諦められない
いつものように、取引先に出かけていく井沢さんの背中を呼び止めた。振り向いた顔は、何処かよそよそしい感じ。
「……帰り、待っていてもいい?」
聞いた私に、一瞬、困ったような表情を見せた。瞬時に、“やっぱり、もう迷惑なだけかな”そう思ったけれど、彼は足を止めて短い返事をくれた。
「あとで、電話するから」
それは、出先から電話をするという意味。うん、と頷いてみせて、手を振った。
数時間が経ち、定時も近くなった頃、彼から外線が入った。
「悪い、遅くなった」
予想外に打ち合わせが長引いて、電話が出来なかったらしい。井沢さんの出先は、少し離れているから、帰りも遅くなるだろうし私が待っていることだけでも負担になりそう。
私は、彼宛の急ぎの電話や、用件がないことを伝え、その後に、さっき私から言い出したことを取り消した。
「さっき、言ったことだけど、やっぱりナシね!」
彼の困った顔を思い出したこともあって、サッパリとした口調で告げる。“お疲れさま”と言って電話を切ると、もう上がる時間。
何も考えないように、友達と笑いながら駅へと歩いた。
何も考えない――。
そんなに切り替えが上手ではない私だから、友達と笑いながらも、彼の困ったような表情が頭から離れなくてツラい。
二番線に、電車が入ってきた。
降りる人を避けて、脇へと下がる。
乗り込む淳ちゃんに、続いて――足がホームから動かない。
全てを諦めるなんて、出来ないよ。
こんなに強い想いを、簡単には切り替えられない。
「淳ちゃん、ごめん!」
口が勝手に、淳ちゃんにそう言っていた。
彼女は、全てを理解していた。閉まるドアの向こうから、笑顔で手を振っている。
一度頷いて、「ガンバッテ!」淳ちゃんの口の動きが、そう言っていた。
一人残された、プラットホーム。
自分の足元を見つめて、ホームの奥、遠くにまで伸びる屋根の端までの距離をゆっくりと歩いた。




