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27 エリオットの提案

「シュエット」


「んむぅ……」


「シュエットってば。頼むから、起きてくれないか?」


「ふぁぁぁ……エリオットぉ?」


 欠伸をしながら起き上がったシュエットは、シパシパする目を開けて、声のする方を見た。

 衝立(ついたて)の向こうからヒョコリと、エリオットが顔をのぞかせている。かくれんぼ途中の子どものように不安げな顔をしているのは、おそらく寝起きの女性の寝室をのぞいている罪悪感からだろう


(エリオットは、かなり紳士的よねぇ)


 欠伸を噛み殺しながら、これくらいなんともないのに、とシュエットは思う。

 事実、シュエットはエリオットのパジャマ姿を見ても動揺しない。

 あ、パジャマ着てる。そう思うだけだ。


 最初は見たことがないくらいの美貌にビックリした。

 だが、四六時中一緒にいるのだ。さすがに見慣れる。


 それに、エリオットは紳士だ。宣言通り、試練の時以外は決して触れてこない。

 隣に座るだけで動揺する男に、どう警戒しろというのか。むしろこっちが襲ってみたくなるわ、とシュエットは知らなかった自分を垣間見た。


「朝早くにすまない。でも、どうしても早く話したくて。朝食を食べながら、僕の話を聞いてもらいたいんだ」


 シュエットとパチリと視線が絡むと、ハッとして。恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうな顔で、エリオットはほにゃりと締まりのない顔で笑った。


(今日もかわいい)


