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帝国会議

 ところ変わって王城の一室。そこにはロメリアの祖父である大公デュボワとその甥に当たる皇帝ロレンベルグ三世。彼らの他に内大臣で公爵のブロンソン、帝国の国教であるイファ正教の枢機卿ヴィダムなど、錚々たる面々が集まっていた。


「シュティ大公の話は理解した。つまり、何者かによって其方の娘が誘拐され、若者がそれを助け出したと。であれば、我らがやるべきことは誘拐した主犯を探さねばならんな」


 そう述べたのは皇帝ロレンベルグ三世である。自身の姪が拐われたのだ。犯人には厳罰をと公言する。するのだが、内心では息子の誰かが主犯であることは薄々勘付いていた。皇帝としては揉み消すしかない。


「この件はブロンソン卿に任す。良きに計らえ」

「はっ」


 ロレンベルグ三世は内大臣のブロンソンにこの件を一任した。ブロンソンであれば事情を察して上手く揉み消してくれると期待し、彼を指名したのだ。皇帝がそう決めた以上、この話はこれで終わりである。大公デュボワは恭しく頭を下げる。


「その助け出した若者とやらにも褒賞を与えねばならんな」


 ロレンベルグ三世がそう言うとデュボワが申し訳なさそうに口を開いた。これは皇帝の耳に入れておかなければならない事実である。そう判断したのだ。


「恐れながら申し上げます。不肖の孫娘がその若者に大金貨一万枚を褒美に渡すと約束を交わしたようで」


 場がどよめく。大金貨一万枚といえば国家予算の一パーセントに相当するのだ。国家予算の一パーセントを個人に渡すことがどれほど馬鹿げているか、ここに居る全員が理解していた。


「そんな馬鹿な話があるか!」


 声を荒げたのは未だ若い――と言っても四十代なのだが――将軍のグラックスであった。それをヴィダムが宥める。ただ、ヴィダムの心中も穏やかではない。いや、むしろ心中穏やかな人間など、この場には居ないだろう。


 そこから会議は紛糾した。紫苑をどう処理するかを巡って。彼を殺す案も出た。しかし、それは張本人であるデュポワが却下した。それでは不義理を働くことになる。そもそも、そのようなことをしたらデュポワの信用が地に落ちてしまうのだ。


 もし、殺したことが世間にでも公表されてみてほしい。命の恩人を褒美惜しさに殺した卑怯者と罵られるだろう。誰が罵られるか。それはこの場にいる全員が帝国民から陰口を叩かれるのである。貴族として、それだけは我慢ならなかった。


 ただ、建前上の理由はグレンダから紫苑の情報を理由にしてある。彼は相当な使い手であると彼女から耳にしていたのだ。また、冒険者、傭兵としてそれなりの修羅場を潜ってきていると。敵に回すと被害が大きい。


 彼を殺すことは容易い。ただ、彼が自暴自棄になった際にどれだけ巻き込まれるか、道連れにされるかがわからない。ロメリアが巻き込まれる可能性を考えるとデュポワは諸手を挙げて賛成は出来なかった。


 貴族は貴族らしく、その責務を果たす必要がある。それが統治者なのだ。また、デュポワには他にも懸念があった。それは孫娘のロメリアのことである。


 もし、ロメリアが紫苑と約束した報酬を支払えなかった場合、後ろ指を差されるのはまず彼女だろう。デュポワはそんな思いを彼女にさせたくなかった。下手をすれば自死まで考えるかもしれない。


 もちろん原因は迂闊な約束をした彼女にある。いや、もっと遡れば蝶よ花よと育ててきたデュポワに原因がある。身から出た錆だ。ある程度の出費は覚悟するつもりである。


 会議は踊るも進むことはなかった。国庫からではなく、デュポワの個人的な資産から支払うべきだと言う声が多かった。しかし、デュポワ大公を味方に付けたい、孫娘のロメリアを取り込みたい、婿養子を送り込みたいと画策している陣営から反対の声が上がる。


