07. レイ・シャインシェザーという男
その日の昼過ぎ、ユモラルード城の医務室に5人の男たちが担ぎ込まれ、手当てを受けていた。
城下町の路地裏にて、肢体の関節を有り得ない方向に曲げて唸っているところを衛兵に発見されたらしい。
「なにをしたら、これほどまでに人体の身体機能を無視することが出来るのじゃ……」
医師もこの患者の異常な状態にお手上げだった。
「ああ、レイ様。どうなされました」
医務室の扉が開き、聖職者風の格好をした青年が入ってくる。深い海のように蒼い髪、端正な顔立ちに映える十字架のピアス。神官を思わせる服装には、十字架をイメージした模様が多く縫われていた。――レイ・シャインシェザー。このユモラルード王国との友好条約締結のために滞在している、グランドティア王国の総司令官である。
「屈強な傭兵5人が何者かに襲われたと耳にしてな」
レイはベッドで唸る傭兵たちに近寄る。それに気付いた傭兵たちが口々に喋り始める。
「あんた、この国の平和を守る為に滞在してんだろ。なら、あの女を今すぐ捕まえて処刑した方がいいぞ!」
「女?」
なんと面妖なことを――レイは眉をひそめる。
「一見、可憐で華奢そうな女学生だ。だが、裏の顔は悪魔そのもの! 俺たちをものの1分でこんな病院送りに追いやりやがったんだ!」
「ほう、その女の特徴は?」
「血のように赤い髪だ! それと、物騒な剣を背負ってる」
まくし立てるように口を動かす傭兵たちを、レイは涼しげに眺めている。そしてある結論を導き出す。
「――なるほど。その女は貴様らのような下劣生物からこの国を守ったというわけだな」
「あぁ?! あんた、今の俺たちの話、聞いてたのか?!」
「女の行動は実に誉れ高い。賞賛に値するわ」
「おいテメェ、正気かよ?!」
今にも血管が切れそうなほど顔を真っ赤にして怒鳴る男の首を、レイは腰に差していた剣で斬り捨てた。素早く、目にも止まらぬ動きで。
首が飛び、医務室に赤い血が散布する。
「な、なななな、なにをなされるか、レイ様!!!!」
かつて首があったところから、噴水のように跳び出る赤い液体。この光景を見た医師は全身を震わせ、その場にへたり込んだ。残った4人の傭兵たちも恐怖におののいている。レイは4人を睨み、剣を向ける。
「己が犯した愚行に気付かぬか。国の安寧は、そこに住まう全ての民に平等に注がれねばならぬ。王族も民も関係ないわ。それを脅かす者はたとえ国王であれど、我は迷いなく斬り捨てるぞ」
そのあまりにも恐ろしく、しかし神々しい姿に、気がつくと医師は頭を下げていた。
そうしなくてはならないと判断したわけではない。レイに対し、頭を下げるという行為そのものが、自然たる姿勢だと認識したゆえである。
レイは剣に付着した血をタオルで拭い、鞘に納める。
「メバン医師よ、その愚民に手当てなど無用ぞ。防壁をつくる人柱にでも使うがいいわ」
「はい」
信じがたい命令と、すんなりと受け入れた医師。傭兵は自分の血の気がサッと引いていくことを感じる。
「な……なんだ……とぉ? そんなことが許されると思ってるのか! この鬼畜外道がぁぁぁ!!」
しかし傭兵がどれほど叫ぼうとも、レイが振り返ることはなかった。レイが医務室を出るのと入れ違いで入った騎士たちの手により、残った傭兵たちは人柱として使われるべく、連行されていった。
「赤い髪の女……な」
王宮の窓から見える聖デルア学園。レイはそれを見つめながら、呟いた。
「レイ様」
1人の騎士がレイに近寄る。その鎧はユモラルードのものではなく、グランドティアのものでもなかった。
「昨夜の強盗の遺体ですが、身元が判明しました」
「報告しろ」
「はい。強盗の名はハイダ・ラーガー。ユモラルード近くの山をねぐらとしている者ですが、ハイダに盗みを持ち掛けたのは、あのヒェルカナ党です」
「なんだと……?」
ここで初めてレイの顔に驚きの色が生まれる。
「ヒェルカナ党が、あの娘の剣を狙っていたということか」
「間違いないでしょう。そしてあの傭兵たちですが、妙なことを口走っておりました。なにやら、影人がなんたらと」
「!」
「傭兵風情が影人という単語を知るはずがありません。おそらく、例の赤髪の女が発したものかと」
「では、集団リンチを受けたかのようなハイダの遺体、もしやしたら」
レイが考えていることを察知し、騎士は頷く。
「赤髪の女がやったのかもしれません。しかし、そんな狂暴な女が、何故傭兵たちは肢体の骨を折る程度で見逃したのでしょうか」
レイは再び、視線をデルア学園へと移す。
「心境の変化でもあったのやもしれぬな……」
「心境の変化、ですか」
「ディーズ。その赤髪の女のことをよく調べてくれんか。例の、剣を狙われた娘だ」
「は!」
ディーズという名の騎士が去った後、グランドティア騎士がレイに走り寄る。
「レイ様。アストラ王国に動きがありました。なにやら、エル王国との密会を繰り返しているようです」
「エルだと? エルは戦には関与しない、中立の王国ではなかったか」
「しかし最近では、国王のエル5世が崩御し、息子のエル6世が即位したばかり。統治の仕方も変わっていましょう」
「中立の王国同士が歩み寄り、安寧の世を目指そうと結束している……わけではなさそうよのう」
「なにか裏があるはずです。間者を差し向けましょう」
「そなたに任せるわ」
世界の至る所で、少しずつではあるが異変が起こりつつある。例の教授が唱えている惑星クロウの消失論も相俟って、レイにとっては頭の痛くなる出来事ばかりだ。
「この世界は、一体どこへ向かおうというのか」
どこへ。
「我には未だ聞こえぬ。主の声が……」