デートの誘い
今、私が言ったことは、勢いじゃない。
いつか言える機会が訪れるまで、言うつもりなんてなかった。
断られて当然の誘いだから、期待なんてしていない。
でも、ほんの少しの隙間にでも、彼の心に入り込めたらいいな……そう思っていた。
“ 休みの日に、ドコか行かない……? ”
深い想いとは裏腹に、軽い声で聞いてみたけれど、仕事終わりはほぼ毎日、休日も変わらずに活動をしている井沢さんを知っている。
なんでも、試験なんていうものまであるらしいから、遊ぶ暇なんて本当にないらしい。
私は、たまには気分転換も必要だと思っていたし、いつもとは違う景色を見ることも、井沢さんには必要だと思っていた。
余計なお世話だけど、子供の頭で、本気でそう思っていた。
受話器の向こうで、「あー……」という、躊躇うような声が聞こえる。
その声は、あまり良くない言葉を発する時の、前置きのようなもの。
解っていたけど、少し悲しくなって涙が浮かんでくる。
“ ごめんね、変なこと言っちゃって。言ってみただけだから ”――急に、また断られるのが怖くなって、自分から言葉を引っ込めようとした。
「……うん。いいよ」
井沢さんから、短い返事が返ってきた。
すぐに、もう一度言葉をかぶせてくる。
「何処にいきたい?」
え?
ええっ――!?
断るんじゃなかったの?
涙をゴシゴシと手で拭いながら、受話器を持ちかえる。
「は……え? えっと……」
誘いを投げておきながら、そのボールが帰ってくることはないと、勝手に決めつけていた。予想外の答えに、しどろもどろになってしまう。
軽くパニックになっている私の様子を察したのか、笑いを含んだ声が聞こえてきた。
「なんだ。誘っておいて、決めてないのか」
「あっ、う……うん。んーとね――」
懸命に頭の中を整理してみる。
“ あ! そうだ!! ”
かなりベタな場所だけど――恋愛経験のない子供の私が、憧れていた場所といえば、
「遊園地とか、どうでしょう……か?」
「遊園地?」
「ダメなら他の所でも……」
「いや。それじゃあ、場所は俺が考えるよ。いい?」
「……うん!」
電話で見えないのが幸い。顔を真っ赤にしながら頷く私。
嘘みたいな彼の返事が、まだ信じられない。
“これは夢かしら?” という表現があるけど、まさにそんな感じ。
しかも、「マンガでしかやらないでしょ!」なんて、笑っていたのに本気で頬をつねってみた。
夢じゃない、嘘でもない。
本当に、休みに井沢さんと会えるんだ!
電話を切った後も、恥ずかしさがいつまでも引かない。
窓を大きくひらいた網戸からは、心地よい夏の夜風が流れ込む。虫の音を聞きながら、ベッドに顔を埋めて幸せに浸っていた。




