28 ミリーレデル夫妻①
「大事な話があるの」
娘が男連れで帰宅するなりそんなことを言うとなれば、恋人の紹介か、婚約の報告と相場が決まっている。
シュエットの父、パングワン・ミリーレデルは、応接室の椅子にどっしりと腰掛けて、ミリーレデル商會のトップらしい貫禄を見せつけていた。
彼の辞書からは、都合よく『大人げない』という言葉が削除されているようである。
センターテーブルを挟んだ向かいのソファには、愛する娘と、彼女が連れてきた男が座っている。
しっかり者のシュエットが選んだとは到底思えない、おどおどした男。娘はこんな男に騙されたのかと、パングワンは怒りのままに男を睨んだ。
正直に言えば、別の怒りも若干含まれている。
だってシュエットが連れてきた男ときたら、パングワンが愛する妻の視線までも釘付けにしやがったのだ。
確かに、男の見た目は良い。
少々女性的な美貌ではあるものの、背は高いし太ってもいない。
頼りなさげに見えるのがネックだが、シュエットはしっかり者だから、ちょうど良いかもしれない。
だから余計に、怒らずにはいられない。
視線が刃になる魔術があったなら、真っ二つにしてやるものを。
そんな気持ちを込めた鋭利な視線に、シュエットの隣にいる男──シュエットは男を紹介してくれたが、もちろんパングワンは聞いてなどいなかった──はビクリと肩を震わせた。
思惑通りたじろいだ男に、パングワンは腕組みしながら「それみたことか」と馬鹿にするように鼻息を吐く。
「あなた。そんな顔をしてはいけないわ。とってもこわい顔をしているわよ? シュエットに嫌われても良いなら、止めないけれど……あなた、シュエットに嫌われたら泣いちゃうでしょう?」
悪鬼のような形相のパングワンに、たおやかな手を伸ばしたのはシュエットの母、シーニュである。
彼女は、まるで躾のなってない犬を服従させるかのように、厳しい顔つきで夫の頬を撫でた。
途端おとなしくなる夫に、シーニュは不穏な空気を漂わせながら「うふふ」と頷く。
「む。しかし、だな……」
愛する妻にそのように言われては、パングワンはもうお手上げだ。
それでも、いつもならここで白旗をあげるのに言い淀むのは、父の威厳とやらを守りたいがためだろう。
相変わらずな両親に、シュエットは呆れたように肩を竦めた。
「お父さん。その辺りは安心して良いから。恋人の紹介でも結婚のあいさつでもないわ。今日来たのは、フクロウ百貨店のことで話したいことがあるからよ」
シュエットの言葉に、パングワンはあからさまに安堵の表情を浮かべた。
「なんだ、売り上げはいつも横ばいで、特に問題はないぞ? 私としては、悪化させていないだけで及第点だと思っている」
「そうね。お父さんは、そうなんだろうけど……」
フクロウ百貨店が閉店に追い込まれたって、ミリーレデル商會としては問題にならない。
やっぱりな、と粛々と後始末するだけである。
かわいい娘が無理をしないように、彼女が一人でも回せる大きさの店を探した結果、フクロウ百貨店しかなかったというだけだ。
もしもうまくいかなくて店を畳んだとしても、パングワンとしてはシュエットが家に戻ってくるので万々歳だった。
シュエットもそれをなんとなく察しているのだろう。
フクロウ百貨店の売り上げは、上がりもしないが下がりもしない。
このまま彼女が一人暮らしを続けたいと思う限り、続いていくのだろうとパングワンは思っていた。
──なのに。
「横から失礼いたします。お言葉ですが、シュエットさんはこのままではいけないと思っているのです。店のフクロウたちに家族を見つけてあげたいけれど、見つけてあげられないと悩んでいる様子でした」
横槍に、パングワンの顔が歪む。
先ほどよりはマシであるものの、全力で怒っているブルドックのような顔に、しかし男はもう怯まなかった。
「僕は彼女に、フクロウカフェをやってみてはどうか、と提案しました」
「フクロウカフェ? それは、どういうものなのかね?」
