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逢瀬は、プラットホームで。  作者: 椎名美雪
第一章
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ふたりの関係

 配属から1ヶ月が経つ頃には、井沢さんに気を許していた。惚れた弱み、というのも勿論あったと思う。


 このひと月に、彼の名前を知った。

 井沢雅樹(いざわまさき)

 それとないリサーチでは、とりあえず、彼女はいないらしい。


 彼は一見、冷たそうな印象を受ける。

 切れ長の目に、端正な顔立ち。身長は、180cm近くて、スリムな体型。声は低くて、ハスキー。

 陰のある、何処かミステリアスな雰囲気も持っていた。


 そんなイメージの彼が、柔らかな物腰で、たまに面白いことを言って笑わせるような人だったら――印象は、ガラリと変わらないだろうか? おまけに、笑顔が優しかったら……。

 一目惚れだった私が、さらに彼に惹きこまれてしまった理由は、まさにそこだった。兄弟がいない私には、少なからず“お兄さん”のような感情も混っていたかもしれない。


 出会って間もない2人は、どこにでもいる普通の先輩と後輩であり、同僚だった。仕事の話と、少しの雑談をする程度の関係。


 井沢さんは、特定の女性事務員を贔屓するわけでもなく、それぞれ同じように接していた。だから、誰かに嫉妬をするとか、余計な感情が起こることもない。


 恋以前に、私には覚える仕事が多すぎて、毎日が一杯一杯の状況。そんな中に、淡い恋心が刺激になって、いつしか心地良い生活に変わっていた。


 しばらくは、本当に穏やかに過ごしていた。



 1992年は、まだ携帯電話が普及していない時代。一般普及がしていないだけで、あるにはあったが、高価すぎて手が出ないアイテム。料金も高い上に、大きくて邪魔になりそうな電話機だ。携帯よりも、自動車電話の方が普及していたように思う。


 ポケベルの時代ではあったが、私の周りでは、あまり浸透していなかった。そういう時代だから、外出している営業と連絡を取る手段がなくて、苦労したものだ。


 急ぎで連絡を取りたくても無理だから、ひたすら待つか、顔を出したら社へ電話をするようにと、先方へ電話を入れて伝えてもらう事しか出来なかった。

 こういう場面は、大体が近場の取引先に出ていて、「すぐに帰れる」と安心している時に起こりやすい。何故なら、営業が自発的に外から電話を掛けてこないから。

 その点、一番困りそうで困らないのが、出張をしている時。かなりマメに、あちこちから電話を入れてくれる。


 井沢さんの場合、出張の前日には知らせてくれるし、翌朝出社すると、夜のうちに書いたらしいメモを、机に残してくれていた。

 【山梨に行ってきます。電話するね!】――なんてことのない、短い文。裏紙を使ったメモ紙だが、目を惹く。

 彼の書く文字は、とても綺麗だった。完璧なまでの文字を書く男性は、井沢さんが初めてだった。


 出張に出ている日は、彼が残したメモを眺めながら、何度も掛けてくれる電話を楽しみに過ごしていた。

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