093.晴と明
奈良市のホテルを発った三笠、ハル、アキ、坂井、春過は近鉄奈良線に乗り込み、大和西大寺駅で近鉄京都線に乗り換えた。そして、丹波橋駅を経由し、向かったのは清水五条駅。そこから彼らが目指すのは、駅名でお察しの方もいるかもしれないが――清水寺、であった。
「わー、さすが観光地! 人が多いね!」
秋晴れ空の下、清水寺の境内の人混みにて。
一人はしゃぐ、副班長・天乃三笠。その後ろに続くのは、某三十六歳男教師を含むやる気のない男子勢。
「俺、人混み嫌いなんだよな……」
「みんな感じてますからそれ。いちいち言わなくていいですよ」
「なんだとカモハル!」
「センセ、大人げなさすぎる」
「なんだと坂井!」
「春過先生、中二レベルに合わせてもらわなくて結構ですよ」
「あ、そうなの。じゃあ俺は清水の舞台見に行ってくるわ」
「は!?」
アキが目を見開くと同時に、最も混んでいるスポットに向けて軽やかに駆けていく春過夏来――三十六歳数学教師。またの肩書きを、茨城県『流』。彼のノリやテンションや本心は、学年トップレベルのアキの頭脳を以てしても未だ理解できない。
「ところでアキさ、」
春過の姿が見えなくなったところで、ハルがアキに耳打ちした。彼の明るい瞳には、少し前を並んで歩く坂井と三笠の姿が映っている。そのままハルは、兄の方を向かずに続けた。
「先生が陰陽師ってこと、前から気づいてたんだろ」
「……うん」
「しかも、自分で確認しに行ったり」
「……した」
「なんで教えねぇんだよ、俺らに」
「これは僕の問題であって、皆を巻き込むつもりは」
「ない、ってか?……んなわけ」
ハルが笑った。
「もっと巻き込んでほしい、って言ったらなんか俺が構ってちゃんみたいだけどさ。でもそう思ってるのも事実なんだよ」
怒っていないようで怒っているような。優しく諭すような口調で、少年は言う。
「さっきお前は、これは僕の問題だからとか言ってたよな。違うだろ、これは『俺たち』の問題だ。アキが一人で抱え込んでどーする」
俺たちの問題――。
その言葉に、アキの目が揺らいだ。
「ハル、僕が何をしようとしてるか分かって……」「双子の“弟”に分からないわけないだろ」
ハルがため息をついた。
「父さんの行方探し。過去を諦めきれないバカ兄貴が、あっちこっちに聞き回ってるって聞いた」
「バカ兄って、お前……」
「ごめん、バカは言いすぎた」
珍しく感情的な面を見せないで、落ち着いているハル。そのまま淡々と、彼は続ける――まるで、自分にも言い聞かせるかのような口調で。
「んでも、まあ、隠したくなる気持ちもわかるわ。まだ諦めきれないなんて、自分でも信じたくないもんな。もう二年も前なのに」
賀茂夏行。
呪厄年のドサクサに紛れて姿を消した、前千葉県『流』にして陰陽十二家・賀茂家の前当主。
生死すら分からず、残された双子は未だ彼の行方を気にして追っている。生死――もし呪鬼との戦いで犠牲になっていたのだとしたら、まだ陰陽師として、苦しくも受け入れられる消え方だ。
だけど、もしも……彼が生きているのだとしたら。何かを遂行するために、行方をくらましたのだとしてら。
賀茂夏行が“家族を捨ててまで”成し遂げたかったことは何だ? 幼い頃に母を亡くした双子、彼が守るべき息子たちを置きざりにしてまで“守りたかったもの”は何だ――?
「父さん……」
清水寺の境内の雑踏の中、人々の笑顔が溢れている中、二人だけが無表情とも哀愁とも取れる暗い顔をしていた。
「ま、こんなこと今考えてても仕方ないもんな」
先に復活したのは、ハルだった。
「アキ、行こうぜ。ミカサのとなりを坂井に取られちまう」
「お前……もう隠さなくなったんだな」
「何を?」
「……いや、なんでも」
アキは思わずフッと口角を上げた。それを見て突っかかる弟。
「あー、アキ今笑ったな!?」
「笑ってないが? ほら、行こう」
「ぜってーなんか誤魔化してるだろ! 全く……」
「いや、全く……はこちらのセリフだバカハル。……って、天乃三笠たち何処行った!?」
あたりをキョロキョロしてみるが、班員の姿は見当たらない。そういえば、清水寺の中にある地主神社という摂社は、縁結びの神様を祀っていたような……。
「まさかっ」
ハルが一瞬にして般若の形相になった。
「坂井っ……あの半呪鬼め……! 抜け駆けしやがったなクソやろーっ!」
「あ、ハルっ! 待て!」
アキの呼びかけも虚しく、陰陽師業で鍛えた足を全速力で回転させ、人混みの中に走り去るハル。そんな彼を追いかけて、双子の兄もまた走り出す。
(……父さんのこと、まだなんにも分からないし、今すぐにでも新しい情報や話が聞けるなら飛んでいってでも聞きたいと思うよ。でも――)
アキは、その浅葱色の瞳に弟の姿を映しながら思う。
(大事なのは、目の前のことだろ。仲間として、兄として、友達として――皆を守る)
千葉の仲間を。
学校の友達を。
馬鹿でおっちょこちょいだけど、一番信頼できる大切な弟を。
そして――。
残酷な過去を抱えて転校してきた、あの元気で、明るくて――でも少しつつくだけで直ぐに壊れてしまいそうな笑顔を浮かべる、仲間を。
「……守ってみせる。それでこそ、賀茂家当主だ」
小さく呟き、一気に加速する。再び肩を並べる双子。互いの顔を見合い、笑う。
そう、俺たちは大丈夫だ。
僕たち二人なら、どんな災難も乗り越えられる。
賀茂の名を冠する晴明は、
いつだって最強なんだから。
「あ、あれカモハルたちじゃね?」
手水舎の近くでパンフレットを見ていた坂井が、顔を上げて言った。三笠も彼につられて視線を向ける。
すると、本殿近くの人混みの中から、全速力で駆けてくる見慣れた二人組の姿が見えた。
「あ、そうみたいだね……ん、なんでハル、あんな変な顔してんの?」
三笠がハルの表情を読み取って、首を傾げた瞬間。
「さーかーいィィィ! 抜け駆けすんなこんのバカ半呪鬼がぁぁ!」
ハルの口が、地獄の底から聞こえてくるような叫びを上げた。
「は!? おれ!?」
目を白黒させる坂井歩人――次の刹那、ハルが彼の肩に飛びついた。そしてそのまま坂井の体勢を崩させ、軽くヘッドロックをかける。
「あっだだ、いたっ、なにすんだこのバカ鍋!」
「あ?誰だよバカ鍋!」
「間違えた、カモ鍋!」
「お前なんか言ったか?」
「カモアキは黙ってろ!」
乱入するアキ、ハルの腕から逃れようと暴れる坂井、それを逃さんとするハル。
清水寺で醜い乱闘を繰り広げる三人を見る三笠の脳裏には、県内会合の思い出がありありと浮かんでいた。
「あー、華白さんか春過先生にでも電話しちゃおうかなぁ」
「「「それだけはやめろ!」」」
(――いや、お前らがやめろや!)
心の中で毒づく三笠であった。
楽しい時間は、あっという間に過ぎていく――。




