43 別れのあいさつ
「……ふぅ」
吹き抜けていく風が火照った体を撫でていく。
抱きかかえられていた体をそっとベンチに下ろされて、シュエットはホッと息を吐いた。
「シュエット、大丈夫か? 飲み物をもらってこようか?」
エリオットは過保護だ。
ちょっとシュエットが疲れたと思ったら、あっさりダンスを切り上げてしまった。
結局、二曲しか踊れていない。シュエットはもっともっと踊っていたかったのに。
まだ踊っていたいと言うシュエットを、エリオットは掬い上げるように抱えて、さっさと広間を後にしてしまった。
子供のようにむくれるシュエットに、エリオットは申し訳なさそうにしながらもなぜか嬉しそう。
(エリオットは、そんなに早くこの時間を終わらせたいの……?)
そうじゃない。
きっと、エリオットはそういうつもりじゃないけれど、シュエットは穿った見方しかできなくなっていた。
これから自分がしようとしていることを正当化するための、自己防衛でもしているのだろう。
だからつい、意地悪な言葉が口をついて出る。
「いい。また、いなくなられたら困るもの」
「うっ、それは……」
シュエットの意地悪な言葉に、エリオットは押し黙った。
わかりやすくションボリして、シュエットの様子を窺うようにそっと見てくる。
せっかくの美貌がもったいない。
だけど、こんな顔をしていても、シュエットはエリオットが好きだった。
「わかっているわ。公爵様にあいさつしていたら、ご令嬢たちに取り囲まれてしまったのでしょう?」
「あ、ああ、そうなんだ」
取り繕うように微かな笑みを浮かべるエリオット。
シュエットが令嬢たちに嫉妬していると思ったのだろうか。
弁解めいた言葉を話す彼に、シュエットは「うそつき」と言いたくなった。
(公爵様にあいさつしていたのではなくて、あなたが公爵様なのでしょう?)
エリオットは黙っていただけ。
おそらく、シュエットを騙そうとか、裏切ろうとか思っていない。
だから彼は悪くない。
悪くないけれど、責めたくなる。
人付き合いが下手で、握手も満足にできない。
家事が得意で、この頃は市場での値下げ交渉もお手の物になっている。
(そんなだから、好きになってしまうのよ。もっと貴族らしくしてくれたら、鼻持ちならないやつだって、嫌いになれたのに)
エリオットは公爵様だけれど、シュエットの前ではどこにでもいる、ただの青年だった。
シュエットと同じように、誰かを好きになって、大事にしたいと思って、一生懸命考えて行動するような、ごく普通の青年だったのだ。
身分さえなければ、シュエットのことを一番に想ってくれる、かけがえのない人になったはず。
(でもエリオットは公爵様。その事実は一生、変わらない)
出会ったばかりの頃に思った、没落貴族だったなら良かった。
そうしたら、ミリーレデル商會の援助と引き換えに結婚することもできたし、ジンクスのことも気にせず一緒にいられたはずだ。
(めでたしめでたしで終わるのは、絵本の中だけ。現実は、ままならないものなのよ、シュエット)
いつものように、戒める。
そう、いつものことだ。
エリオットへの気持ちもきっと、いつかは思い出になる。
(いいえ、思い出にもならないわ。だってピピが、すべての記憶を消してしまうから)
広間へと続く窓から、華やかなメロディーが聞こえてくる。
目の前には真っ白な花がランプに照らされて、幻想的でロマンチックな空間を作り出していた。
会場へ入ってきた時、ここで告白されたらイエスと言ってしまいそうなんて思ったが、今は絶対イエスなんて言わないと断言できる。
(優しい言葉なんて不要よ。コテンパンにやっつけるつもりで、断るの)
エリオットは、シュエットが好きだろう。
そしてシュエットの気持ちも、エリオットに伝わっているだろう。
二人は両想いなのだと、自惚れでなくそう思う。
だからこそ、容赦なく叩きのめさなくてはいけない。
もう一度チャンスをくれと、思わないように。言われないように。
「舞踏会なんて、結婚相手を見つける場だもの。仕方がないわ」
「でも、僕のパートナーはシュエットだ。放っておいて良い理由にはならない」
「そうね。でも、仕方ないわよ。だってあなたは、公爵様なのだから」
シュエットは、世間話をするように、いつもの調子でそう言った。
(きっとエリオットは、驚いて硬直するわ。そこへ、もう一言言ってやるの)
だが、シュエットの予想だにしないことが起こった。
何を思ったのか、エリオットは突如シュエットにハグしてきたのである。
驚いたシュエットは思わず、縋り付くように抱きついてきたエリオットの胸を押した。
逃げるようにベンチから立ち上がって、威嚇するように彼を見る。
「……はぁ?」
改めてエリオットを見ると、彼はなんとも言えない表情を浮かべていた。
言い訳をしようとして口を開いたものの、肝心の言い訳が思いつかない。かといってごまかす術も見当たらない。でも何もしないでいたらシュエットが離れていきそうだからとっさの行動に出た──と、おそらくそんなところだろうか。
(公爵様のくせに、どうしてそんなにかわいいのよ。貴族社会なんて、陰謀渦巻く世界でしょうに)
エリオットみたいな人は、貴族社会で力を持ったお嬢様の中のお嬢様とかお姫様とか、そういう人が必要なはずだ。
嫁選びの書がどうしてシュエットを選んだのかはわからない。
だけどエリオットに必要な人は、シュエットじゃないはずだ。
いろいろ考えたけれど、結局はエリオットを諦める理由を探しているだけだった。
仕方のないことなのだと、自分を納得させたいだけ。
(さぁ、悪あがきはやめて、終わりにしましょう)
「シュエット……?」
まるで迷い子のように不安そうな顔をしたエリオットが、ベンチから立ち上がってシュエットのもとへ近づいてくる。
シュエットは抱き寄せたくなる気持ちを押し込めて、「来ないで」と意識して冷たい声を出した。
「ここで終わりにしましょう? 公爵様」
「……!」
立ち尽くすエリオットを置いて、シュエットは数歩後退った。
そして丁寧に、まるで自分がお姫様かのように優雅に、お辞儀をする。
シュエットなりの、別れのあいさつ。
彼が言っていたような、お姫様に。公爵様と釣り合うような人に、見えているだろうか。
(今日はとても綺麗にしてもらったもの。だから、きっと、見えているはず)
いや、そう見えていなくたっていい。
その方が、エリオットも理解してくれるはずだ。
公爵様に必要なのはシュエットではなく、貴族社会に順応できるお姫様のような子なのだと。
「さようなら、エリオット。幸せになって」
言うつもりなんてなかったのに。
大好きな人の前では、悪役になりきれなかった。
捕まえようとするエリオットの腕をすり抜けて、シュエットは走る。
最終試練だからと腕輪を外してもらっていて良かった。
そうでなかったら、こんな言い逃げはできなかっただろう。
逃げる先なんてバレバレだから、先回りされるだろうか。
そうしたら今度こそ手酷くフッてやるのだと、シュエットは泣きながら笑った。
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