 結論が出ず、こうして紫苑の拘束日数が一日また一日と延びていった。このままでは埒が明かない。誰かが打開策を見出さなければならないのだ。


 この中で全員が打開を模索していたのだが、その中の一人から声が上がる。枢機卿のヴィダムである。ヴィダムもこの会議には辟易していたのだ。


 彼はまず、この場に居る全員に共通認識を植え付けることから始めた。彼は枢機卿。聖職者だ。利権などに影響されない、立場上は中立なのである。表向きは。


「最初からお話ししましょうではありませんか。まず、シュティ家の令嬢を助けた若者に礼をしなければならない。ここまでは全員の認識ですな?」


 周囲を見渡すヴィダム。誰も異論は無いようである。それを確認して話を先に進める。


「問題は礼をどのようにするかです。金銭はやめましょう。約束の額は用意できませんし、それを大きく下回ったら貴族としての面子が立ちません」


 何人かの貴族が同意を示すように何度も頷く。ヴィダムはその反応を確認してから周囲を諭すように自身の考えを述べ始めた。


「そこでどうでしょう、褒美として栄誉と領地を与えるのは。栄誉は金銭に変えられません。誰か地図を」


 ヴィダムがそう述べると待機していた従者の一人が倉庫から帝国の大地図をもって来て二人がかりで広げた。帝国の詳細な地図である。誰の領地なのか点線でしっかりと区切られていた。


 これが公式の領地だ。貴族同士が領地で揉めないよう、しっかりと記録されている。もし、領地が変更になった場合、帝国に申し出て変更が認められなければならないのだ。


 その地図をじっと眺めるヴィダム。そして北の辺境の地。ヴィダムはそこを指差した。今は帝国の直轄地となっている地だ。


 なぜ直轄地となっているのか。それは帝国で三国境と呼ばれる、嫌われた土地だからである。帝国の北西にある商業連合、そして北東にある王国の三国とぶつかり合う土地なのだ。


 現代の普通の国家として考えれば要衝だろう。だが、この帝国では皇帝から貴族に対し、土地を分け与えていると考えるのが普通なのだ。


 そして貴族は分け与えた土地の代金を未来永劫払い続けるのである。なので、土地は分け与えられた貴族の物なのだ。与えられた者がしっかりと守る。この国ではそう考えられていた。


 また、三国境は大した土地ではなく、面積としては日本で一番小さい舟橋村程度しかない。四平方キロメートルも無いのだ。そんな不毛な土地、くれてやっても良いと考えているのだろう。


 人口だって千人居るか居ないかだ。万が一、失ったとしても帝国に痛手はないのである。それで大金貨一万枚の褒美とするつもりなのだ。


「皆さん、如何でしょう。この不毛なバレラードの地を褒美として与えるのは。それから適当に爵位を授けて置けば良いでしょう。如何か?」


 周囲を見渡すヴィダム。この提案は賛否両論であった。なぜ賛否両論になったのか。それは爵位を授けるという部分が引っ掛かってしまったのだ。


 ヴィダムは貴族ではない。聖職者だ。枢機卿なのである。貴族と枢機卿の違いは何か。それは世襲か実力かの違いが最たる違いだろう。


 貴族は何をしていなくても貴族なのだ。産まれもって貴族なのである。それに対し、枢機卿は己が力で枢機卿まで上り詰めたのだ。


 もちろん、裕福だったり家柄が良い方が枢機卿にはなりやすい。しかし、誰にでも門戸は開かれているのである。それが貴族の価値観と合わなかったのである。


 またもや混迷の会議となってしまった。ヴィダムは溜息を吐く。こうなってしまっては長いのだ。しかし、ここで鶴の一声が上がった。その声の主は皇帝ロレンベルグ三世である。


「もう良い。ヴィダム卿の案を採用する。取り当たって一代限りの准男爵の地位を用意してやれば良いだろう。後は良きに計らえ」


 皇帝ロレンベルグ三世がそう言って会議を終わらせる。どうやらロレンベルグ三世にとっても苦痛の時間だったようだ。息子の恥部である。早く終わらせたかったに違いない。


 一代限りの貴族ということで他の貴族たちは溜飲を下げた。もし、彼が気に食わなければ殺せば良い。一代限りなので死んだら跡継ぎに爵位を継がせることはできないのである。


 この決定で会議は終わりである。ただ、貴族たちの不満は燻ったままだろう。


 中央集権国家ではないのに、貴族たちの不満が募った。これが何を意味するのかロレンベルグ三世はまだ理解していなかったのであった。

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