 男相手にかわいいは失礼だろうか。でも思ってしまうものは仕方がない。

 口に出さなければ良いのだと、シュエットは今日も心の中で「エリオットかわいい」と呟く。


「話ってなにかしら?」


「とりあえず支度して、席についてくれ」


「わかったわ」


 エリオットの様子からして、悪い話ではないだろう。

 短い付き合いだが、見たことがないくらい上機嫌な様子でキッチンへ戻るエリオットに、シュエットは首をかしげた。


「何か良いことでもあったのかしら……考えつくことと言えば、やっぱりコレだけど」


 もしや、嫁選びの書の試練とやらの終わりが見えてきたのだろうか。

 期待しながら、手首を見る。

 だが、ブレスレットに変化は見られない。

 無理に外そうとすると、バチンと衝撃が走った。


「本当に、何があったのかしら?」


 シュエットの問いに答えるように、眠そうな顔のラパスが「ホホゥ」と鳴く。


「ラパスは何か知っているの?」


 あいつに聞いてみろ。

 ラパスは気怠げにエリオットを見て、それきりそっぽを向いてしまった。


 彼が塩対応なのは、今に始まったことではない。

 シュエットは気にすることなく「ふぅん」と呟いて、着々と朝食の準備が整っていく食卓を、椅子に腰掛けて眺めた。


 カフェオレに、バターたっぷりのレーズンパン。それから目玉焼きとカリカリに焼いたベーコン。一人では到底作ることがない豪華な朝食に、シュエットのおなかがグゥと鳴る。


 二人揃って「いただきます」と手を合わせて食べ始めた。

 だが、エリオットが何か言いたげにソワソワしているものだから、シュエットは食べづらくって仕方がない。

 困ったように「ふぅ」とため息を吐いてレーズンパンを手放すと、エリオットを見た。


「エリオット? そう見つめられると、食べづらいわ。言いたいことがあるなら聞くから、話してちょうだい」


「そ、そうか。その、あの、だな。昨日、シュエットが店のフクロウたちに家族を見つけたいと言っていたから、僕にも何かできることはないかと考えてみたんだ」


「え、そうなの?」


 ただの愚痴だったのに。

 まさか解決策を考えてくれるとは思ってもみなくて、シュエットはたじろいだ。


 ただ、聞いてもらいたかっただけなのだ。解決策を考えたかったわけじゃない。

 だけど、せっかく考えてくれたエリオットにはそんなことを言えなくて、シュエットは困ったように唇を引き結んだ。


「ああ、そうなんだ!」


 まさかシュエットが戸惑っているなんて思いもしないエリオットは、柘榴石(ガーネット)のような目をキラキラさせて、身を乗り出さんばかりに語った。


 要約するとこうだ。

『ミリーレデルのフクロウ百貨店を、フクロウ(もふ)カフェにしよう』と。


 カフェと聞いて、シュエットは思わず「え」と言った。

 だがエリオットもそれは想定内だったようで、「大丈夫だ」とすぐに答える。


 エリオットが考えるもふカフェは、シュエットが知っている一般的なカフェとはちょっと違う。


 料理はなし。ドリンクだけ。

 ワンドリンク制で、一時間につき千五百ゴールド。

 来店客は、店内のフクロウたちと自由な時間を過ごす。もちろん、フクロウが嫌がらない程度に、だ。


「触れ合ってみたら、フクロウのかわいさがわかると思う。そうしたら、家族に迎えたいという気持ちになる人も出てくるかもしれないだろう? どうだろうか」


「どうって……」


 エリオットの提案に、シュエットは驚くばかりだ。

 ほんのちょっぴり、余計なお世話だと思った自分が恥ずかしい。


「すごいよ、エリオット! 私では思いつきもしなかったわ。そうね、ここはペルッシュ横丁だもの。新しいもの好きな人がたくさんいる。準備は大変そうだけど、試してみる価値があると思う。それになにより……すごく、楽しそう!」


 テーブルの上にあったエリオットの手をギュッと握り、シュエットはもう一度「すごいよ、エリオット」と彼を見つめた。


「そ、そうか?」


 まんざらでもなさそうに、エリオットがぎこちなく笑う。


「そうだよ。私は思うだけで、具体的に改善させる方法を考えたり、実行したりしなかった。なのにエリオットは、私がちょっと話しただけの情報から、ここまで考えてくれたのでしょう? それって、とてもすごいことだと思うわ。エリオット、本当にありがとう!」


 シュエットに手を握られて、その上、熱のこもった目で見つめられて、エリオットの頬が赤く染まる。

 恥ずかしげに視線を逸らすエリオットに感化されたように、シュエットも羞恥を覚えた。


「ごめんなさい。試練の時以外は、気軽に触れちゃいけなかったのよね?」


 あの時エリオットは言っていた。「試練の時以外は決して自分から触れない」と。それはきっと、エリオットだけではなくてシュエットもだったのだ。

 思い至って、シュエットは慌ててエリオットの手を手放した。もうそれ以上触れませんと言うように、ギュッと拳を握り込む。


 オロオロと戸惑うように視線を彷徨わせるシュエットに、エリオットは「そんなことはないっ」と慌てて答えて、離れていった彼女の手を両手で包み込むように握った。


「シュエットからなら、大歓迎だ。むしろ、そうして離れられる方が堪える」


 エリオットは、真剣な顔でそう言った。

 途端、シュエットの心臓がドキリと妙に脈打つ。


 触れられた手が、いつもと違ってひやりとする。

 いつもならエリオットの方があたたかく感じるのにと思って、らしくもなく自分の方が緊張していることに気がついた。


 シュエットの手を握るエリオットの手は、当然だが彼女よりも大きい。今まで何度も握ったし、つないで歩いたというのに、この時急に、シュエットはエリオットが男なのだと認識した。


「そう、なの?」


 声が掠れる。

 やけに喉が渇いていた。


「ああ」


 再び、二人の視線が交わる。

 熱を帯びた視線が絡み合って、熱したアメみたいにドロリと溶け合いそうだ。


「ほぅ……」


 その時、不意に悩ましげな吐息が聞こえてきて、二人は弾かれたように振り返った。

 二人の視線の先で、幼女姿のピピが組んだ手を顎に当ててうっとりと二人を眺めている。


「なにをしている。さっさと続きをせぬか!」


 まるで朗読中の恋愛小説の続きを強請るかのように、ピピは続けろと騒いだ。

 だが、「さぁ、どうぞ」と言われて「じゃあ、やりますか」というようなものでもない。

 甘く感じていた空気はすっかり消えてしまって、ピピの要望に応えられそうになかった。


「続きって……」


「ねぇ?」


 二人は呆れが滲む顔で見つめ合い、恥ずかしさをごまかすように、どちらからともなくプッと吹き出した。


読んでくださり、ありがとうございます。


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