2 落ち込む八尋
落ち込む八尋の心を読み取ったかのように、一樹はいつも慰めの言葉をかけてくる。
もしかしたら、他人の心まで霊視で読めるのではないかと思う時がある。これまでだって、八尋が言いたいことや思っていることを、汲み取ってくれた。
幼少期は鋭すぎる霊能力のせいで回りから気味悪がられ、親でさえ一樹を敬遠したと言っていた。友人もまともにできず、普通の人には視えないものが視えてしまうせいで、嘘つき呼ばわりをされ、いじめられてきたとも。
僕には想像もつかないくらい、辛い思いをしてきたんだな。
最初は一樹さんの能力を聞いて凄く驚いたけれど、僕なら、一樹さんに心を読まれてもかまわないし、絶対に気味悪いと思ったりしないけどね。
数日前、辛い思いをしてここに辿り着き、優しくしてもらった恩は絶対に忘れない。その一樹に迷惑などかけられないと思っているのだが。
「よし、もう一度電話してみよう……っ!」
このくらいでめげてはだめだと、スマホを手に再びチャレンジしようと思った八尋は、突然こめかみのあたりを手で押さえた。
また、頭痛が襲ってきたのだ。
指先でこめかみを解すように軽く揉む。ここのところ、頻繁に頭痛が起こるようになった。
以前は週に数回だったのが、最近は一日に何度もだ。今までこんなことはなかったのに。やはり、ストレスが原因だろうか。
八尋は痛みを堪えるように顔をしかめた。
ストレスというのは十分ありそうだ。
何しろ、この数ヶ月いろいろあったうえに、仕事もなかなか決まらない。ただ、一樹の側にいられるのは唯一、気持ちが穏やかに過ごせる時であったのだが。
それにしても、こうも頭痛が頻繁に起こるようになってくると、さすがに不安になってくる。
悪い病気だったらいやだな。
一瞬、死という言葉が脳裏をよぎり震えた。
今まで意識することなどなかった死という言葉が八尋の心に暗い影を落とし、恐怖となって広がっていく。
これも、死者とかかわりを持つようになったせいがあるのかもしれない。
平沢さんも、直哉さんも、美優ちゃんも、みんな予期せぬ事件や事故に巻き込まれ命を落とした。
ただ、三人とも自分の死を素直に受け入れ、然るべきところへ旅立ったのだから、いい方だと一樹は言っていた。
中には、死んだことすら気づかず、そのことを諭しても理解できず、結果上にあがれずに、この世をさまよい続ける霊もいるという。
あるいは、この世に深い未練を残した者も。
成仏できずにこの世に止まった霊たちは、いずれ自我を失い悪霊になることもあるらしい。
自分も未練を残して死んだら、成仏できずにこの世をさまよったりするのかな。それは絶対にいやだな。もしそうなったら、この店を訪ねるから一樹さんにあの世へ送って欲しいなあ、と考える。きっと穏やかな気持ちで、旅立てそうな気がする。
「頭痛ですか?」
「はい……少し。すぐ治まる思うけど」
頭痛が起こる頻度も増えたが、以前は一瞬で消えた痛みも最近は長引いているような気がした。
「無理をせず、休みなさい」
「すみません。じゃあ、ちょっとだけ……」
いつもなら少しぐらい辛くても、大丈夫です! と言って我慢してしまうところだが、今日の頭痛はいつにもましてひどい気がした。
辛そうな顔で店にいては、かえって仕事の邪魔になるかもしれない。申し訳ないがここは素直に甘えて休もうと奥の休憩室にすごすごと引っ込む。
休憩室に入ったと同時に店の扉が開いたようだが、接客をする元気はなかった。
店には他に客はいない。
そもそも八尋がいなくても困るようなことはない。
「いらっしゃいませ」
「あの……」
やってきたのは女性のお客さんらしい。
席を勧める一樹に、けれどその女性客は席につこうとはせず、躊躇うような声を発する。
休憩室の椅子に座り、テーブルにのせた両腕を枕代わりにして寝る。
頭痛も少しはましになったような気がするが、完全に痛みが引くまでは休ませてもらおう。
目を閉じながら、八尋は一樹と客との会話をぼんやりと聞いていた。
「九重さんという方は、いらっしゃいますか?」
「九重は私です」
女性客はどうやら一樹を訪ねて来た。しかし、一樹自身は相手のことを知らない様子だ。
それはつまり、心霊的な相談をするためにここへ訪れた客なのか。
「あなたが九重さんですか」
不安そうだった女性客の声がほっとしたものに変わった。
「申し遅れました。以前、息子がこちらでお世話になったと聞き、伺わせていただきました。私は――といいます」
女性は自分の名前を名乗ったようだが、八尋は聞き取れなかった。
それにしても、僕の他にも面倒をみていた人がいたとは、一樹さんらしいや、と八尋はくすりと笑う。
「お金を持っていなかったにも関わらず、お腹を空かしていた息子にご飯を食べさせてくださったようで。本当にありがとうございます。息子もとても喜んでいたでしょう。親切にしてくださって感謝の言葉もありません。私からもお礼を申し上げます」
うつらうつらしかけた八尋の耳に、女性の涙ぐむ声が聞こえる。
おさまりつつある頭痛とともに、眠りに落ちそうになった八尋だが、突然がばっと顔を上げた。
女性の声に聞き覚えがあったからだ。
椅子から立ち上がり、八尋は慌てて店へと向かった。
休憩室と店内を仕切る扉から顔を出した八尋は真っ先に女性の姿を確かめる。
「え?」
と、驚きの声が八尋の口からもれた。




