01. アイタイとカエリタイ。
世槞がクロウへやってきてから1週間が経った。
相変わらず空気は澄んでおり、空は青く美しい。
世槞は聖デルア学園の敷地内にある、星詠の塔の最上階にいた。ここからは、城下町の様子がよく見渡せるのだ。
図書館や美術館、博物館や学習塾などが多く並び、ユモラルードには知的な面が多い。軍事国家という国はまだ見たことがないからわからないが、おそらくこのような風景ではないだろう。
(――平和、ってやつね。でも、戦争に巻き込まれでもしたら、たちまち火の海よね)
学術国家と軍事国家の力の差は歴然。だからこそ、グランドティアの総司令官が出向いてきたのだろう。――ユモラルードが少しでも戦争に耐えられるよう鍛える為。
「それでもやっぱり、この世界に終焉が近付いているなんて、考えられないわね。あんな絶望的な授業を受けたばかりなのに、誰も騒いでいないし」
ごく一部だが騒ぐ生徒はいたものの、ほとんどの者たちはあたかも伝説上の物語であるかのように教授の話を聞き流していた。
世槞の黒い影が揺れる。
“あの話を本気で受け止めている者なんて、おりませんよ。今、自分が生きている世界が消失するという避けようのない未来を誰が信じますか。いや、むしろ敢えて目を逸らしているのでしょうね”
「そう。愚か者ばかりだわね……」
“世槞様、口が過ぎますよ。力の無い第三者にとって、未来は与えられるもの。それが光ある未来でも暗黒の未来でも、与えられた未来を進まねばならない。ですが我々には選択をする力があります。第三者を光ある未来へ導くのは、我々シャドウ・コンダクターの使命なのですよ”
「なに言ってんの? 世界の終焉とシャドウ・コンダクターにどんな関係が……あ」
まさか。
世槞は城下町へ向けていた視線を自分の影へと落とす。
「この世界……傾いてる?」
黒い影が揺れた。――イエス、と。
影人どころか、影獣までいるクロウ。この世界の天秤は、ひどく不安定のようだ。
「ねぇ、クロウのシャドウ・コンダクターたちはなにをやってるわけ? 傾きの修正をサボってる?」
“さぁ……初代闇炎の使い手がお亡くなりになられ、惑星アースとしての文明が始まるまで私はずっと眠りについていたので、わかりかねます。ですが初代がおられた時代のクロウは、それはそれは良き世界でした。世界中のシャドウ・コンダクターたちが初代の元へつどい、天秤の均等を保つことに尽力を注いでいましたね”
世槞は口をぱっくりと開けて目を見開き、間の抜けた表情で話を聞いている。
“いかがなされました”
「いや、なんか……初代は偉大な人だったんだな、って。悪いわね、今の闇炎の使い手が、こんな馬鹿な女で」
“ふふふふふ”
「なに笑ってんのよ」
“私は今の主人も好きですよ。何事にも決して手を抜かず、常に一生懸命な貴女様のお姿はとてもお美しいと感じています”
羅洛緋の優しい笑い声が耳元で聞こえる。あんなに低くておぞましい声色なのに、とても温かみがある。そして、ふわりと自分を抱き締めている感触があった。それはケルベロスとしてではなく、<もう1人の自分>として。
「ふう」
クロウが終わる。それが正史であるならば、自分にはどうすることもできない。とにかくこの文明が滅びてしまう前に紫遠を救い出して帰ることだ。クロウやそこに住まう人々には悪いが、世槞と紫遠は惑星アースの人間。クロウの滅びは、見過ごさせてもらう。
「紫遠……会いたいなぁ」
どこにいるのか。
手掛かりが何もない。
世槞は両手を宙に翳し、探し人を求めるように上下に動かした。
「この広い世界を旅するしかないのかな」
世界一周なんて、したことないけど。
「やっぱり、1つの国にとどまってるわけにはいかないわね……」
世槞は立ち上がり、空を視界におさめた。いつの間にか時刻はすでに夕方。空は青から哀愁漂うオレンジ色へと変色していた。
「月夜見の夕空も綺麗だったけど、ユモラルードもなかなかだわよねぇ」
「――ツクヨミって、セルの故郷?」
「わっ?!」
いつの間にか塔に登ってきていたルゥが、世槞の隣りに立っていた。
「セルの帰りが遅いから、随分と探しちゃったわぁ」
屈託のないルゥの笑顔。この笑顔も、いつか失われる日が来るのだ。
「ね、ツクヨミって」
「うん。私と紫遠の故郷。帰りたいわ」
「……帰っちゃうの?」
その時のルゥは、少し暗く沈んでいた気がした。




