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47 待てができない公爵様

「──そして私は、ジンクスに囚われたのね?」


「そういうことだ」


 なんてこと、とシュエットは座っていたソファの背にもたれた。

 まるで、小説のような話だ。信じられないと思うが、本当の話だという。


 それにしても、どうしてエリオットはそこまで詳しく知っているのだろうか。

 当事者であるシュエットよりも、事情に詳しい。

 不思議に思って問いかけると、エリオットはなんでもないことのようにこう言った。


「関係者を全員、捕らえたからね。侯爵は現在、取り調べ中だよ。解術方法も、間もなくわかるだろう。この件で僕は生まれて初めて、王弟で良かったと、公爵で良かったと実感した。そうでなかったら、こんなことはできなかっただろうからね」


 初めて権力を行使したよ、とエリオットは泣き笑いの顔で告げてきた。

 シュエットを逃すものかと必死だった、と。


「僕はずっと、公爵であることが嫌で仕方がなかった。出来損ないのくせに位だけは立派で、それに見合う努力もまともにできない。粛々と、与えられた義務を全うするだけの存在だった」


 嫌で仕方がなかった、公爵の力を使う。

 それはエリオットにとって、どれほど苦痛を伴うものなのだろう。

 シュエットは痛ましげに、彼を見た。


「そんな僕だけれど……シュエットだけは、諦めたくなかった」


 エリオットの視線と交わる。

 彼の目は、本気だった。本気で、シュエットを諦めないと決めている。


(逃げられない。きっと、どこまでも追いかけられる)


 湧き上がるのは恐怖ではなく、歓喜だった。

 シュエットはひどいことをしたのに、それでも彼は求めてくれている。

 それがどうしようもなく嬉しくて、胸が苦しい。


「僕ははじめ、シュエットはなんでもできる完璧な女の子だと思っていた。でも……一緒に暮らしてみると、完璧だと思っていた女の子は、ちっともそんなことはなかった。どこにでもいるような、苦手なことのある女の子だった。料理が苦手で、掃除も苦手で……」


 エリオットはそんなシュエットを、かわいいと思った。

 しっかり者で頼られる側の彼女が、エリオットだけに弱いところを見せている。

 まるで自分が特別な存在になったようで、エリオットはますますシュエットに心を傾けていった。


「ねぇ、シュエット。僕たちは一緒にいるべきだと思わないか?」


「でも、私たちは身分が……」


「それについては解決済みだ。禁書の選んだ花嫁は、血筋よりも優先される。たとえシュエットが公爵に見合わない立場なのだとしても、関係ない。気になるのなら、魔導師になれば良い。この国は魔導師の力が強い。君が本気になれば、爵位も手に入るよ」


「でも、ジンクスが……」


「今の君はまだジンクスに囚われた状態で、無意識にジンクスを実行してしまうだろう。間もなく解除されるとはいえ、僕はそれまで待てない。いや、待ちたくない。だって僕は、シュエットが好きなんだ。自惚れでなく、君も僕に惹かれているだろう?」


 そこでだ、とエリオットは勿体ぶったように言った。


「この部屋を用意した」


「……この部屋」


「ここは、王族を取り調べるための部屋なんだ。この部屋には特殊な魔術が施されていて、何人たりとも魔術を行使することはできない。つまり、シュエットはジンクスを気にすることなく、思いのままに告白できる部屋というわけなんだよ」


 万事休す。

 逃げ道は、塞がれた。


(もう、認めるしかない)


 目の前ではエリオットが、期待に満ちた目をして待っている。

 早く早く、と待ちきれない様子で。


「シュエットは僕のことを、どう思っているんだ?」


「そんなの、聞かなくたってわかっているのでしょう?」


 恥ずかしくて、ついそんなことを言ってしまう。

 シュエットはかわいげのない女なのだ。「好き」なんて、すぐ言葉にできない。


 シュエットが「さっき言っていたじゃない」と言えば、エリオットは面白くなさそうに唇を尖らせた。

 それから少し考えるようなしぐさをしたかと思うと、スタスタとシュエットのそばへ歩み寄る。


「シュエット。言って?」


 しゃがみ込んで、上目遣いで見てくるエリオットは、凶悪なくらいに美しかった。もはや、魔性と言っても過言ではない。


 これには、シュエットも沈黙した。

 ずるい、ずるい、ずるすぎる。

 これはかわいい女の子がするから言うことを聞きたくなるのであって、美貌の男がしたら声も出ない。


 いろんな意味で大ダメージを受けたシュエットは、敗残兵のようにぐったりと、頭を下げた。


 ハラリと落ちたシュエットの髪を一房救い上げ、エリオットは見せつけるようにキスを落とす。

 まるで唇にされたような錯覚に、シュエットの頬が一気に赤らんだ。


「僕のことを見る時のシュエットの目は、とろけるように甘い色をしている。その目で見つめられると、僕は幸せだなぁって思うんだ。だけど、言葉にしてもらえたら、もっと幸せになれるような気がする」


 エリオットの手が、シュエットの顎を掬う。

 言葉を促すように、長い親指が彼女の唇に触れてムニムニと押した。


 どれくらいそうしていただろうか。

 なかなか覚悟が決まらないシュエットに、エリオットは我慢の限界を迎えたらしい。


 シュエットを見るエリオットの目に、ギラギラとした光が宿る。

 思わずシュエットが後退ると、逃さないとばかりに腰をホールドされた。


「じゃ、じゃあ、一緒に言いましょう。私だけなんてずるいわ。私だって、聞きたいもの」


 慌てて提案しても、もう遅い。

 逃げたくなるような色香を撒き散らし、エリオットの顔が近づいてくる。


 待ってと言おうとした吐息ごと、唇を奪われた。

 試練の時はあんなにも紳士的だったのに、今はその片鱗(へんりん)さえ見当たらない。

 獲物を捕らえた猛禽類のように、エリオットは容赦なく貪ってくる。


 シュエットから甘ったるい声が漏れると、エリオットはますます遠慮がなくなった。

 くったりとした彼女の体をソファへ横たえ、快楽にとろける表情に舌舐めずりする。


「エリオット……」


(まさか、ここで?)


 期待と不安がない混ぜになる。

 興奮したエリオットが自分に何を求めているのか、わからないほど子どもではない。


(でもまだ返事もできていないのに……)


 シュエットが戸惑っていると、ガシャーン!と天井近くの窓が蹴破られた。

 呆気に取られるシュエット。そして身構えるエリオット。


 侵入者はシュエットに向かって綺麗なお辞儀をすると、今度はエリオットの方を向いてガツンと彼に蹴りを入れた。

 容赦ない蹴りに、エリオットが吹っ飛ぶ。


「きゃあああ!」


 ゴロゴロゴロと転がるエリオットを、シュエットは慌てて追いかけた。

 続いて入ってきたピピはそんな二人を見ながら、


「ようやった、ルネット!」


 と、侵入者とハイタッチしていた。


読んでくださり、ありがとうございます。


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