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逢瀬は、プラットホームで。  作者: 椎名美雪
第一章
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取引先

 担当事務員が代わることを、取引先に知らせなければならない。

 遠方の取引先には電話で済ませるが、出向ける距離の“大切な取引先”へは、営業担当者と同行して挨拶をして回った。


 オフィスビルなどに入っている、それはもう立派な一流企業ならいざ知らず、陵北電機はごく普通だし、通勤時の服装もジーンズは当たり前な感じ。

 肌が弱い私は、ストッキングが苦手で、出来ることならばスーツを着たくなかったから、更衣室で先輩たちの服装をチェックして、気軽な私服通勤が可能だと判るなり、いち早く切り替えた。


 そんな私にとって、挨拶まわりは脅威そのもの。ストッキングは慣れないし、すぐに電線してしまう。メイクなんて自己流だし、ファンデーションは肌に合わない……。

 でも、取引先に同行して名刺交換だなんて、大人っぽくてカッコ良いな…と思う。それに、淡い想いを抱く、憧れの井沢さんと同行する機会もあるわけで。

 緊張の反面、未知の世界にワクワクしていたのも事実。目に映る全てが、新鮮で楽しい。


 辞令を受けた瞬間、目の前が真っ暗になり、「人生終わった」とさえ思った頃とは別人だ。人生、何とかなるものだ。

 1ヶ月前とは大違いの自分が、何だかおかしかった。



 井沢さんが担当する取引先の中でも、一番近い場所にあるのが、日本電産工業株式会社という、国内大手メーカーの事業場。車で5分くらいのところにあるから、自転車でも行ける範囲だ。


 その日は、井沢さんの運転で出掛けることになっていた。――が、なにしろ、まだ18歳の小娘。

 私は純粋な女の子で、男性にはあまり慣れていない。車に乗るといえば、父親の運転ばかり。

 「いつか、彼氏の運転で、ドライブとか行ってみたい」という、乙女な夢を持っていた頃でもあって、シチュエーションは違えど、好きな人の運転で助手席に座れると、内心はワクワクしていた。


 但し、ドライブの時間は往復でも10分少々。


 (時間なんていいの! 2人でいられるなんて、夢みたい!!)


 仕事をすっかり忘れ、乙女気分。

 恥ずかしくも、大切な青春のヒトコマとして胸に刻んだ。



 取引先の事業場を目の前にして、「デカイ!」というのが、率直な感想。

 正門の中心に、守衛が常駐する受付があり、両脇の通路は車が擦れ違うくらいの幅がある。

 井沢さんは慣れた様子で受付に向かい、私の入構証を貰ってきた。彼は既にフリーパスのような、顔写真付きのカードを持っていて、それを胸につけている。


 その時、私は既に全体の雰囲気に呑まれ、圧倒されていた。

 よくは解らないが、事業場の広さと規模と社員の多さ、訪問してくる営業マンの多さに目が眩んだ。

 こんな世界があるんだ――。辺りをキョロキョロしながら、井沢さんの後ろについていく。


 とても広い建物の迷路のような廊下を、彼は迷わずに進んでいった。

 一枚のドアを開け中に入ると、そこにはまた別の世界が広がっていて…。自分の会社で広いと思っていたけれど、その倍以上の面積があると思われる、明るく開放的なフロア。

 慌ただしく動いている人たちは、殆どがスーツやシャツ姿。制服がない――わけではなさそうだが(一部で着ている人がいた)、どの人もパリッと身を整えている。


 井沢さんは手近の人を捕まえ、担当者を呼んでもらう。

 しばらくして――


 「あー。井沢くん!」


 明るい女性の声がした。

 聞き覚えのある声は、電話で何度か話をしたことがある女性。


 「新しい事務の子を連れてきたよ」


 にこやかな表情で、その女性と引き合わせてくれる。


 「椎名です。よろしくお願いします」


 いつも通りの、無難な挨拶。私の名刺はまだ出来ておらず、自己紹介をして頭を下げるだけ。

 一通りの形式的な紹介を終え、立ったまま仕事の話をしている2人の会話を、意味が解らないながら耳を傾けた。


 「あ、そうそう」


 井沢さんが、私に顔を向ける。

 何かと見上げると、


 「彼女ね、俺の中学の同級生なんだ」

 「……え!?」


 思わず、目が点になる。

 ――ああ、なるほど! だから、砕けた雰囲気というか、堅苦しい雰囲気ではなかったんだ。……って、そんな偶然もあるんだ!


 キリっとした、少し気が強そうな印象の女性。

 最高に、カッコ良かった。

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