45 夢の代償
王宮へ連行されたシュエットの身柄は、迎えに来た近衛騎士とは別の近衛騎士に引き渡された。
そうして連れて行かれた先は、当然、牢である。
(ああ、ここで私は暗く陰鬱な日々を送るのね……)
エリオットを拒否した代償は、あまりにも大きい。
きっとシュエットはここで、何カ月も、いや、もしかしたら何年も過ごすことになるのだろう。
(一生でないことを祈るばかりね)
分厚い扉が開かれて、シュエットは中へ押し込まれた。
石造りで不衛生な、みすぼらしい部屋を想像していたシュエットは、押し込まれた先の部屋があまりにも想像と違って驚く。
そこはまるで、高貴な身分の人の部屋のようだった。
床には絨毯が敷かれ、置いてある調度品は、使用するのに躊躇しそうな高価なものばかり。
そもそもここは、牢なのだろうか。
天井近くには窓があり、そこから日の光が差し込んできている。
やろうと思えば容易に、脱獄できてしまいそうだ。
シュエットはとりあえず近くにあったソファへ腰掛けた。
フカフカのソファに感動しながら、改めて室内を見回す。
「本当に、ここが牢屋なの? まるで貴族の館の一室みたいじゃない」
「牢屋じゃないよ」
部屋にはシュエットしかいないはずなのに、背後から声が返ってくる。
シュエットは、ビクリと体を震わせた。
驚いたからじゃない。愚かにも、また会えたことに体が勝手に歓喜している。
エリオット。
そう呼びそうになって、シュエットは唇を噛んだ。
「ここは、取調室さ」
まるで恐怖小説のワンシーンみたいだ。
振り返ったら、凶器を持った狂人が立っていそう。
そんなことを思うのは、クツクツと笑う彼の声が、ひどく楽しげだったからだろう。
どうしてそんな声を出せるのか、シュエットには皆目見当もつかない。
壊れたおもちゃみたいに、シュエットはぎこちない動きで振り返った。
「久しぶりだね、シュエット」
彼は笑う。
罪悪感で、シュエットは彼の顔を見ることもできない。
「……」
「あれ、おかしいな。ピピはまだ、記憶を消していないはずだよね? 僕のこと、忘れちゃった?」
「……忘れてないわ。ちゃんと、覚えている。どうしてか、わからないけれど」
喉が張り付くような不快感を覚えながら、シュエットはポツポツと答えた。
「そう。まだ覚えていてくれて、嬉しいよ」
エリオットはそう言うと、近くにあった椅子を持ってきて、シュエットの向かいで腰掛けた。
彼の手には何枚もの書類の束が握られていて、その表には『極秘事項』と赤いインクでスタンプが押されているのが見える。
「ねぇ、シュエット。僕はね、この数日、すごく頑張ったんだ。すぐに迎えに行きたかったけれど、その前にどうしてもやらなくてはいけないことがあってね」
ニコニコと笑顔で話しかけてくるエリオットに、シュエットは居た堪れない気持ちでいっぱいだった。
ソファの上で身を縮こませて、彼が言う言葉に怯えながら耳を傾ける。
「やらなくてはいけないこと……?」
それは、魔導書院のことだろうか。
(魔導書院の引っ越しが終わったから、気兼ねなく私を処断できるってこと……?)
首を竦めて恐々と問うシュエットに、エリオットは「そう怯えないで」と苦く笑んだ。
そんなことを言われたって、とてもじゃないけれど無理だ。
だってシュエットは侮辱罪でここへ連れてこられたのだ。
目の前には被害者、シュエットは加害者。何をされても文句を言える立場じゃない。
「どうしてもシュエットを諦めきれなかったから、足掻かせてもらっただけだ。でも、シュエットも悪いんだよ? だって君ときたら、僕のことをきちんと拒絶してくれなかった」
「私はさよならって言ったわ。終わりにしましょうって」
「駄目だよ、そんな言葉では。僕は人付き合いが下手なのだから。察するなんて高度なこと、できやしないんだ。僕を完全に拒否するつもりなら、“大嫌いだ”と突き放さないといけなかった」
それなら言ってやる!
勢いで口を開き、シュエットは心にもないことを叫ぼうとした。
「だっ、」
しかし、伸ばされてきたエリオットの手が、彼女の唇を塞ぐ。
何をするのだと涙を浮かべて睨むシュエットに、エリオットは悲しそうだ。
「まずは、話を聞いて。それでも嫌だというなら、大嫌いだって言って良いから」
こくりと頷いておとなしくなったシュエットから、エリオットは手を離す。
乗り出すように手を伸ばしていた彼は、椅子へ座り直しながら持っていた書類をシュエットへ差し出した。
「まずは、これを」
読めということだろうか。
渡された書類をそっとめくる。
一枚目、二枚目、三枚目……読めば読むほどに信じられないようなことが、書類に書いてあった。
(まさか、これが私の身に起こっていたことなの?)
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