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影操師 ―惑星CROW―  作者: 伯灼ろこ
第三章 エディフェメス・アルマ
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 02. 怪しまれる?

 ある日の体術の授業は、異様な熱気に包まれていた。

「ルゥ! 早くセルにボールを回しなさい!」

「ちっ、ちょっとぉーリティシアぁあ?! そんなこと大声で言ったら相手チームに作戦がバレバレじゃなぁぁい?!」

 惑星アースでいう、バスケットボールに近い球技を世槞のクラスは体育館にて行っていた。

「大丈夫ですわ。セルの素早さは、誰も止めることができない!」

 まるで放り出したようなルゥからのボールのパスを、不可能と思われる位置で受け止めた世槞。観客席からは歓声があがり、ゴールを決めた直後は更に盛り上がった。

「キャー! セルすごぉい! プロも顔負けの身体能力ねっ」

 戸無瀬でも唯一、体育の授業だけはトップを維持し続けた世槞にとって、得意という枠だけでは括れない実力を有していた。しかしそれは、あくまでシャドウ・コンダクターであるが故の身体能力のお陰である。

(ふん。それでも私の実力であることに間違いはないわよね)

 世槞は多少自慢気にチームと勝利の喜びをわかちあう。

(しかし)

 世槞は観客席を見る。

(ただの授業だってのに、まるでスポーツ観戦をしているかのような人数と熱気ね)

 その理由は、ルゥの視線の先を辿ることによって判明した。

 ルゥの視線の先には、体育館の出入り口がある。そこに、数人の部下を連れたレイ・シャインシェザーの姿があったのだ。

「今日の授業はなんだか特別みたいよ! レイ様が授業を参観されるなんて、前代未聞よ? きっと、グランドティアに仕えさせたい有能な人材を探していらっしゃるんだわ!」

 ルゥは鼻息荒く自身の推理を披露する。

 参観するレイの視線は鋭い。確かに、何かを探しているようではあるが。

「ここでレイ様の御眼鏡にかなえば、最低でも侍女の身分は手に入れられるわね!」

「ルゥ、鼻息が荒いわよ」

「そりゃ荒くなるわよぉ。グランドティアでさぁ、レイ様のお側で仕事なんて……嗚呼、なんて素敵なの。命の1つや2つ、投げ出すことすら本望よ!」

「ルゥはユモラルード国王に仕える為にデルア学園に入学したんじゃないの?」

「もちろん、そのつもりだったわよぉ。でも今、まさにその考えは変わった!」

「…………」

 それはルゥだけでなく、レイの思惑を自分たちなりに解釈した生徒たちも普段以上に真剣に授業に取り組んでいる。この異様なる熱気はその所為だろう。

「第3試合を始めるぞー。両チームとも、配置に着けー」

 試合開始の合図の笛が鳴る。世槞の配置場所は体育館の出入り口に一番近いところであった。必然的にレイとの距離も近くなる。

(……なんか、視線が痛い)

 振り返らずとも、それはわかった。とてもピリピリとした視線であり、これは比喩表現ではなく本当に痛かった。

(グランドティアにスカウトされたら厄介だし、私の本来の目的から大きく逸れちゃう。……よし)

 世槞はチームには悪いと思いつつも、ルールから逸れた行為を繰り返し、試合から弾き出されることに成功した。


“世槞様、さすがにやり過ぎです”

「そう? まぁ、これだけやれば私みたいな問題児をスカウトしようとは思わないでしょ」

 水飲み場にて、水分を調達する自分のすぐ背後に人の気配を察知する。少しヒヤリとしたものを感じながら、可能な限り驚きの色を表情に浮かべながら世槞は振り返った。

「あらっ、お、驚きました。レイ様ではございませんか」

 部下を引き連れず、レイは単身で体育館から出てきていた。

 腕を組み、遥か高見から世槞を見下ろしている。

 深みのある蒼い髪に、額と両耳に輝く金色こんじき)の十字架。綺麗な顔立ちだが鋭い目に凄みがあり、自然と頭を低く保ってしまう。

 ルールを逸脱した行いが、羅洛緋が言う通りにやり過ぎだと受け止められたのかもしれない。

(お、怒られる……?)

 冷や汗は額だけにとどまらず、全身へと及ぶ。

「わ、私のようなただの学生に、総司令官様が何用で……」

 怖くて目を見ることができない。無礼だとはわかっていながらも、世槞は俯きつつ口を開く。

「学園長からそなたの話を聞いておる」

 レイの唇から出る言葉は現在、世槞1人に向けられている。これまで大勢の人間へ向けて投げられていたあの声が今、自分だけに注がれていると思うと、尋常ならざる緊張感に全身が悲鳴をあげていた。

「私の話……ですか」

「うむ。そなた、火の魔術が扱えるらしいのう」

「!」

「我にも今、ここで見せてくれんか」

「――――」

 緊張が限界を突破する。

「いえ、あの、あれは」

「見せよ」

 どうする。

 体育館の入り口からは、こちらを心配そうに見つめるルゥの姿がある。この状況が羨ましいことではないことを、ルゥは察知しているようだ。

「あっ、あれは――」

「あれは?」

 仕方ない。

「手品なんです!」

「……なんだと?」

 ヒッと息を飲みながも、世槞はもうどうにでもなれという思いで適当にまくし立てる。

「火の魔術が扱えるよう、そう装っただけです! どうしても入学したかったから……申し訳ございません!」

 未来が見えた。学園を追い出され、ユモラルードからも追い出される未来が。

(もしそうなったとしても、平気……よね。ユモラルードで集められるだけの情報は集めた。他の国へ行こうとしていたところだから、丁度良い機会……よね)

 世槞はそう自分に言い聞かせ、レイが早くこの場から去ってくれることだけを願った。

「そうか、それは残念」

(え……?)

 意外とすんなり引き下がったレイは、世槞を咎めるでなく、部下を呼び寄せて王宮の方角へと消えて行った。

(な、なんなの……)

 レイがいなくなって暫くしてから、世槞は呼吸を忘れていたことに気がつく。大きく息を吸い込み、吐き出す。そうすることによって、硬直していた身体がほぐされていった。

 水道の蛇口を回し、水を飲み続ける。

 自分とは全く違い、また出会ったことのない人種に対し、世槞は素直に恐れていた。

「なによ……あれ……あれが人間なの……」

 はぁ、と頭を垂れていた時、ルゥとリティシアが駆け寄ってきた。

「セル、大丈夫? やっぱり怒られたんでしょ?」

「え……」

 ルゥに手渡されたタオルで顔を拭いながら、世槞は自分の顔から血の気が引いていることを指摘される。

「だって、総司令官様の御前であんな横暴なる振る舞いをするんですもの。お叱りの1つや2つでは済まなかったのでは?」

 リティシアの予想は外れてはいるが、そうだと答えたとしても疑われるはずがなかった。

「まぁ元気出しなよぉ。グランドティアに仕える道が完全に断たれたわけではないわ! まだまだ挽回のチャンスはあるよ!」

 ルゥの脳天気な思い違いは、未だ続行中だ。

「グランドティアっていうか……レイ様に仕える為には、精神がボディビルダーみたいに筋肉質でないと不可能よ」

「なぁに? それぇ」

 ルゥはケラケラと笑った。

 なんとか落ち着きを取り戻した世槞は、ルールを遵守した試合を行うことにより、体術学の監督に謝罪の意を示した。

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