聞き慣れない言葉に、パングワンは首をかしげる。
ようやく話を聞いてくれる姿勢になったパングワンに、男は「はい!」と大きく頷くと、持ってきた資料を並べ始めた。
◆□◆□◆
男が見せてきたプランは、文句の言いようもない完璧なプランだった。
ミスでも見つければ突いてやろうと、大人げなく息巻いていたパングワンは、しかし目を輝かせることとなる。
動物を愛でるためのカフェというのが、隣国で流行っているらしいといううわさは耳にしていた。
動物を商売にする者として、そのうち旅行がてら視察してみようか、と妻と話をしたのは、つい最近のことである。
なんといっても魅力的だったのが、初期費用の低さ。
カフェというなら、テーブルや椅子など買いそろえなくてはいけないものがたくさんある。
金がかかるそれらを、男は、まもなく移転するヴォラティル魔導書院から譲り受ける約束まで取り付けていた。
ヴォラティル魔導書院に置いてあるのは、品の良いアンティークである。
通常のカフェだって、蒐集家だって手に入れるのが困難なそれらを、ほぼ無償で提供するというのだから、男の手腕には驚かされた。
「ふむ……」
パングワンは、男に興味を抱いた。
頼りなげに見えて、なかなかに優秀な青年だ。
いや、なかなかに、というのを取り払ったって良い。娘の恋人でないのなら。
娘の恋人ならば、非常に優秀な青年だと言えるだろう。後継ぎに据えたいくらいには。
「きみ、名前は?」
「お父さん、私、最初に紹介したでしょう? 失礼よ! ……ごめんなさいね、エリオット。父が失礼なことをしたわ」
「大丈夫だよ、シュエット。気にしないで。では、改めまして……僕は、エリオット・ピヴェールと申します。シュエットとはミグラテール学院で知り合い、卒業以来交流はありませんでしたが、つい最近再会して、以来仲良くしてもらっています」
パングワンは男の名を聞いて、まさかと思った。
だって、『ピヴェール』なんて。
まさか、あの『ピヴェール』なのか?
仕事中はポーカーフェイスが常であるパングワンが、わずかに目を見開く。
目を凝らしてようやく気づく程度の小さな変化に、シーニュだけが気付いていた。さすが妻である。
ピヴェールの名を与えられるのは、王族の第二子だけ。
公爵位を賜るのと同時にその名を与えられ、その代わりヴォラティル魔導書院の糧にされる。
この話は、公にされていない。
限られたごく一部の者しか知らない国家機密である。
ではなぜ、ただの商家であるミリーレデル家が国家機密を知っているのか。
それは、ミリーレデル家が古い家柄で、王家とも付き合いが長いからである。
長い時間をかけて積み上げてきた信頼により、ミリーレデル家にはこの秘密が伝わっている、というわけだ。
シュエットは、幼いころから『三人きょうだいの一番上はうまくいかない』というジンクスを信じていて、堅実に生きることをモットーにしている。
だからまさか、こんな大物と知り合いになるなんて、パングワンは思ってもみなかった。
「シュエット、おまえは……」
もしも彼女が、エリオットのことを少なからず想っているなら。この先の未来は、彼女が望む堅実な生活とは、かけ離れたものになる。
知っているのか? 彼のことを。
そう言おうとしたパングワンだったが、扇子をパチンと閉じた妻に「あなた」と呼ばれて口を閉じた。
「なぁに? お父さん」
「あ、いや……」
「お父様は、あなたが一人でカフェをやっていけるか心配で仕方がないのよ。あなたはもう、大人なのだもの。やりたいことがあるなら、チャレンジしていくべきよ。それに……心強い味方もいるようだし、きっとうまくいくわ」
シーニュの言葉に、シュエットが戸惑いを滲ませた顔でエリオットを見る。
そんな彼女へ、優しげに微笑みかけながら「任せて」と答えるエリオットに、シーニュは安心したように穏やかな笑みを浮かべていた。
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