44 泡沫の夢のあと
エリオットに──いや、公爵様に別れを告げてから数日が過ぎた。
彼が提案してくれたフクロウカフェは、今のところ順調である。
レディ・エルの番になりそうだったシロフクロウは、ミリーレデルのフクロウ百貨店にもういない。
今は、コルモロンの立派な屋敷で、レディ・エルと仲睦まじく暮らしている。
もう少ししたら、二羽のかわいいベイビーが生まれるだろう。
その時はぜひとも、お祝いの品を贈りたいとシュエットは思っている。
そして、コルモロンだが。
彼にもレディ・エルと同じくらい大切な相手ができたようだ。
フクロウカフェへ訪れていた品の良い女性と意気投合し、結婚を前提にお付き合いを始めたのだとか。
なぜかその話が一人歩きをして、「フクロウカフェへ行くとすてきな出会いに恵まれる。フクロウが福をもたらしてくれる」なんてうわさが広まりつつあるが、やっぱりカナールが発信源だろう。
カナールを注意するべきなのか、それとも褒めるべきなのか。
悩ましいところだ、とシュエットは思っていた。
「ふぅ」
本日何度目かもしれないため息を吐いて、フクロウカフェのドアにかかったプレートを『OPEN』から『CLOSE』にひっくり返す。
お客様をもてなしてくれたフクロウたちにねぎらいの言葉をかけながら、シュエットは一羽一羽大切に一階の店舗へ帰した。
フクロウたちを帰したら、次は掃除である。
ガランとした店内を見つめ、シュエットは憂鬱そうに顔をしかめた。
掃除は苦手だ。でも、やらないと衛生的によろしくない。
「掃除、しなくちゃ」
ゆらりと亡霊のように動いて、シュエットはほうきを手に取った。
掃除が苦手だというシュエットに、エリオットはいろいろコツを教えてくれた。
上から下へ、奥から手前へ。比較的綺麗な場所から汚れた場所へと掃除すれば、手間が少なくなる。
「何をしたって、思い出しちゃうわね」
たったひと月しかいなかったのに、そこかしこにエリオットとの思い出が詰まっている。
シュエットがエリオットに別れを告げて帰宅した時、もう部屋にエリオットのものはなくなっていた。
彼の荷物のように、シュエットの記憶も忽然と消えてしまうに違いない。
そう思いながら数日がたったが、シュエットの記憶は未だ消える気配がないままだ。
ほうきを握りしめて、重苦しい気持ちを吐き出すように息を吐く。と、その時だった。
カランコロンと、入り口のドアベルが鳴る。シュエットは振り向きざまに、
「ごめんなさい、もう閉店なんです」
と言った。
入ってきた男は、王宮の近衛騎士だった。
深緑色の騎士服に、革のブーツ。腕には階級を示す腕章がつけられている。
「あの……?」
近衛騎士は、王族を守るのが仕事だ。シュエットのような庶民の前に、姿を現すことはめったにない。
戸惑うシュエットに、近衛騎士はとんでもないことを言ってきた。
「あなたが、シュエット・ミリーレデル嬢ですね? ピヴェール公爵に対する侮辱罪で、王宮に連行します」
「え⁉︎」
有無を言わさず腕を掴まれて、シュエットの手からホウキが落ちた。
こんな時、いつもならば真っ先に助けに来てくれるラパスは、今日に限って止まり木からこちらを見ているだけ。
「何かの間違いでは? 私は、公爵様を侮辱したことなんてありません!」
「私にはわかりかねます。私はあなたを王宮へお連れするようにと命じられているだけですから。詳しくは、王宮でお尋ねください」
そのまま引き摺られるようにして、階段を歩かされる。
一階では、王宮のものらしい馬車が、シュエットを待ち構えていた。
物々しい様子に、ペルッシュ横丁の人々が遠巻きに見ている。
その中にカナールを見つけたシュエットは助けを求めようとしたが、近衛騎士に素早く馬車へ押し込まれてしまい、叶わなかった。
日も沈み、あたりは暗くなっている。
はっきりと見えなかったが、シュエットを乗せた馬車は確かに、王宮へと向かっているらしい。
見覚えのある建物のシルエットが流れていく様子を見遣りながら、シュエットは「どうして」とつぶやいた。
ピヴェール公爵への侮辱罪。
それはどう考えたって、シュエットがエリオットを拒否した件だろう。
愛は憎しみによく似ていると言うが、エリオットはシュエットに拒否されたことで、彼女を憎むようになってしまったのだろうか。
(だけど、それで侮辱罪って……やりすぎじゃないの?)
いくらなんでも、横暴すぎる。
公爵だからって、こんなことを許されるのはおかしい。
(侮辱罪って、どんな罰だったかしら……罰金? 勾留? まさか、死刑はないわよね?)
三人きょうだいの一番上は、うまくいかない。
そうならないためにエリオットに別れを告げたのに、手酷く失敗しようとしている。
逃げることもできず、納得することもできず、シュエットは唇を噛む。
それからしばらくして馬車が止まり、御者から「王宮へ到着した」と告げられたのだった。
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