり木で、モリフクロウ姿のピピが「ホゥ」と鳴く。
まるで「ね? 結婚相手は誰でも良くなかったでしょ?」と言っているように聞こえて、エリオットは苦笑いを浮かべた。
ピピの言う通りだ。誰でも良くなんてなかった。
エリオットは諦めていただけ。初めて会ったあの時から、きっともう決めていた。
シュエット・ミリーレデル。彼女しか、要らないと。
これにて完結です。
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現在、次回作に向けて執筆を始めています。
またお付き合い頂けますと幸いです。




